後日談 二 チョコレートを作った日
未成年の飲酒はダメ絶対
二月十四日
世間の男女が落ち着きをなくして心が騒つく日だ。
彼女の出来た事のなかった俺だが、クラスで仲の良い女子生徒から義理チョコくらいなら貰った事がある。
別に誰かと付き合いたいと切望していたわけではないものの、やっぱり何処か落ち着かない気分になるものだ。
まぁ結局誰からも本命を貰うことは無かったなぁ。
逆に顔立ちが整っていて大人びて見える空は、義理チョコを貰う機会は少なくとも、たまに本命のチョコレートを貰っていたみたいだ。
今年からは俺は贈る側になる。
俺と空が、付き合い始めてからもう半年以上。
去年のクリスマスにはプロポーズ紛い……と言うかそのものを受けて暫く経つが、関係性が一変したかと言うとそうでもない。
物心付く前から付き合いがあるわけだし、俺と空の間にある絆はかなり深い。
いきなり変われって言われても無理だ。
……まぁ、それなりに恋人らしい事も、してると言えば、しているのだが。
既製品のちょっと良いとこのチョコレートを買って来ようか、なんてのも考えたんだけど、やはり気分的に手作りを贈りたい。
それなりに料理の腕も上がったと自負はしているが、お菓子作りに関してはあんまりだ。
理由は、空ががっつりと食えるもんを好むからで、飯ばかり作ってたからなぁ。
今までチョコレートを自分で作る機会なんてなかったし、作ろうと思った事もなかった。
ん?あ。ああー。
そう言えば、昔、一回だけ調理実習でチョコレートを作ったっけ。
名前は確か……ラムボール、だったかな。
ちょっと変わった香りのするチョコレート菓子だったと思う。
ラム酒を使うんだけど、とても甘いお酒だと勘違いした俺は、こっそりと一口舐めて盛大に咽せたんだっけ。
ラムだったら父さんのコレクションにあった筈だ。
思い立ったが吉日。早速父さんに電話を掛ける。
『もしもし』
「あ、もしもしー。俺だよ俺」
『あ?海か?』
「うん……あー、前にも思ったんだけど父さんも母さんもオレオレ詐偽に気を付けてね?」
二人揃って引っ掛かりそうじゃないか。
女になったばっかん時も母さんが心配になったもんだ。
一年も経ってないのに昔の事の様だ……懐かしいなぁ。
『それは気を付けるが、そもそも海の携帯から掛けられてるからなぁ』
「……あっ」
うわー。気付かなかったわ。
これ、俺すげー恥ずかしくない?
『そんな事よりどうした?』
「あ、うん。空にチョコレートを作ろうと思うんだけど、ラム酒を融通して欲しくてさ」
『ボンボン……じゃないな、ラムだとラムボールか?
構わないが、お前達は未成年なんだからアルコールはしっかり飛ばすんだぞ』
「うん、もちろん。どれなら貰っていい?」
電話をしながら移動して、父さんの私室に入った。
俺の背丈ほどもあるガラスケースには琥珀色や褐色の洋酒が所狭しと並べられている。
光を乱反射してきらきらと光る酒はなかなか綺麗だ。
こうしてまじまじと見てみると、瓶一つ取っても千差万別で個性があるんだな。
『ラムは上から二番目の棚だな。一番手前に口の開いた23年物のラムがあると思うんだが、どうだ?』
「え、あぁ……あるけど。23年って高いんじゃないの?」
前に姉さんに贈ったお酒。
後で調べたらインターネットオークションで凄い値段が付いていてビックリした。
15年物であんだけ高いなら、23年物はどれだけの値段になるんだろうか。
『それは常飲する為の物でリーズナブルだぞ。
物にもよるが、ウィスキーと比べればラムはヴィンテージが高くても安価だな』
……じゃあウィスキーの棚にある何十年物とかって……いや、聞くのは止めておこう。
父さんの言うラムの栓を開けて匂いを嗅ぐと、カラメルの様なとても甘い香りがした。
「凄く甘い匂いがする。チョコレートに合いそうだね」
『菓子作りには少し贅沢だが……空君には良い物を贈りたいだろう?』
少し揶揄う様な父さんの声に少し頰が熱くなったものの、素直にうんと頷いた。
レシピを見ながら試行錯誤を繰り返し、ラムボールは納得のいく出来になった。
用事があるから遅めに来てくれ、と言ったものの、放課後から空が来るまでの間に出来上がるか不安だったが完成して良かった。
まだ少し時間はあるものの……今日くらいは店屋物を頼もうかな。
それよりも、さっきのラムの味が気になる。
今回作ったラムボールは、かなり美味しく出来たと思う。
もちろん料理に慣れたからってのもあるだろうけど、ラムの違いも大きいだろう。
これは子供の頃の苦い記憶を塗り替えるチャンスだ。
食器棚に入っていた親指くらいの高さしかないグラスに、半分ほど注ぐ。
やっぱり甘くて良い香りだ。恐る恐る、グラスに口を付けて傾けた。
唇に触れたところから熱くなる辺り、酒精は結構強いんだろう。
でも昔舐めたラムとは違って、ツーンとしたアルコールの刺激はなく、匂い同様かなりの甘みを感じる。
口当たりもまったりとしていて飲み易い。
父さんが気に入って常飲するわけだ。気付いたらグラスが空っぽになっていた。
──後一杯くらいなら良いかな?
そう思って俺はラム酒をグラスに半分ほど注いだ。
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ピンポーン、と玄関のベルが鳴った。
玄関のベルが鳴ってるなぁ、なんて思っていたら、部屋の入り口から空が現れた。
「海!?どう、し……酒臭い」
「れでぃに、酒くさいとは、なにごとだ!」
「上に酔っ払ってるのか?何があったんだ」
ぬぅ、俺はそんな酔っ払ってねーぞ。失礼なやつだ。
ちょっと身体が熱くてふらふらするくらいだ。
飲もうと思えばまだまだいける。ラムの一本や二本、余裕だ。
「きょふは何の日でしょーか!?」
「バレンタインデー、か?」
「いぐざくとりいー!」
そう言いながら、綺麗に包装したラムボールを渡す。
「さら」
「俺は食器か……なんだ?」
「だいすき」
「っ──あぁ、ありがとう。俺も海の事は大好きだぞ」
「へへ」
面と向かって好きって言われると照れるじゃあないか。
こいつは全くの女たらしである。
飛び込むようにぎゅうと抱き着くと、しっかりと受け止めてくれた。
さらりさらりと頭を撫でる大きな手が心地良い。
「ところで、このチョコは手作りなのか?」
「ん。がんばった、らむぼーる!です」
「ああ、ラム、か。なるほどな」
空は何かを得心しているようだ。きっと俺の愛の大きさだろう!
「海、少し眠くないか?」
「ん?まだ、へいきだし」
「でも眠そうな顔をしているぞ」
む?そう言われるとそんな気がして来るな。
確かに少し瞼が重い。
「ほら、ベッドまで運ぶから少し寝よう」
「んー……わかった」
空は軽々と俺を抱きかかえ、俺の部屋へと入った。
最も、俺は心地良い暖かさと揺れ、それに安心する匂いで部屋に着く頃には寝付いてしまっていたのだが。
翌日、俺の記憶は全部残っていて、ベッドの中で悶絶したのは言うまでもない。
空からは「俺が居ない時に酒を飲むな」と厳命を受けてしまった。がっくし。
またもや遅くなりまして……。
楽しんで頂ければ嬉しく思います。




