一日千秋の綻陽鼎❖1
生き返ってから一日。俺は心身ともに回復した。
人間離れした再生能力――実際食屍鬼の力だから、人間離れという言葉はそのままの意味だ――で、今は皮膚の爛れも治り、死人のような外見からも回復している。
だというのに、俺は未だにベッドから出られないでいた。
日が高いということは、昼を過ぎた時刻だと思うが、底冷えする気温に、体を起こすのが億劫だ。
毛布の中でもぞもぞと寝返りを打って体が落ち着くとまた目を閉じた。もとよりやることなんてないのだ。しかし、廊下側から足音が近づいて来た。一部屋ずつすべての扉を確認して回る。俺を探す綻陽の姿が思い浮かぶ。しかし、俺は起き上がらない。
やがて綻陽は俺の居る部屋を探し当てて声を荒げる。
「居た! ……なんで寝る部屋をこんな上の部屋にしてるのさ」
肩で息をしている綻陽を俺はただ眺める。生き返ってから、綻陽との距離はだいぶ近付いたように思う。お互い気取りもなく自然体を晒しているが、その中で綻陽のありのままの姿が意外にも優しく人が良い事を知った。こんな姿、大学の時には知ることはなかった。俺はそれが少し嬉しい。
「なに笑ってるの?」
「いや、平和だなって。それより、なんで俺を探してたんだよ」
「それは……まだ本調子じゃないかもしれないから、様子を見に来ただけ」
「へぇ」
俺は怠い体を起こして、ベッドに座る。
昨晩は111部屋が空いていたからそこで眠ったのだ。鍵が掛けられてない部屋を探してそこで眠るのは、ちょっとした宝探しのゲームみたいなもので、何故上の階で眠るのかと言えば、贅沢感を味わいたいだけだ。それにベッドの方が落ち着くのだ。
「……」
「……」
二人に沈黙が流れる。俺はもう少し寝ようと思ったのだが、綻陽はなんの用で来たのか。いや、俺の様子を見に来たと言っていた。なら、もう帰っていいのに、部屋に用意されている椅子に深く腰掛けてそわそわと落ち着かない。
あぁ、なるほど。
「わざわざ上の階で眠るのは、俺がベッド派だからだ。綻陽は布団派なのか?」
「え? いや、布団派かベッド派か、考えた事はなかったかも、……でも、私も今まで生きてきた中ではベッドの方が馴染みがあるわ」
「そうか、なら綻陽も上の階で寝ればいい。
毎日階段の上り下りが大変だけどな」
「太らないでいいかもね。運動になるでしょ」
綻陽はそのあとも思いついた話題を楽しそうに話していた。わざわざ俺を探していた理由は単に、話し相手が欲しかったのだ。
半年間の孤独。他の娯楽もない環境で、寂しかったのだろう。俺は眠気覚ましに綻陽の話し相手をしながら、ささやかな安息を感じていた。
「もう曜日感覚も季節の感覚もないけど、今朝から急に寒くなったね」綻陽は話題が尽きるのが嫌なのか、天候の話題まで出してきた。
「そうだな。そこ寒くないか? ダブルベッドなんだから、隣のベッドに入りなよ」
「そう、だね。」
「なんなら、俺のベッドに入るか?」
「それは遠慮なく」
綻陽は冷たくあしらって、隣のベッドに潜り込む。しばらく全身を覆って動かなくなったと思えば、唐突に顔を出す。
「半年間一人ぼっちって、寂しかったか?」
「……え?」
「いや、なんとなくそう思ったんだ。電気水道ガスがない、そして人も消えて、放射線が飛んでいる。そんな世界で一人、半年間も闘ってたんだろ。…どんなもんだろうなって」
「……まぁ、怖かったよ。
最初は放射線そのものがどれくらい影響するのかもわからないし、皮膚が爛れた時は駄目かなって思った。でも、食屍鬼の体がすぐに適応可能だってわかると、化物として生きていくのもありかな。……なんて」
「だから、最初は化物って名乗ったんだ」
「あれは、説明しても理解されないだろうし、精神的にも擦り切れていたから。」
「今は、すごく落ち着いてる?」
「……ま、まぁね。」
「俺も。気が楽だよ。俺たちは社会不適合者だから、この生き方が合うのかもな」
「大学時代にも、真白さんに言った気がします。『先輩は社会不適合者ですね』って」
「あー、あったかも」
「大学時代か……」綻陽は遠くを見つめるような顔で天井を見ていた。市之丞神奈の事を思い出しているのだろう。
「喉が渇きましたね。コンビニにでも行きませんか?」
「えー、やだよ。寒い」




