表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/34

死生有命に逆らう化物❖1


 綺麗に整理された室内。

 目透かし天井をぼんやりと眺める。頭の下には枕、背中には敷布団。俺は一体何をしていたのか。

 身体を起こそうとして、体が怠いことに気付いた。少し、吐き気のような気持ちの悪さが、腹の奥でふつふつと沸いている。

 眼球だけで周りを見る。ここがどこなのか、少しずつ把握できた。

 そうだ、俺は最期に死に場所としてここを選んだんだ。出来ることなら温泉に浸かって死にたいと思って、…なんで最期だったのか、ああ、そうだ。自殺するために放射線を浴びて、誰にも見つからないように……

 放射線。そうだ、体が怠いからといって、こうしてはいられない、この場所には放射線があるのだから、今だって死んでしまうかもしれないのだ。

 いや、死んでしまうというなら、おかしいぞ。

 俺はここで目を覚ます前に、女の声を聞いて……


 ぎしり。

 床の軋む音が一つ、俺の思考は止まり、耳を澄ます。足音が一人、階段を登り、こちらに来る。あの時の緊張が身体を駆け巡る。

 鍵の掛かっていない扉ががちゃりと開き、女が一人入ってきた。


「あ、起きてる」


 若い女。おそらく俺と同年輩か、それ以下。白い肌に細い首、服は、おそらくこの宿泊施設のものと思われる浴衣を雑に羽織り、着崩していた。髪は長く、後ろを左右に分けて緩く三つ編みにし、両肩に垂らしている。

 それよりも、その顔に記憶がくすぐられる。その顔は記憶を呼び起こして、頭の中で実像を結ぶ。知っている顔だ。

「もしかして、……綻陽たんびかなえ、か?」

 俺がそう呟くと、女は気色が晴れやかになり、綻んだ笑みを浮かべた。

「やっぱり、真白まもうさんでしたか」そう言って俺の側に座る。「まさか、こんなところで再会するなんて思ってもいませんでした」

 俺はその言葉に頷く。いろいろとおかしな事態になった。

「綻陽は、なんで、ここにいるんだ」

 俺は、思うように口が動かない事に気付く。体も怠い。思考も、おそらく鈍くなっている気がする。

「そんなこと、どうだっていいじゃないですか。

 それより真白さん。あなたは自殺しに来たんですよね?」

 俺は少し狼狽えた後に、頷く。綻陽は悲しそうに続ける。

「おそらく、真白さん。あなたは被爆して、このまま死にます」

 俺は頷く。人が、生き物が生きていける環境ではないのだ。それを知ってここまで来た。

「死にたいですか?」

 俺は、曖昧に頷く。

 自分でも、本当なら死ぬことは避けたい。純粋に死ぬことは怖い。しかし、社会ではもう居場所などなく、だからこそ俺はこの場所で死にに来た。

 そうか、この体の怠さと、吐き気は、放射線を浴びた影響なのだ。と、一人納得する。

「もし、生きていけるとしたら、生きたいですか?」

 俺は首を傾げて、綻陽を見る。この後に及んで生き延びる道なんてないはずだ。致死量の放射線を浴びているのだから、遅かれ早かれ俺は死ぬ。


 そういえば、綻陽はなぜ生きているのだろう。

 俺はそんなことを考えながら首を傾げていると、綻陽は一つため息を吐いて、

「積もる話もあるので、本当に死んでしまうのは、せめて私の話を聞いてからでもいいですよね」

 と言った。

 綻陽の言葉の意味がわからないまま、夢でも見ているような思いで綻陽の顔を呆然と見つめ続けると、綻陽は右手を引き、指を伸ばして貫手の形にする。

 その手が胸を貫く所で、また俺の意識は飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ