九 買い物の目的は
「来週って姉貴の結婚式なんだよ」
「そう言えば、前に言ってたな」
今日の目的は姉貴へのプレゼントを買う事だ。
生活費からではなく、俺の小遣いから出す。……バイトをしてないからどちらにせよ親の金なんだが、こう言うのは心が大切だと思うんだ。
そんな事を話しながら街をふらふらと歩く。あー、姉貴って何を渡したら喜ぶかなぁ。
うーん。小物、髪飾り、アクセサリー、ローションやハンドクリーム……化粧品。色々と見て回るものの、どれもピンと来ない。
身綺麗にはしていても、なんか飾り気とかってないイメージがあるんだよなぁ。
二十歳になったばっかりだってのに酒が好きだし……あ、酒なんてどうだろう。前に父さんとウィスキー?について話していた気がする。
商店街に見るからに店構えの古い、小さな酒屋があった筈だ。取り敢えずはそこに行ってみよう。
ぼんやりとした記憶を頼りに歩くと、確かあった。
間口は狭く、暗い店内に目を凝らすと酒瓶が置いてある、昔からありそうな店だ。もちろん、店内に客はいなかった。
中は意外と広くて、天井まで伸びる棚にはぎっしりと酒瓶が詰まっていた。ただ、ほぼ全ての酒瓶に埃が積もっているが……大丈夫なのか?これ。
俺は酒なんて全く分からないし、空も知らない──知ってたらびっくりするが──そうなので、大人しく店主の爺さんに聞く事にした。
「すみません」
「あンだい?」
椅子に座って新聞を読んでいた爺さんが、眼鏡を頭の上に上げて、こちらに視線を寄越した。眼鏡なくて見えるのかよ。
ああ、でも顔がはっきりと見えない方が、良いのかもしれない。自分で飲むわけじゃないけど買う時に年齢で断られるかもしれん。
「姉の結婚式で贈答用にウィスキーが欲しいんですが、なんか良いのはありますか?」
「あー。ウィスキー。ピンキリだナァ」
そう言うと、爺さんは頭をかりかり、と掻いた。
「姉さん、どんなンが好きだって言ってた?」
「え、確か、なんだっけ……あ、病院?みたいな匂いがする、とか、言っていたかな」
「あァ〜、成る程」
そう言うと爺さんは立ち上がって、ある棚の前まで歩くと、取りやすい位置にあった瓶を見せてくれた。
深い緑色をした瓶で、白いラベルが貼ってある。入荷したばかりなのか、これには埃もあまり積もっていないようだ。
「代表はコレだな」
ら、らぴ、らふぁ……?読めねぇよ!日本語で書けよ!
でもこんな感じの瓶を、姉貴は持っていた気がする。
「あ、見た事あります」
「そうかい。好きモンなら家に有るかもナァ……」
ん……?今、爺さんの持っている瓶には10って数字が入っている。確か、数字が大きいほど高かった、筈だ。
奥の奥に隠れている同じような瓶は、15の数字。つまり、普通のよりちょっと良いやつなんじゃないか?
「お爺さん、奥の、15のやつは?」
「ン、15年物?一本あった気ぃはするが、こんなとこに入ってたんかァ……?」
爺さんががちゃがちゃと瓶を取り出していき、身を棚の中に入れる様にして15の瓶を引っ張り出した。
派手に埃を被り、見るからに古臭い。これは地雷か?
「フン、嬢ちゃん。姉さんの結婚祝いだって言ってたな」
「え、あ、はぁ」
「そうか。コレ、買うか?」
え、えぇ……でも目の前に10だけど綺麗な瓶があるんだよな。そっちのが良くねぇかな。
数字だけなら15のが良いんだろうけどさ。賞味期限とか大丈夫なんだろうか。
「えと、いくらですか?」
「予算は?」
「五千円までで考えてますが……」
「──フン、そうか、祝儀だ。じゃあ五千でいいぞ」
「10の方は?」
「そっちも大体五千だ」
ん、んん。じゃあ、数字が大きい方が、得……か?
「15なら、喜んで貰えますか?」
「まァ、通ならな」
そっか。なら、親切にして貰ったし、15にしよう。
これで騙されていたら笑い話にでもなるだろ。金は勉強料だな。
──でも、爺さんのその瓶の扱いはとても丁寧で、俺を騙そうとしているようには到底見えなかった。
---
プレゼントを買い終えた俺達は、喫茶店に入った。
思っていた以上に長く、空を付き合わせてしまった分、俺がコーヒーを奢る事にした。
「そっちのけでプレゼントを選んでゴメンな」
「いや、酒屋って普段は入らんからな。見ているだけでも結構面白かったぞ」
俺は暖かい紅茶、空は暖かい珈琲に生クリームを少し入れて飲んでいる。
ちなみに俺は珈琲は苦くて飲めない。少なくともカフェオレくらいにはならないと飲み物として認識出来ん。
エスプレッソ?一度酷い目に遭ってからはトラウマだ。
「しかし、良く店主も覚えてないような酒を見付けたな」
「ああ、奥を覗き込んだら見えたんだよ」
棚は結構奥が深くて、15の文字が見えたのは運が良かったな!
「少し不安はあるけど、姉貴に喜んで貰えたら嬉しいな」
「大丈夫だろ。お前があれだけ必死になって用意したんだぞ。胸を張って渡せよ」
「……おう」
空ってなんか、ちょこちょこクサいやつだよな。
まぁ、その熱さは、嫌いじゃないんだけどさ。