五 家に帰ろう
うちの学校は、キーンコーンカーンコーン、と昔から変わらない鐘の音が使われている。
別の高校に行った友人のところは違うようで、学校によってチャイムが違う事に驚いた記憶がある。
俺はこのスタンダードな区切りを表すチャイムの音に慣れ親しんでいるから、他の音にはなかなか馴染めなさそうだ。
放課後になって皆が思い思いに教室を出て行く。
俺は、空がたまにフラッと居なくなるのでその時を除けば、大体は空と駅前で寄り道をしてから帰る事が多い。
今日もご多分に漏れず、空と一緒に駅前に来ていた。
「はぁ〜〜〜……ぁ」
「お疲れだな。大変だったな」
ついつい、また溜息が出てしまった。これが何度目になるか、正直、数えるのもめんどくさいほど出ている。
それもこれも、デリカシーに欠けるクラスメイト達のせいである。ああ、まさか俺がデリカシーという言葉を使う時が来るとは思わなかったな。
「普通、クラスの中でパンツの中がどうなったか、とか聞くか?」
しかも今回のクラス替えで初めて知った顔で、苗字しか知らん男子生徒だ。
そんなん、事実を知らなければ空にでも言うのを躊躇うほどなのに、碌に親しくもないクラスメイトに聞かれても答えられんわ。
幸いな事に、そいつは聞いていた女子の「サイテー……」の一言で退散して行った。
女子の方は受け入れが早く、割とフレンドリーに接してくれたので助かった。まぁこっちも、今度恋バナしようね!という爆弾が放り込まれたのだが。
そもそも、恋愛対象からどうすりゃいいんだよ。女っつったら全力で引かれそうだ。
周りの女子に合わせて男だって言ったとして、男に戻った時に悲惨な事になるし……あれ、これ詰んでねー?
後、どっかから情報が回ったのか他のクラスから様子を見に来るやつの多い事多い事。
ただの転校生なら少しで済んだかもしれないが、男として通っていた奴が実は女でした、ってのが強烈なインパクトだったのかもしれない。
クラスの中には入って来ないものの、色んな視線が教室外から飛んで来て気疲れしてしまった。
ゲームセンターで格ゲーをプレイして、ストレスを解消した後、クレーンゲームのコーナーをぷらぷらと歩いていると、空の携帯電話が鳴った。
この音は着信やメールではなくて、空のプレイしているスマートフォンのゲームだな。
なんか、実際に街を歩いて妖怪を退治するゲームなんだが、目的地に行って画面に表示された妖怪をタップするとクリア。
妖怪収集や妖怪図鑑を完成させるでもなく、退治でポイントが加算されるわけでもない。何が面白いのか分からない不人気アプリである。
空の真似をして入れたものの、今じゃ起動もせず埃を被っている……って言うのかね。スマホアプリ。
で、この面白味のないゲームをずっとプレイし続けているのが空だ。
人の趣味にケチを付けるつもりはないけど、それなら最近配信された、モンスターを捕まえるアプリのが面白いんじゃないか、とは思う。
因みにそちらのゲームには無関心だった。ほんとに変わったやつだよ、昔から。
「行ってらー」
「いや……暫くこのアプリは封印だな」
いつも通り妖怪退治に行くのだろうと思って手を振ると、予想外の答えが返って来た。
今までは授業中ですら抜け出すくらい熱中していたのに、行かないのか。
「え、マジで。なんで?」
「まあ、そういう気分なんだ」
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お決まりの帰り道を歩いていると、家の近所にある公園に差し掛かった。園内は色々な遊具があってかなり広くて自然も多い。
昔からよくここで遊んでいたり、虫捕りや木登りもしたり、と思い出が多い。
そう言えば、奥にある一際大きな木に登っている時に、ここの管理人みたいなおっさんに──
「ちょっと待て、何処に行くんだ」
空が、無意識に公園に足を向けていた俺の肩に手を置いて止めた。
「──え?あ、いや……なんだろう、なんか気になって」
「じゃあ、明日な。今日は時間も遅いから、さっさと帰るぞ」
「えー……」
「はぁー、海の放浪癖は相変わらずだな。ちょっと気になるとあっちへフラフラこっちへフラフラと。
お前、今の自分の容姿をしっかり認識しろよ?人通りのないところに入っていくとか何があるか分からんぞ」
ぐぬぬ、人の事をまるで気紛れを起こして迷子になる子供のような扱いしやがって。
しかし……見た目、見た目ねぇ……顔はあまり変わってないのに身体はガラリと変わってたりとかさ、俺自身どう扱っていいのかよく分かんねーよ。
つい先日まで男として過ごして来たのに、いきなり女として暮らすのとか無理だっつーの。
これが全然、似ても似つかないくらい、劇的に変わってくれりゃ、まだ割り切れただろうけどさ。
「俺だって、変わりたくて変わったんじゃない」
「……そうだな。ごめん」
空はそう言って、本当に申し訳なさそうな顔で謝った。
なんでお前がそんな顔をする必要があるんだよ。
「いや、俺も悪かった。もう帰ろ」
「ああ」