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コアな貴女に読んでほしい!辺境の異世界(恋愛)短編

星間ドライブ

作者: 絹ごし春雨

「もしもし? 今日も頼める?」

通話口でそれだけいって魔道具の通信を終える。


 魔法省に務めるサーシャは地球とか言う異世界人の持ち込んだ、残業とかいう悪習に悩まされていた。人気のない屋上に上がると、日はとっくにとっぷり落ち、上にも下にもがきれいに瞬いている。

 憎き異世界人のせいですっかり眠らない街と化してしまった故郷にちょっと泣きたくなった。


 しばらく夜風に身を任せていると、星空の海を照らすライトが見えた。ライトはかなりのスピードでこちらに向かって飛んで来る。地球の自動車というものを模した魔道器具の窓には、ふざけた文字で“星間せいかんタクシー”と綴られている。

「お待たせっ! サーシャ」

それはぴたっと屋上に止まり、ドアからにゅっと顔が出てくる。

 しかし、この陽気な幼馴染に感謝しなくては。この時間帯になると、サーシャはもう眠くて眠くて身体が全く動かなくなる。

「いつも悪いわね。」

欠伸あくびを噛み殺しながら助手席に乗ると“星間タクシー”は滑るように動き出す。

「君のおかげでこの自動車レプリカのいい実験になってるよ」

「そういえば、また改良したの?随分静かになったみたいだけど」

「わかるかい!?」

「これじゃ寝ちゃうわ」


 この男、アーサーは一度会ったら忘れられないような変人オタクである。オレンジの髪にブルーの瞳と見ための派手さも相まってそういう印象を受ける。付き合いが長いせいで、サーシャにもうそんな新鮮な感覚はないが。


「この間、論文が上がってたろ?純度の高い魔力をいかに魔石に込めるかってやつ」

「知らないわよ。私はあんたみたいな研究馬鹿オタクじゃないんだから。いちいちそんなものチェックしてないわ」


「わかってないなぁ。サーシャが今にも寝そうに自動車レプリカに乗ってられるのはそのおかげなのに」

アーサーはむくれてみせるが機嫌は悪くなさそうだ。むしろご機嫌に見える。鼻歌でも歌い出しそうなくらいに。


「疲れてるとこ悪いけど、ちょっと寄り道してもいいかい? 魔石バッテリーがどのくらい持つのか知りたい」

「いいわよ。送ってもらってるんだし、わがまま言わないわ」


 彼が示した魔石はまだ9分目ぐらいまで光っている。実験というくらいだから、おそらく、光が半分くらいになるまでこの自動車レプリカを走らせるのだろう。


「寝ててもいいよ?」

彼は普段うるさいのに変なところで気を使ってくる。彼のおしゃべりが止むと、そこには沈黙と闇と星が残るだけだ。


  サーシャはこの星間ドライブが好きだった。言動のおかしな幼馴染は、口をつぐむだけで男前度が上がる。


いつも急に呼び出すサーシャを迎えに来てくれるし、この“星間タクシー”が静かに揺れなくなったのもきっと研究馬鹿オタク自動車レプリカを愛しちゃってるからだけじゃなくて、いつも眠そうにしているサーシャのためもあるだろう。


 眠さにぽーっと身を任せながらつらつらと考える。なんでこいつ、これでもてないんだろう? だって優しくていいやつじゃん。見た目も悪くないし。


「サーシャ? 随分ぼんやりしているけれど、俺の顔に何かついているかい?」

「あんた、いい男だったんだなーって」

ついホロリと本音が口から飛び出してしまう。


「大丈夫? 何か仕事で嫌な事でもあった? それとも頭打った?」

彼は失礼なことに人の顔を二度見する。

「そんなんじゃないわよ。ただ、いつか、近いうちにこの助手席に可愛い彼女が座るのかなーって、お姉さん感傷的になっちゃっただけよ」


言葉にするとなんだか本当に涙が出そうになった。

__あー私こいつのこと結構好きだったんだな。

ふいに胸にストンと落ちた。


「失恋した……」

思わず呟きが漏れる。

「は!?」

ガクッと力が掛かって自動車レプリカが止まる。

「ちょっといきなり何よ?」

「ちょっとはこっちの台詞セリフだよ。失恋ってどこのどいつ!? 初耳なんですけど」


「いつって今?」

「なんで疑問系なの!?」

あーうるさいなーと手をパタパタ振る。

アーサーは窓に撃沈している。

「……俺、結構尽くすタイプなんだよね」

「何? あんたも失恋?」

「そうみたい」


しばらくうなだれていたアーサーは復活する。

「俺、結構一途なんだよね」

「そうなんだ?」

「だからさ、サーシャが誰を想ってても、助手席は開けておくから」

「ふぇ?」


サーシャはしばらく考える。つまり

「あー気のせいだったみたい。失恋」

「は?」

「あ、魔石バッテリー半分」


指差してやると、彼は慌てて動力源を確認して、本当だと呟いた。

「結構走れたね」

「うん、そうね」

「それじゃあ、そろそろ送るよ」

言ってしばらく闇を駆け、彼はサーシャの家のテラスに“星間タクシー”を横付けする。

「またのご利用をお待ちしています。おやすみ、サーシャ、良い夢を」

「うん、またね。おやすみ」


ああそうだ。これを言わなければ。

「アーサー! 好きなの!」

「え!?」

「私、星間ドライブ!」


「えぇー!?」

がっくしとうなだれる彼には申し訳ないけど、今はこれが精一杯。

「また、あんたの助手席に乗せてよ」

__よろしくね。告げると彼の機嫌は瞬く間に戻った。


サーシャは手を振ってアーサーを見送る。夜空にぽつりと呟きが落ちた。

「好きよ。アーサー。好きよ……あんたとの星間ドライブ」


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