肝心なのはスタートダッシュ。
人の夢と書いて儚いとは、誰が言った言葉だろうか。
その言葉は、今の俺の心へと深く突き刺さる。
後になって悔いるから後悔であると、人は体験することで初めて理解する。
俺は今までの人生で何度か挫折と後悔を体験してきたつもりであったが、どうやらまだまだ学べていなかったようだ。
ガチャを回す前に、しっかりとルールを確認しましょう。
出て来るキャラやレアリティは、ガチャによって異なります。
ガチャを回す前に、注意書きやガチャのラインナップを確認しましょう。
ソシャゲを長くやってる人間なら、誰もが知っていることである。
なのにあの時、俺は持っている信仰を全て使ってガチャを回した。
一番安いガチャよりも、少しだけ値段が高いガチャをである。
そうして出てきた英雄の名は、高柳 草太。
現在前線で奮闘している軍人と同じ英雄である。
同じ世界の英雄が出るのは、一番安いガチャなんじゃないの?
そう思った俺は、ガチャについての説明をヘルプ本で確認してみた。
どうもガチャの殆どは、その値段相応の確率で、設定された別世界のキャラ以外にも一定に割合で自分の世界の英雄が出てしまうらしい。
つまりはガチャの値段が上がるにつれて、自分の世界の英雄が出る確率が減っていくシステムなのだ。
例えばの話だ。
一番安いガチャは100%の確率で自分の世界の英雄が登場するとしよう。
そのガチャより少しだけ値段が高いガチャだと、自分の世界の英雄が出る確率は98%となり、残りの2%の確率で、ガチャに設定されたラインナップの英雄が出るようになる。
つまり、確実に自分の世界以外の英雄をガチャで出したいならば、かなーり高額なガチャを回す必要があるということだ。
なので序盤から他の世界の英雄が欲しいのなら、交換所で安く売られてる低レアキャラを購入した方が早いのである。
そりゃ、あの天使も最初は交換所で買うのをお薦めするよ。
序盤に得られる信仰だと、どう足掻いても自分の世界の英雄ばっかり出てくるんだもんな。
でもさ、そういう情報はさ。
ちゃんと説明しないと、分からないんだよ?
想いは、言葉にしないと、伝わらないんだよ。
俺はそう想う。
その想いを伝えたくとも、あの糞ハゲはもう居ない。
現状だと、取り敢えずは信仰を集めなければ碌にガチャが出来ない。
正直に言うと、戦力を集めるだけなら戦闘のドロップだけで十分だ。
戦闘の様子を見る限りだと余裕そうだし、数が揃えば暫くは普通に戦っていけることだろう。
なにせ小隊規模の歩兵を具現化出来る英雄がいるのだ。
小隊が正確に何人なのかは知らないが、パッと見た感じだと五十名は居るんじゃないかと思える。
現在戦場に居る英雄が五人で、その内四人が小隊を呼べるので、二百人の歩兵プラス五人の英雄だ。
これだけの人数が居れば、早々に前線が突破されることはないだろう。
まぁ、それでも先に進むにつれてドロップだけだとキツくなるかも知れないが、その頃には信仰も貯まって強いキャラをガチャで出せるだろうし問題ない。
でもな。
そんなのと関係なしに、俺はガチャを回したいんだよ!
もっと具体的に言うと、女性英雄をガチャで出したいんだよ!
だが現状では、ガチャで女性英雄を出すのは難しいという現実。
本当に、クソッタレな世の中である。
「我らが神よ。どうかなさいましたか?」
頭を抱えながら机に突っ伏している俺を見て、さっきガチャから出して創造したばかりの高柳君がそう言った。
彼は今、俺の秘書官として事務作業を行ってくれているのだ。
神様って楽な仕事なんじゃないの?
なんで秘書なんて居るの?必要なの?
そう思うだろうが、実はあの糞ハゲ天使はとんでもない嘘を吐いていたのだ。
―・―・―・―
あの天使のハゲ野郎。
都市管理については何もしなくていいと言っていたが、実際にはそんなことはなかった。
天使が帰ってからガチャを引いて、ガチャの隠されたシステムに落胆していた時、突然部屋に官僚が何人かやってきたのだ。
そして官僚達は、書類の山を置いていった。
現在の官僚の処理機構は、神である俺がトップであり、神の判断が必要な案件と重要な案件の決済は俺がやらなければならないのだそうだ。
決済は用意してある印鑑を押すだけで良いらしいが、内容には目を通さないといけないらしい。
何が都市管理は官僚任せだボケェ!
嘘吐いてっと堕天するぞハゲェ!
……あの天使はきっと、標準的な神々の能力を基準にして物事を判断していたのだろう。
きっとあの天使が会ってきた神々はとても賢くて優秀で、書類に目を通して判断や決済をするなんて余裕だったのだろう。
だが、俺はただのサラリーマンだ。
しかもまだ二十七歳。
決済なんて上司に求める側で、自分が処理したことなんてある訳がない。
重要案件の判断なんざ、俺が意見を求めたいぐらいだ。
マジで勘弁して欲しい。
一応、俺が何も知らないだろうことを考慮してか、官僚達は関連資料も一緒に持ってきてくれていた。
だが、その関連資料だけでも机の上に山が出来上がってしまっている。
本気で勘弁して欲しい。
もう退職してもいいですかね?
と思っていたのだが、その時俺は閃いた。
自分で出来ないのなら、英雄にやらせればいいんじゃないの?
これだ!と思い、執務室の前で警備している人間の軍人さんに巡回に行く準備をしていた高柳君を呼ぶように言付ける。
歳上の軍人さん相手に頼み事をするのすら恐いのに、相手は人間だから威厳を出しながら指示しないといけないとか、かなり胃が痛い。
呼び出した高柳君に書類を読ませて処理が出来るか聞いてみると「この国の書式に慣れる必要はありますが、以前は後方勤務もしておりましたし、資料もあるので大丈夫です。」とのことだった。高柳君マジ英雄。
なので緊急事態ということで、高柳君を臨時秘書に任命。
実際に書類を処理させてみると、思ってた以上に高柳君は書類をバリバリ処理していってくれた。
―・―・―・―
そして現在。
秘書となった高柳君のために、人間の軍人さんに伝えて新しく席を用意してもらった。
そして彼の席には、官僚から渡された書類の殆どが置いてある。
彼が案件を頑張って処理してくれてるので、俺は彼から渡された書類にハンコを押すだけで良いという体制だ。
「ああ、いや。なんでもない。」
心配してくれる高柳君はきっと、決済書類の中に何か問題があったのかと思ったのだろう。
だが安心して欲しい。
俺は、君がチェックしてくれた書類にハンコを押すだけのマシーンなのだ。
内容なんて読んでも何が何だか理解出来ないので、問題が発生しているかどうかすら理解出来ていない。
というか、高柳君は本当に凄いな。
俺より十歳も若くって、更には軍人だから都市管理なんてやったことなんてないはずなのに。
それなのにドンドンと書類の山を処理していって、大量にあった書類の山が既に大分減ってきている。
流石に、若くして英雄と呼ばれてただけはあるのか。
「そうですか。お疲れの様でしたので。」
「ああ……それよりも。もっとこう、フランクに話してくれてもいいんだぞ?」
「我らが神に対して、そんな不遜な……。」
「他の神がどうかは知らないが、俺はもっと普通に話がしたいんだ。」
だって、俺は一般人なのだから。
君たち英雄を扱き使ってるこの構図がおかしいぐらいの一般人なのだから。
というかぶっちゃけ、こんだけ能力の差を見せられて堂々としてられるほど俺の心は強くないのだ。
小市民のノミの心臓に、あまり負担をかけないで頂きたい。
「はい。ですが我々は軍人ですので、上下関係は明確にする必要があります。」
ああ、もう。本当に軍人は融通が利かないなぁ。
こっちに来る前に軍人の知り合いなんて居なかったが、ステレオタイプな軍人イメージと似たような反応を高柳君はしてくれる。
「そうか……それじゃあアレだ。その、我らが神というのをせめて止めてくれないか?」
軍人だから畏まるのは仕方ないのだろう。
実際、俺が最高責任者な訳だし。
でもせめて、その呼び方だけは何とかならないだろうか。
神だ神だと言われる度に、俺の胃が軋むような気がするんだ。
「それでは、何とお呼びすれば宜しいでしょうか。」
じゃあ何と呼べばいいか?
……それは考えてなかったな。
俺の名前は光林 真也なのだが、下手に本名を言うのはちょっと恐い。
だが、偽名で神らしいものとなると何が良いんだろうか……。
山田 太郎……無いな。
名無しの権兵衛から権兵衛……も無いな。
駄目だ。俺の命名センスは絶望的過ぎる。
こういう時は、何か周囲の物から取って……いや、この際だからこっちに来る前に見た物で何かを……。
「……ファントム。」
「ファントム、ですか?」
気が付けば、そう口に出ていた。
最後に引いたガチャで、最後に出たキャラの名前。
実際にあのキャラが何だったのかは、今でも分からない。
だが、最後の最後まで目に焼き付く様に見えていたあの名前。
それを、思わず言ってしまっていた。
「ファントム様、ですか。素晴らしいお名前ですね。分かりました、今後はファントム様と呼ばせて頂きます。」
「え?……あ、ああ。それで頼む。」
なんか、すごく厨二臭くて訂正したいのだが、社交辞令でも褒められてしまうと訂正し辛い。
だが正直言って、ファントムであっても俺が考える他の名前より大分マシな気がする。
それに、なんか神様っぽいし。
そう考えると悪くないんじゃないか?
ファントム。うん、ファントムか。
そうだったな。ファントムで思い出した。
ガチャについてだ。
このままじゃガチャが引けないから、頭を抱えてたんだった。
「高柳君。少し用事を思い出したので席を外させてもらう。至急の書類が回ってきたら勝手に印鑑を使ってもいいから、この場は頼んだぞ。」
「はっ。了解致しました。」
俺だったら、怖くて許可があっても勝手に印鑑使ったりなんて出来ないが、彼はいい返事を返してくれた。
まぁ、ぶっちゃけ俺が居なくても、彼が実質全部やってくれてるしね。
全自動ハンコ押しマシーンが一台消えた所で、何の問題もないのだろう。
―・―・―・―
俺は執務室から直接繋がっている私室へと移動した。
この私室は、執務室を経由しなければ入れない場所だ。
急に誰かが来るとしても、その前に高柳君が取り次いでくれるだろう。
ハアアァァ……。
と、重い溜息を吐いてソファーに腰を下ろす。
神の為に作られたソファーは身が沈むほど柔らかく、座り心地は最高だ。
このまま眠ってしまいたいが、まだ夕方だ。
健康的な生活に慣れてる身としてはまだ眠気は感じない。
「そうか。ソシャゲなんだよな、これって。」
さっき、ファントムという名前を思い出した時に、一緒に思い出したことだ。
ファントムとは、俺がこの世界に来る直前に引いたガチャで出たキャラの名前で、俺がこっちの世界に来たのもこのキャラが何か関係してるんじゃないかと睨んでいる。
だが、今はそんなのどうでもいい。
ぶっちゃけ考えても分からんし。
そう。ここは、現実でもあるがソシャゲに良く似た環境でもあるのだ。
それは認識していたのだが、理解は出来ていなかったようだ。
俺は神様ネットワークの画面を呼び出して、交換所を見てみる。
そこには英雄の魂やアイテムの他にも、英雄が戦うために必要な資材も売られていた。
「ガチャを引くには信仰が足りないが、無いなら稼げば良いわけだ。」
ソシャゲだった時の神様の箱庭では、序盤の定石と言われる手法が存在した。
俺は今、その手法を現実で実行出来ないかと考えているのだ。
通常のソシャゲでは行動力という物が存在し、それを消費して戦闘を行う。
行動力は時間経過で回復するか、戦闘で勝利を重ねるとプレイヤーに設定されたレベルが上がって回復するので、序盤はレベルアップでの行動力回復を利用して一気に戦闘を連続して行えるのだ。
だが神様の箱庭では、行動力もプレイヤーレベルも存在しない。
戦闘を行うには資材が必要であり、資材は時間経過で都市から生産されるのを待
つか、売買所で購入するしかない。
売買所での購入は他のプレイヤーから買う以外にも、課金したり信仰を使って運営側から買うことも出来る。
だが当然、運営から買う場合の値段は相当高い。
運営から買うぐらいなら、競売で他のプレイヤーが出品している資材を買った方が安くなるように値段設定されているからだ。
だがこのゲームでは序盤のブースト要素として、ゲームを開始してから二十四時間だけは運営から信仰で買える資材の価格が激安になっていたのだ。
当然買った資材は他のプレイヤーには売れないのだが、それでも序盤ではこのブーストを利用すると、一気に攻略を進めたりキャラを集めたり出来るのだ。
なので神様の箱庭を初めたばかりのプレイヤーは、ドロップアイテムを売却して信仰を得て、その信仰で資材を買ってガンガン戦闘し、戦闘で得たドロップアイテムをまた売って戦闘する。
それを繰り返すことで、一気に攻略を進めていくのだ。
それが、公式が推奨している序盤ブーストである。
「激安期間は……流石にないか。」
現実となった今でもそのシステムがあればと思ったが、残念ながらないらしい。
しかも資材は個人が出品するのではなく運営が売買を一括管理しているらしく、売るにも買うにも運営からでないといけないみたいだ。
交換所の資材ラインナップを見ると、これも資材なのか?と思うような資材が大量に表示されている。
現在の資材価格が表示され、過去の資材価格が折れ線グラフで表示されていた。
その様子はまるで株の相場みたいだが、流石に株で儲けるには元手が足りなさ過ぎるし、俺に株式知識なんて全くないから無理だ。
「現在の戦場の様子はっと。」
調べたいことがあったので、戦場を映すディスプレイを出現させる。
画面には順調に戦争している様子が映っていた。
俺は念じる事で視点を操作して、前線付近に備えられた倉庫を見る。
そこには敵から得たであろうドロップ品が保管されていた。
「確か、初めて戦闘をして以来ずっと戦闘してるよな。そろそろ三時間が経つのか。」
英雄が資材を消費して強化されるのは三時間だ。
つまり現在倉庫に存在するドロップ品は、一度の資材投入で英雄が戦える大体三時間で得られるドロップアイテムなのである。
「これらのドロップアイテムを運営に売却した時の値段を確認して、ドロップアイテムを売って手に入る信仰と、現在の資材相場から、一度の出撃で必要な資材の値段を計算すると……。」
今何を計算しているのかと言うと、資材を買い、資材を使って戦闘して、得たアイテムを売って、手に入れた信仰で資材を買う。
そのサイクルを行った時に、赤字になるのか黒字になるのかを確認しているのだ。
流石に頭の中だけで計算するのも辛くなってきたので、一度執務室に戻って高柳君から要らない紙を受け取る。
自室に戻り、神様ネットワークの画面を見ながら各値段を紙に書き写して計算していく。
ゲームの頃は殆ど戦闘をしなかった俺だが、資材を売って信仰を得る為に、相場のチェックや計算は偶にやっていた。
その時のことを思い出しながらも、計算を続けていく。
「……なんだ、意外と黒字になるな。」
計算した結果。
資源を買って出撃を繰り返せば、かなりの信仰が稼げることが分かった。
相場の方も偶にコンマ以下の単位で上下するものの、殆ど変化はない。
「これなら、やれそうだな。」
そう、これなら。
これなら、ガンガン出撃させて信仰を稼ぐことが出来るのだ。
計算に用いた一度の戦闘で得られるドロップアイテムの数も、少なめの概算にしてあるので多少上下しても許容範囲だ。
更には都市の住民から得られる信仰も計算に入れていない。
それでも黒字なのだから、実際には想定以上の収入を得られるだろう。
「……よし。それじゃあ、序盤ブーストをやってみるか。」
全てはガチャを引くために。
否。全ては女性英雄を手に入れるために。
違う。ガチャで女性英雄を引くためにだ。
当然世界を救うためでもあるが、それはまぁそれである。
今はとにかく、黄土色の空気をなんとかするのが先決なのだ。