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海と空のお話  作者: kn
6/33

六 運動は、好きです

お馴染みの鐘の音が鳴って休み時間に入ると、机の横に掛けておいた袋からのそのそと体操着を取り出した。

次は体育の時間なのだが、そう言えば、女になってから運動をするのは初めてだ。

俺の運動能力は可もなく不可もなし、と言った具合だった。バドミントン部だった関係でラケットを使った競技が少し得意なくらいだろうか。

身体能力がどの程度落ちているのか今から気が重い。元々筋肉が目立つような体じゃなかったけど、腕とかは明らかに細くなったもんな。


つらつらと考え事をしながらブレザーを脱ぎ、ブラウスのボタンに指を掛けると、ぽん、と肩に手が置かれた。

ん?とそちらの方を向くと、空が俺を見下ろしていた。まだ制服のままだった。


「空?早く着替えねーと、次体育だぞ」

「待て。ここで着替え始めるな」

「いや、ここでって……お前他に……ん?」


よくよく周りを見渡すと、男子クラスメイトの視線が俺に集中していた。

あ、ああ!そういう事か。うぐぐ、昨日空に言われたばかりじゃないか。ほんとにこれはもうちょっと、自覚を持たないとダメだな……。


「あー、委員長」


と空が呼ぶと、クラスメイトの女の子が近寄って来た。

えっと学級委員長の……名前は何だっけな。新学期が始まってそれほど経ってない上に、いつも委員長と呼んでいたから記憶が曖昧だ。


「細谷さんを更衣室に案内すれば良いのね」

「ああ、悪いが頼めるか?」

「いや、え、俺女子更衣室で着替えんの?」


そりゃ確かに、ここじゃ着替えられんよ。でも俺だってついこの間まで女の子に下心を持つ事のある、普通の男子高校生だったんだぞ。

それが女になったからって、いきなり女子更衣室とか入れないだろ!なんか罪悪感が凄いぞ!


「細谷さんは、今女の子なのよね?」

「え、あぁ、それはまぁ」

「じゃあ、問題ないよ。早く行かないと間に合わなくなるから、行きましょう」

「え、ええー。そ、空ぁ……」

「おう、また後でな」


と、いい笑顔で手を振ってきた。そうじゃねぇ。


---


ふ、ふふ、もう良い。これも女になった役得として受け入れようじゃないか。いっそ変態と罵られるくらいガン見してやる!

……と、小市民な俺には到底出来ない大言壮語を心の中で唱えているうちに、女子更衣室に着いていた。更衣室に入る前だというのに、俺のライフは0に近い。

委員長──そうそう、如月さんだ。さっき思い出した──は何の気負いもなくドアを開けて、更衣室に入る。

俺もその後ろについてこそこそと入っていった。


男子高校生の憧れ、女子達があられもない姿を曝す桃源郷の俺の印象は、臭い、だった……。

いや、マジで。誰だよ女の子は甘い匂いがするって言った奴は!!

人間だから汗をかくのは分かるが、他の制汗スプレーや香水、化粧の匂いが混ざって酷い事になってる。


ちょっと想像外の出来事に涙目になりながら、壁に向かって黙々と着替える。

周りから聞こえるきゃいきゃいと言う話し声からは、誰が格好良いとか、どの先生はセクハラをするとか、女子特有の会話が聞こえてくる。

男子の目がない分、話も開けっ広げで、そう言った意味でも居た堪れない!!


「ほーそーやー、くん!」

「うわぁ!?」


がばりと両脇の下から腕が伸びてきて、俺の胸を鷲掴みにした。そのまま、指の動きに合わせてむにむにと形を変える。


「んん!これは、外からじゃ分かんないけど、中々な大きさだねぇ」

「え、ちょ、止めてよ」


後ろを覗き込もうとしても、犯人の顔は分からない。


「うふふふ、細谷君の弱いところはここかにゃー?」

「あぁ、うん、だから止めてね」


乳って揉まれてもあんま、気持ち良くないんだよな。

女の子同士なら分かりそうなもんだけど、まぁ乳首には触らない辺り、ラインを弁えているんだろう。


「ほら、細谷さんが困っているでしょ、その辺にしときなさい」

「はいはーい、晴美はお固いなぁ」


脇の下から腕がスルッと抜けていく。漸く解放されたみたいだ。委員長には感謝だな。


「と、見せ掛けて!」

「んや、ぁっ!!」


柔らかな指の腹が背中を撫でて、頭までピリッとした感覚が走り抜ける。

すげー不本意ながら、俺の口から自分のものとは思えないほど高い声が出た。


「ふふ、細谷君の弱点は背中ね!後で藤岡君にも教えてあげなぁ痛っ!?」

「こら、華織かおる!」


と言って、委員長が華織と呼ばれた女の子の頭を叩いた。つかそれを空に教えたとして誰得だよ……。

周りを見ると他の皆はもうほとんど着替え終わっていた。なんか、運動をする前から疲れてしまった。

はぁ、俺もさっさと着替えよ。


こうして俺の更衣室デビューは散々な結果に終わった。

けどまぁ、委員長と、その友人の鷹見さん──華織さんの苗字──と少し仲良くなれたから、良しとしようか。


---


体育はこれからだというのに、既に疲労困憊になった体を引き摺って、漸く体育館に着いた。

まぁ精神的なダメージがほとんどで身体的にはあまり疲れてないんだけどな……。


今日から体育も女子側かぁ。いつも通り校庭に出ようとしたら、委員長に止められたのはお約束だ。流石は委員長、面倒見が良いな。

頭の上がらない相手がまた一人増えてしまった。


体育教師は女性だ。担任である相沢先生と同じく四十代くらいで、ベリーショートの黒髪は天然なのかパーマが掛かってくるくるしている。

声に張りがある上にちょっと低めで、キツい顔付きと相まって結構怖いんだよなこの先生。


「おらぁぁぁぁ!ちんたら走るなあぁぁぁ!!」


ひぃ。

いや、怒られたのは喋りながらダラダラと走っていた女子であって俺じゃないんだけど、ついビクッとしてしまう。

一生懸命走っている、足の遅い女子は特にお咎めなしなので、真面目に走っている俺は怒られない筈だ。多分。

準備体操も、その後のランニングも、真面目だ。だから先生が時折、俺を見ているのは絶対に気のせいだ。


「細谷ぁぁー!ちょっとこっちに来い!!」


ぎゃー!なんでだよ!

と、ここで聞こえない振りをして逆らっても事態が良くなる気はしないので、びくびくおどおどとしながら先生の元へ駆け寄った。

パネェ。眼力がマジパネェ。いや、ちょっと語彙の可哀想な事になっても仕方がないだろう!?ほんっとうに怖いんだぞこの先生!


「細谷、お前女だったんだって?」

「は、はい、そうだったようで」

「そうか。私は特別扱いはしないぞ」

「は、はい」


ですよねー。


「だが、お前のような生徒は持った事がないから何があるか分からん。

体調が悪くなったりしたら隠さずに言うように。分かったな?」


おや……なんだ、更年期でぴりぴりしているおばさん、みたいな先生じゃないようだ。


「分かったらランニングに戻れぇぇぇぇ!!」


ひぎゃあ。


---


女子側の体育はバドミントンだった。つまり俺の独壇場だ。今期の体育の成績は貰ったな。

こう言った競技は、経験がある者とない者が試合をすると一方的な戦いになる。


だから概ね順調なのだが……いや、さっき走ってた時も思ってた。意外と揺れるんだよ、これが。

男ん時はCなんて普通のサイズだろ、なんて思っていたのに、実際になってみるとCでも結構でかい。

こりゃブラジャーがなきゃしんどい。買ってて良かったブラジャー……はぁ。


ふわりと飛んで来たシャトルをスマッシュで返す。風船が破裂するような音と共に、シャトルが凄まじいスピードで飛んで、床に突き刺さった。

んー……なんか、男だった時より調子が良いような……いや、気の所為か。さっき現役バドミントン部レギュラーの女子には負けたしな。

女子だろうがつえー奴はつえーんだよ。あれには現役で一番調子の良かった時でも勝てなさそうだ。


「いやー、細谷君、強いね。元男だけあって!」


と、今試合をしていた女子が声をかけて来た。そう言えばこいつはさっき先生に怒鳴られてたやつだな。

かなり嫌味で引っかかる言い方だが、こんなんに乗っても仕方がない。


「まぁ、そうだな。あんま体力が落ちた感じはしないし」

「へぇー、なんかズルくなーい?それで女の子の体育に入って来ないで欲しいんだけど?」

「んじゃ先生にそう言っといてくれ」


俺としても女子だらけの体育ってどうにも居心地が悪いから、男子の方に戻れるなら戻りてーよ。

適当にあしらっていたら不服そうな顔で何処かに行ってしまった。体育の授業は隣のクラスと合同で、さっきの女子はクラスメイトじゃないのが救いだな。


ん?よくよく考えると、今から男の方の授業に戻ったらどちらにせよ居心地は悪いのか。絶対悪目立ちするもんなぁ……はぁ。

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