夜盗を撃退せよ
……レプターの言葉通り、彼女たちが野営地と決めたその場所からそこそこ離れた位置にて緑色のローブ姿の少女が、めらめらと燃える焚火を中心に二十人程の盗賊たちに囲まれていた。
普通ならば間違い無く絶望的な状況であり、すぐに捕まってもおかしくは無かったが……何故かその少女には未だ、擦り傷一つ付いていない。
その証拠に、本来であれば聞こえてもいい筈の剣戟音や、勝ち誇った盗賊たちの醜悪な笑い声などは全くレプターの耳には入っていなかった。
「チッ……あぁもう! めんどくせぇなぁ! 手間かけさせんじゃねぇよ! 大人しくしやがれ!」
屈強な身体つきの盗賊の一人が忌々しげに舌を打ちつつ、手入れの行き届いていなさそうな大剣を少女に向け振り下ろすが、それはあっさりと躱され大剣は空を切り、盛大に地面へと突き刺さる。
「おい二代目ぇ! 一人だからってこいつを狙ったのは失敗だったんじゃねぇかぁ!?」
その時、同じ様に恰幅も良く、突起の付いた棍棒を構えていた盗賊が、後ろの方で腕を組み戦況を眺めていた比較的細身かつ小綺麗な男に声をかけた。
「……かもなぁ。 だがここまで虚仮にされて今更退けるか? 絶対にふん捕まえろ、野郎どもぉ!!」
「「「おぉぉぉぉ!!」」」
すると二代目と呼ばれた男は、はぁ、と重苦しい息を吐きながらもそう叫び放ち、腰に据えていたとても盗賊の武器とは思えない程装飾の見目麗しい二本の短剣の片方を未だピョンピョン逃げ回る少女に向け、そんな彼の言葉に呼応するかの如く盗賊たちは銘々武器を掲げて大声で叫び、周辺の空気を震わせる。
(──くぅ、しつこいですねぇ……流石にこれ以上は)
そんな折、ローブ姿の少女は脳内で思案しながらも次から次へと襲いくる盗賊たちの攻撃を軽い身のこなしで躱し、光の魔術で照らされた街の方を見遣った。
(進化したからって調子に乗っちゃいましたかね。 とにかく何とか街まで逃げて──えっ)
先程までと同じ様に振り上げられた武器を躱す為、ピョンッと後方へ跳び、着地したその瞬間──。
「──い"!? あ"ぁああああっ!?」
彼女が着地した場所には、丁度彼女の小さな足が引っかかるかどうかという小規模の落とし穴が設置されており、その中には……死した双頭狂犬の頭が埋められ、彼女の白い足に牙を喰い込ませていた。
「はっ、やっとかかりやがったか! 即席の捕獲罠だぜ! 双頭狂犬ってのぁ、首落とした後もしばらくの間、本能的に何かに噛み付こうとすんだよなぁ!」
「よくやった! 逃すなよ!」
少女の悲鳴が辺りに響き渡る中、盗賊の一人が突然ひゃははと煽る様に大声で笑い出す。刀剣の背の部分を肩に当てながら、もう片方の手で少女を指差して得意げな顔でそう言うと、後ろで見ていた二代目と呼ばれる男が片手を広げ指示を飛ばす。
「へへ、年貢の納め時だな──『兎人』よぉ?」
左足を襲った突然の激痛に涙を流す少女を、大人気なくも数人の盗賊たちが取り押さえ、その内の一人が彼女のフードを無理矢理に外し、すっかり垂れ下がっていた白く細長い二本の耳を露わにさせた。
「っ、こ、この……っ! 私は有角兎人です! 単なる兎人なんかと一緒にしないで……!」
すると彼女はその潤んだ瞳を盗賊たちに向けつつ、そこだけは譲れないとばかりに痛みに耐えて叫ぶ。
──そう、彼女の名前はピアン。
つい数日前にドルーカを発った勇者一行とも関わりの深い、魔具士見習いの有角兎人だった。
「へぇ? どれどれ……」
そんな彼女の主張を耳にした二代目は、ここで初めてピアンに近づき彼女の髪の生え際辺りから突き出ている一本の角を観察する為、妙な手付きで触り出す。
「……成る程、確かに有角兎人で間違い無さそうだ。 俺たちが言えた義理じゃねぇが、ここ最近物騒だからなぁ……多少なり自分を強く見せようと種族を偽る奴らがいるんだよ。 お前は……本物らしいが」
おそらく幾度か経験があるのだろう、彼は実感のこもったそんな声音と口調で得意げに説明した。
──そして、次の瞬間。
「くくっ、ははは! こりゃあ幸運だ! なぁ知ってるかお前ら、有角兎人の角にゃあ質の良い魔力が集中しててなぁ、それはそれは高値で取引されるんだぜ? それこそ……兎人一匹売り飛ばすよりもな」
喜色のこもったその声で無知な仲間たちにそう告げると彼らは一斉に、おおおお! と声を上げる。
「マジかよ! ならよぉ、二代目! ここで切り落としちまおうぜ! 金はそれで充分稼げるんだろ!?」
「ぇ、は……!?」
その内の一人が、二代目に対し心底上機嫌な様子でそんな事を提案し、驚愕したピアンが苦痛に呻きつつも信じられないといった様に目を見開いた。
翻って二代目は、ん? と反応し、それも悪くないなと小さく小さく呟いた後──。
「そうだなぁ……よし、そうするか。 身体の方は……お前らの好きにしていいぞ?」
「ひっ……!?」
その場にいる全員……無論、ピアンにも聞こえる声でそう言うやいなや、金の方に向いていた彼らの欲望が、倒れ伏すピアンの凹凸の少ない肢体に向いていき、果ては舌舐めずりする者まで現れた。
つい最近まで兎人という亜人族の中でも愛玩用として売買されやすい種族であった彼女は、そういった視線にある程度慣れてはいたものの、この状況では恐怖するなという方が難しいだろう。
(そ、そんな……折角あの人がくれた姿なのに……! やだ、やだよぉ……っ!)
ピアンは今、痛みからではなく黒髪黒瞳の少女のお陰で進化を遂げたこの姿を……特に角を傷つけられる事に哀しみ、涙をポロポロと流していた。
「んじゃ、綺麗に根元からすっぱりと……」
そんな彼女の心情などよそに、腰から抜いた短剣の片方で、彼女の額の角を切り落とそうと──。
──した、その時。
「──ぎ!? あ"っ……」
「っ!? な、何だ!?」
突如、辺りに響いた仲間のものだろう悲痛な声に反応した彼らは、別に戦闘訓練を受けている訳でも無かろうに、獲物を横取りされまいと自然にピアンと焚火を中心に輪形陣を組んでいた。
その時、彼らの視界に心臓付近を貫かれドサッと大雑把に投げ捨てられた仲間の死体と、ビシャッと音を立て細剣に付いた血を払う一人の騎士が映る。
「──貴様ら、一体何をしている?」
その騎士は底冷えする様な声でそう口にして、縦長の瞳孔をしたその眼をギラリと彼らに向けた。
「なっ……! だ、誰だてめ──ぐげぁあ!?」
無謀にも彼女に近づいていった盗賊の一人は、一切そちらへ視線を向けぬまま、腕甲を装着した彼女の裏拳を顔面に受け吹き飛んでいく。
「その翼……龍人か? 何だってこんなとこに……」
一方、この状況でも何とか冷静さを保っていた二代目は、彼女の背から生えている鱗の付いた翼を視認するやいなや確認する様な声をかけた。
だが彼女は先に自分の質問に答えろとばかりに無言を貫き、それを見た彼はチッと舌を打つ。
「……見りゃ分かんだろ? 俺たちは盗賊さ。 今やってんのは……そうだな、追い剥ぎってやつだよ」
「……そうか、それで充分だ。 貴様らを一人残らず、殲滅する理由としてはな」
その時、彼らの目の前に立つ騎士……もといレプターはバキバキと拳を鳴らして威圧した。
「……チッ、やれるもんならやってみやがれ! 戦いは数だ! この人数差、てめぇに覆せんのかよ!」
それでも未だ十八対一というこの状況、自分と仲間たちを同時に鼓舞するかの様にそう叫び放つ。
「良く見りゃこいつも結構な上玉だしな! 二人一緒に楽しませてもらおうぜぇ!」
そして盗賊たちもそんな二代目の言葉を受け、二代目自身と、ピアンを押さえたままの一人を除いた十七人がレプターに向けて武器を構えた。
「っ、に、逃げて下さいっ! 私の事はいいからっ!」
「そうはいかない。 私は誇り高き騎士だ。 悪に屈するなど絶対にあってはならない──何より」
ピアンは自分の為に視線の先の騎士が傷つく事に耐えられずそう叫んだが、誰に聞かせるでも無く呟いたレプターの声は、ピアンの耳にも届いており──。
「やっちまえ! 野郎ども!」
「っ!」
最早、彼女は逃げるつもりが無いのだろう事を察したピアンは、二代目の号令と共に目を瞑る。
──瞬間。
「──『龍如鎌翼』」
腰の細剣を抜剣する事なく彼女は何故か唐突に前傾姿勢でしゃがみ始め、小さくそう呟いた途端その背に生えた翼が大きく上方に伸びたかと思うと、バサっと開いた翼が彼女の身体を中心に一瞬で回転し、巨大な鎌と化したその翼は襲い来る盗賊たちの身体を上半身と下半身、真っ二つに切断してみせた。
「……は、ぁ?」
……後ろで見ていた二代目が、そんな呆けた声を上げてしまうのも無理はないだろう。
「ひ、ひぃいいっ!? た、たす──っ、けぁ」
そんな中、ピアンを押さえていた事により難を逃れていた盗賊が悲鳴を上げてこの場を後にしようとしたが、それを見逃すレプターでは無く片翼をそちらへ伸ばし、スパンとその盗賊の頭を落とす。
そしてレプターは、もういいだろうと翼を畳みつつも二代目をギロッと睨みつけて──。
「私は頭の天辺から爪の先に至るまで、その全てをあの方に捧げるつもりでいる。 貴様らの様な下郎に触れさせてやるなど愚にもつかない──分かるな?」
「……っ!? く、そぉ……! 化け物が……!」
先程の言葉の続きを言い聞かせる様にそう語り、今度こそ細剣を抜剣し鋒を向け、一瞬で仲間全員を失った二代目は恐怖でガクガクと身体を震わせながらも何とか憎まれ口を叩いていた。
「す、すごい……!」
おそるおそる目を開いたピアンの視界に映った惨劇に、彼女は怯えるでも無く称賛していたが──。
(でも、この無茶苦茶な感じ、どこかで……)
彼女の脳裏に、他でも無いこの草原で大技をぶっ放した亜人族たちの姿が浮かび、何故かそれが目の前に立つ騎士と被った事を不思議に思っていた。
「さて、奇遇にも私たちは共に二刀……一騎討ちを望むなら、相手してやらない事も無いが?」
「ぐ……!」
そんな折、レプターが如何にも騎士然とした提案をすると、二代目は腰の短剣に手を伸ばすも脳内で何度も何度も模擬戦闘した結果、どうやっても目の前の龍人には勝てないと悟り──。
「こ、降伏、する……」
忌々しげにそう呟く一方、レプターは息をつきつつ細剣を腰に戻して戦闘を終えたのだった。
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