二十六 趣味が悪い!
「う──」
身の毛もよだつ恐怖体験をして、気を失っていたようだ。
悪霊相手に二度も失神してしまうなんて不覚だ。
苦手なもんは苦手だし、すぐに克服出来るとは思ってなかったけど、悔しい。
身体に不自由を感じて身動ぎをすると、がちゃり、と音がする。両腕は壁から伸びる鎖と枷で固定されていた。
周りを見渡すと随分広い空間にいるようだった。
部屋全体が薄暗く、壁も真っ黒で、普通の人なら不便しそうな場所だ。
ところで……最近ここと似た様な景色を見た気がするが……。
──あ、分かった。姉貴の式場、つまり教会に似てるんだ。壁を黒く染めた、教会。
俺が括り付けられているのも、逆さにした、黒い十字架。
陰険そうな黒マントだけあって趣味が頗る悪いなぁ……何か教会や神様に恨みでもあるのかね。
しかし、黒マントは森林公園に帰るって言っていたけど、近隣でこんな建物は見たことがない。
別次元、とやらを通って遠くへ来ているのだろうか。
機会を伺ってなんとか脱出、逃亡をするつもりなものの、こうなると何をしていいのかも分からない。
まぁ、そもそも枷を外せなければ何もかも始まらないんだが、無駄に丈夫で破壊は無理そうだ。
はぁー、と大きな溜息が出てしまう。
視線を下ろして自分の格好を見る。胸元を強調するようなシルエット。
鏡に映して見ているわけじゃないから厳密には分からないけど、それは黒を基調に赤いグラデーションが入った服で。
色に目を瞑ると、なーんか凄い、とても、非常に不安な事に、ウェディングドレスの様なデザインだ。
結構呑気に構えているように見えるかもしれないが、あの変態に着替えさせられたのかと想像するだけで吐き気がする。
更にこれがもし──いや、こっちは考えもしたくもないな。一先ず忘れよう。
空にはまた迷惑を掛けちゃったなぁ。あいつの事だから、凄く心配してるだろう。
「漸く目を覚ましたか」
正面の大きな入口ではなく、左後方のドアから、黒マントが姿を現した。
そちらに目を向けると相変わらず気障で優雅振っている黒、マン、ト、が。
「鷹見、さん……?」
黒マントの後ろに付き従っているのは、クラスメイトの鷹見さんだった。
その言葉が意外だったのか、黒マントが眉を上げた。
「ほう。知り合いか?」
「はい、学校の同級生です」
鷹見さんに表情はなく、あまり生気を感じない。
学校での快活で饒舌な様子は全く鳴りを潜めている。
それで、分かった。
強い怒りと同時に、少しホッとした気持ちも感じている。
「お前……鷹見さんに何をした?」
唸るように、自分でも驚くほど低い声が出た。
「身の回りの世話をする者が必要だろう」
ガァンッ!と手枷がけたたましい音を立てた。
怪我をする可能性があるし、大きな音を出したくなかったから暴れたりはしなかった。
でも、勝てる勝てないは関係なく、こいつの顔は一発殴らないと気が済まない。
「下僕の様な弱者に壊せる枷ではない。目障りだから無駄な抵抗をするな」
「てめぇの気分なんざ知らねーよ。そんなんどうでもいいから俺と鷹見さんを解放しろ」
「聞くに耐えん言葉遣いだ……が、まぁじゃじゃ馬を服従させて躾けるのも一興か」
そう言うと、欲望の入り混じった瞳で顔から足までじっとりと視線を這わせる。
空に情熱の篭った目で見つめられると身体が火照って嬉しく思えるんだが、黒マント相手だと嫌悪感だけしか湧かねー。
「しかし、馬子にも衣装だな。どうだね、そのドレスは」
「悪趣味だとしか言えないね」
別に黒がダメってわけじゃねーけど、何から何まで黒ってどうなんだよ。
部屋も服も九割が黒で、壁の花やカーペット、服の裾がちょっと赤いだけじゃねーか。
「フン……所詮は下僕か。この高尚な趣味が分からぬと見える」
あぁ、全然分からないし、分かりたくもないね。
「まぁ何れ分かるようになる」
「はぁ?寝言は寝て言えよ」
「勝手に吸血は済ませてしまったようだが、性交は、まだだろう?」
「──っ!生憎と、もう済んでるんでね!」
「法螺吹きが。匂いで分かるのだよ」
ほんっと気持ち悪いなこいつは!!
「全てを染め上げて心の底から服従を誓わせてやる。
式が終わったらその場でな。
あぁ、ついでに愛の契りをこの娘に見届けて貰うとするか?」
そう言うと鷹見さんの方に視線を向ける。変態黒マントのせいで鳥肌が立ちっぱなしだ。
なんとか、しないと。
こんな奴に身体を許すなんて以ての外だし、鷹見さんも心配だ。
でも、でも……なんで俺は無力なんだ……。




