龍人VS蜘蛛人
「ちょ、ちょっと貴女たち……!」
簀巻き状態のカナタがうつ伏せで横たわったままそう口にして二人を止めようとしたが……もう遅い。
「先手は貰うぞ! 『一角独槍』!!」
二本ある細剣の内、片方だけを手に持ちその鋒を蜘蛛人に向けて構えたレプターが武技の名を叫んだ瞬間、呼応する様に細剣が槍の形の魔力に包まれる。
「……ふふっ」
龍人の身体能力を持って突進してくるレプターに、されどウェバリエは至って冷静な様子で小さく微笑んだかと思えば、いつの間にか張り巡らされていた糸を手繰り、レプターを遥かに上回る速度で上昇して彼女の攻撃を躱して、その姿を鬱蒼と茂る木々に隠した。
一方、レプターは突進の勢いを広げた翼で殺し、ザザッと方向転換しながらウェバリエが消えた方角、僅かに月明かりの差す森の上方へ向ける。
「……っ! 貴様っ、自分から仕掛けておいて逃げ隠れするつもりか!? 卑怯な……!」
騎士である彼女にとって敵前逃亡などもっての他なのだろう、恥を知れとばかりに叫んだ。
──本来であれば、龍人であるレプターの視力や聴力で彼女の姿を捉えられない筈は無いのだが、今や正気に戻った魔蟲たちが、直接手を出す事は無くとも森の主を支援する為に枝葉をガサガサッと揺らす事で撹乱させていたからか、レプターはいまいちウェバリエの居場所を確定させられないでいた。
……ついでの様に、カナタは地面に横たわったままその音に恐怖してしまっていたが、それはともかく。
『……私は蜘蛛人よ? 貴女みたいな如何にも騎士然とした龍人と違って接近戦は得意じゃないの。 悪いけど逃げも隠れもするわ。 それが私の戦い方よ』
心外だとそう呟くウェバリエの声が、まるで自分の耳元で囁かれているかの様に密接に聞こえてきた事に彼女は気味の悪さからか身体をブルッと震わせる。
……だがそれもほんの一瞬の事。
「──いいだろう! 何処からでもかかって来い! 私は貴様と違って……逃げも隠れもするつもりは無い!」
戦闘用にと腕甲を装着した腕で胸をドンと叩いたレプターは自身を焚きつけるかの様に、暗にウェバリエを卑怯者呼ばわりしつつそんな宣言をしてみせた。
『一言多いわね……まぁいいわ、『先鋭分矢』』
「っ!」
するとウェバリエは呆れて物も言えないといった様子で溜息をつき、生成した蜘蛛糸の弓を引き絞ったかと思うと、そこに同じく蜘蛛糸で生成された一本の矢がつがえられ、それは放たれた途端に一本一本全てが強靭な蜘蛛糸の矢へと変異する。
『凌げるかしら? お荷物込みで』
「なっ……!?」
ウェバリエが二人から見えない位置で笑いながらそう言うやいなや、彼女たちの視界に突然膨大な量の蜘蛛糸の矢が現れた様に映った。
(絶衛城塞を……いや駄目だ、あれは前方にしか展開出来ない、これだけの物量を防ぐ為には……っ!)
お荷物込みで──その言葉は勿論レプターにも届いており、転がったままのカナタを横目で見ながら何かを決心したのか翼を広げてカナタの方へ飛び、彼女を庇う様にして構えを取る。
「レプター!? 何を……!」
そんなカナタの叫びを無視してレプターは、バキバキと音を立てて更に大きく翼を広げ──。
「『龍如翼盾』……! ぐうぅぅ……っ!!」
降り注ぐ無数の蜘蛛糸の矢を、武技の名と共に半球状に変異させ硬質化した翼で防ぎ始めた。
とても翼と蜘蛛の糸がぶつかる音とは思えない、鍔迫り合いにも似た音が絶え間なく響き渡る。
「ど、どうして私を……! 私は……あの子を元の世界から……家族から引き離した罪人なのに……!」
カナタは今にも泣きそうな表情でそう言って、自らの所業を思い返して悔やんでいたのだが──。
「確かにそうかもしれない……だが……私は誇り高き騎士だ……後は任せてほしいと暖かく見送ってくれた部下たちに……そして何より、ミコ様に誓ったんだ……弱きを救け、強きを挫くと──それに!」
「それ、に……?」
レプターは矢によるダメージで口に血を滲ませながらも、騎士としての本分を貫く為だとそう告げる。
そして、それにと言うからにはまだ続きがあるのだろうと思ったカナタが促す様にそう尋ねると──。
「……貴女が勇者召喚を行使して、あの方を呼び出したお陰で……ミコ様に出会えたのもまた紛れも無い事実! 何なら私は貴女に感謝しているぐらいだ!」
「え、えぇ……?」
突然クワッと目を見開き、実は怒っていたのでは無く寧ろ謝意を示したいのだと明かしたレプターに、彼女が望子に心酔しているのだろう事は分かっていたがここまでとは、とカナタは思わず困惑してしまう。
一方、文字通り二の矢を継ごうとしつつ、彼女たちの会話を耳にしていたウェバリエはというと。
『……勇者召喚?』
彼女たちの会話の中に出てきたそのワードが妙に頭に残り、引き絞っていた弓の弦に当たる部分の糸を緩めて射出の手を止めてから思案し始めた。
(……それって、あの絵本の……? じゃあ、やっぱりあの子は、こことは違う世界から来た……)
ウェバリエにとって勇者召喚という言葉は見慣れた物であり、それは彼女が大事にしている絵本の中に登場する勇者様を、この世界とは全く異なる世界から呼ぶ呪文の様な物だったのだ。
「……? 止んだ、の……? ……っ、レプター! 大丈夫!? 今回復を……」
少しずつ糸と翼がぶつかるけたたましい音が止んでいき、それに気づいたカナタがそう口にしつつ傷ついたレプターに治療術を行使しようとしたその時──。
「──貴女たちは、悪い人では無いんでしょうね」
「「!?」」
森の奥へ隠れていた先程までとは違う、ハッキリとした声と共に姿を現した蜘蛛人に、どうしていきなりと二人は目を見開いて驚愕する。
「……一度だけ、機会をあげるわ。 龍人」
「機会、だと……?」
そんな彼女たちをよそにウェバリエは静かな声音で言い聞かせる様に、片膝をつき息を切らすレプターを切れ長の目で見遣ってそう告げると、彼女は口から血を吐き捨て、ウェバリエの整った顔を睨みつけた。
すると、ウェバリエは至って真剣な表情のままレプターをギラリと光る眼を向けて──。
「次に放つ一撃……劇毒射法。 これを防ぎきってごらんなさいな。 それが出来れば貴女を信用してあげる」
手にした蜘蛛糸の弓を構えたと同時に呟き、少しずつその弓を見るからに毒々しい菫色へと染める。
「あ……蜘蛛人の毒って……! 痺毒大蛇の神経毒なんか比じゃ無いくらいの劇毒の筈よ……!?」
瞬間、知識だけは豊富なカナタがその色の正体を看破し、ドルーカの町でウルと決闘した冒険者、ワイアットたちが使おうとしていた麻痺毒を偶然にも例に挙げて、大袈裟な反応を見せつつそれを指摘した。
「詳しいのね。 お仲間はこう言ってるけれど、やめておく? 私はそれでもいいわよ」
「……やってみろ! 私も全力で迎え撃つ!」
自らの毒について指摘を受けたウェバリエはそう言いつつ表情を崩す事なく首をかしげると、彼女は口元の血を拭いながら立ち上がって、もう片方の細剣も抜剣してそんな風に言い放ち、臨戦態勢を整える。
「……いいわ、受けてみなさい」
それを聞いたウェバリエは少し笑みを浮かべ、すっかり菫色となった蜘蛛糸の弓を引き絞り──構える。
「……聖女カナタ、糸は既に切断してある。 貴女は出来るだけ森の奥へ避難を──」
「──ここに、いる……!」
そんな折、ウェバリエに視線を向けたまま後ろに横たわっていたカナタに小さく告げたのだが、カナタはいつの間にか簀巻き状態から解放されていた事に驚きつつも、自分を守ってくれた龍人を置いて逃げるという選択肢は彼女の中には無かった。
──彼女はどこまでいっても、聖女なのだ。
「……好きにするといい。 だが命の保証はしないぞ」
レプターは軽く溜息をついた後でそう忠告するやいなや、二本の細剣をウェバリエに向ける。
対峙する龍人と蜘蛛人の間に風が吹いて、ほんの一瞬視界を遮る様に木の葉が舞い散り、次に互いの姿がハッキリと視認出来た瞬間──。
暗い暗い森の中で、二人の亜人族が激突する。
「よかった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、評価やブックマークをよろしくお願いします!




