勇者の目覚め
ぷつり──と緊張の糸が切れたかの様に気を失ったカナタとは対照的に漸く意識を取り戻した望子は三人の亜人族たちによって未だ愛でられ続けていた様で。
あたしらがついてるからな、とか。
寂しくなったら甘えていいのよ、とか。
何にも心配しなくていいからね、とか。
……さっきと違って、この人たちの言葉は分かる。
お裁縫で使う縫い針より大きく、お料理で使う包丁より鋭い刃物を向けてくる様な怖い人たちは、よく分からない言葉を使っていたのに──どうしてだろう。
僅か八歳という子供ながらに、そんな当然の疑問に苛まれていた望子だったが──それはそれとして、もう一つ可及的速やかに知りたい事が望子にはあった。
その『知りたい事』というのは──。
「──……おねえさんたち、だれ……?」
「「「えっ」」」
──そう。
こうして優しくしてくれるのはいいが、そもそも彼女たちは何処の誰で自分と何の関係が──という事。
……大前提として、この望子という少女は八歳としてはかなり賢く、ほんの少し頭を柔らかくして考えれば自分の手元にぬいぐるみがない事も、その数と目の前の彼女たちの人数を照らし合せる事も出来た筈だ。
しかし目覚めたばかりで意識がふわふわしていた望子には、この亜人族たちが誰なのか分からなかった。
「「「……?」」」
そんな様子の望子を見て、ぬいぐるみたちも妙な違和感を覚えて互いに顔を見合わせていたのだが──。
「──……あ"っ!?」
「ひゃっ!? ど、どうしたのよ……?」
その内の一人である人狼が唐突に何かに気づいた様な声を上げ、それに驚いた鳥人が言葉に詰まりつつも何事かと問うたところ人狼はバッと二人に向き直り。
「しゅ……集合! ミコは待っててくれ、な?」
「ぇ、ぅ、うん」
何故か随分と慌てた様子で望子に『待て』を言い渡し、やたらと強い力で他二人で宝物庫の端の方まで引っ張っていった人狼に対し、きょとんとした二人は。
「──……どしたの? 急に」
「そうよ、望子も怯えてたわ」
何が何だか分かっておらず、どういった目的で自分たちだけを集めたのかと問いただそうとすると──。
「……そりゃそうだろうな」
「「……?」」
当の人狼は何やら意味深な科白を低い声で吐いたものの、それでも二人は首をかしげて何が言いたいのかと人狼に先を促す事しか出来ず彼女の二の句を待つ。
「……いいか、あたしら元はぬいぐるみだろ?」
「そうだね」
「……で、こんなんだろ? 今は」
「うんうん」
すると人狼は神妙な表情で自分たちが置かれている状況を再確認させる様に『前はぬいぐるみ、だが今は動物っぽい人間』だと事実を語り、それを受けた人魚が何ともおざなりに聞こえる相槌を返す一方で──。
「そうね、それが──……あっ!?」
「うわ、何?」
「……気づいたか」
言わんとしている事は分かれど、『それが何?』と結局のところ人狼の伝えたい真意が分からず再び尋ねようとした鳥人が、つい先程の人狼と似た様な反応とともに声を上げた事で人魚がびっくりする中、人狼は我が意を得たりとばかりに真剣な表情で頷きながら。
「──分かってねえんだ、あたしらが誰かって。 つーか分かる訳ねぇんだよ、ぬいぐるみだったんだから」
「「!」」
あちらで不安げにしている少女は、まず間違いなく自分たちの正体に気がついていないのだと告げた事により、『やっぱりね』と予想通りだった鳥人と『がーん!』とショックを受ける人魚とで反応が二分する。
「どど……どうしよう!? どうしたらいいの!?」
「……話せば分かってくれるわ、あの子は賢いもの」
「だよな、あたしもそう思うぜ」
「そ、そうかな──……いや、うん! そうだよね!」
三人の中でも特に望子への愛情が深そうな人魚は途轍もなく慌てていたが、そんな彼女を宥める様に他二人が『きっと大丈夫だ』と諭した事で、どうにか落ち着いた人魚が自分を元気づけていた──そんな中で。
(……う〜ん……?)
望子は、やっとハッキリしてきた思考を以て再び三人の方を見遣り、しっかりと観察してみる事にした。
……三人が三人とも自分と同じ人間っぽくはある。
……が、それと同時に動物っぽくもある。
その二つの点と性別が同じという点以外にこれといった共通点はなく、強いて言えばやたらと身に着けた衣服の露出が多く、それでいて薄いという点だけだ。
(……あのひとは、おさかな。 あのひとは、とり。 あのひとは……いぬ──……いぬ? う〜ん……うん?)
取り敢えず、あの三人が何の動物を模しているのか確認しようとした望子が、お魚だったり鳥だったり犬っぽい何かだったりと頭を悩ませていた──その時。
(──あ、あれっ!? 『みんな』は……!?)
どうやら内緒の話をしている様だったから邪魔しない為に声は上げなかったが──ぬいぐるみが、ない。
(ど、どこにいったの──……あっ?)
辺りをきょろきょろと見回しても、それらしき物は何処にもなく人知れず泣きそうになってしまう望子だったが──ぴこんと電球が浮かぶ様に何かを閃いた。
(あの、おねえさんたち……もしかして──)
……何度も言うが望子は賢い子である。
それゆえ、ぬいぐるみが人に──否、人っぽい何かに変身を遂げるなど普段なら考えられよう筈もない。
とはいえ、そんな望子でさえもそうとしか思えない程に彼女たちの動物の部分が、あの三体のぬいぐるみたちによく似ていたし、そして何よりも望子自身が。
──そうあってほしかったのだ。
たった一人で自分を育ててくれた母の柚乃から料理や洗濯、掃除に次ぐ家事の一つとして教わった──。
──裁縫。
あの三つのぬいぐるみは、そんな望子が柚乃の手を借りて拙いながらも最初に創った『お友達』だった。
ここは何処なんだろう、お母さんにはもう会えないのかな──など色々な疑問が浮かぶ中で、せめてあのぬいぐるみたちが一緒に居てくれるのならと思って。
……望子は、ゆっくり亜人族たちに近づいていく。
そして、その内の一人である人狼の薄い服を摘み。
「──……へっ? おっ、おう、ミコ! どうした?」
「一人にしてごめんなさい、もう話は終わったから」
「うんうん! それでね? みこ、ボクたちは──」
話に夢中で望子の接近に気づいていなかった人狼は呆気に取られていたが、すぐに気を取り直して望子に目線を合わせる様に屈んで声をかけ、それを見た他二人も同じ姿勢を取って話し合いの結果として自分たちの正体を正直に明かさんとした──まさに、その時。
「──……『おおかみさん』……?」
「「「!!」」」
とても小さく力なく──……か細い声。
だが、ぬいぐるみたちにとっては如何なる声や音よりもハッキリと澄んで聴こえる──その鈴の様な声。
「──……っ、ミコ! あたしが分かるんだな!?」
「っ! うん! やっぱり、おおかみさんだ……!」
一方の人狼は突然の事態に一瞬だけとはいえ呆けていたが、ハッと我に返ってからは感極まって思わず小さな身体をぎゅっと抱きしめ持ち上げてしまい──。
望子は望子で、『おおかみさん』と呼んでいたぬいぐるみと目の前のお姉さんが一致するという奇妙な事実をあっさりと受け入れて非力な力で抱きしめ返す。
それだけ精神的に追い詰められていたのだろう。
「ね、ねぇ望子。 私は分かる? ほら、この羽とか」
「ボクも分かるよね、みこ! この青い鰭とかさ!」
そんな感動的な場面を見せられた他二人は矢も盾もたまらず必死に自分たちの特徴を挙げ始め、それを受けた望子は『ぇへへ』とはにかんでから頷いて──。
「うん 『とりさん』と『いるかさん』だよね!」
「望子……!」
「みこーっ!」
自分がつけた『とりさん』と『いるかさん』という何とも安直極まりない──子供らしいと言えばそうなのだろうが──名前を呼んだ事で同じ様に抱きつく。
それはまるで、ぬいぐるみと人が逆転してしまった様な不思議で──されど、とても幸せな光景だった。
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