二 買い物
原因は分からないものの、生活はちゃんとしなければならない。来年には受験が控えていて、いつ治るか分からないのに、治るまで引きこもってはいられないのだ。
流石に昨日の今日では学校には行けず、衣料や日用品が必要になるだろう、という事で買い物に出て来た。
今日は金曜日。計らずも三連休になってしまった。少しラッキーである。
諸々の手続きなどは週明けにはしておいて貰えるそうなので、月曜日からは通学出来るようだ。……女子制服を着て。その辺りは少し気が重い。
当たり前だが、俺は女物の服なんて一着も持っていないので、着ているのは学校指定の青ジャージだ。
この辺りは学校指定のジャージ姿で歩き回る生徒も多いから特に目立つ筈はないのだが……。
「よ、陽子さん、なんかめっちゃ、視線を感じるのは気の所為ですか」
陽子さんと言うのは、空の母さんで四十手前の美人さんである。髪色は蒲公英の様な透明感のある黄金色だ。見た目は二十代前半と言っても誰も疑わないでろう。
「うふふ、海ちゃんが可愛いからね」
あ、そうそう。カイ、という呼び名は男っぽいので、外ではウミと呼ばれる事になった。
「え、ええ?そんなまさか。それを言うなら、陽子さんが綺麗だからですよ」
「あら、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ。後は、そうね、海ちゃんの瞳の色かしら?」
あ、ああー。確かに、目の色は目立つかもしれないな。
カラーコンタクトで青い目にしている人は居てても、赤い目にしている人って少ないから。
んん、これは逆に黒や茶色のカラコンが必要かもしれん……が、目に異物を入れるのって怖いな。
「カラコンとかで誤魔化した方が、良いですかね?」
「綺麗だからそのままでも良いと思うけれど、海ちゃんが気になるなら、買っておく?」
「そうですか?……んー、目に入れるって怖いし、コストも結構かかりますよね?」
「そうねぇ。でも海ちゃんがお金は心配しなくても良いのよ」
そう言って貰えるのは嬉しくとも、ただでさえ衣料や日用品だけで両親にとっては手痛い出費になる筈なのだ。うん、特に必要だって思うまではいらねーかな。
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「う、うぅ、う……」
俺は今、試着室の中にいる。で、絶賛、下着の試着中である。恥ずかしさで顔が熱い……。
ジャージ姿で外に出る時は、普段のボクサーパンツに陽子さんのヌーブラってやつを借りて出てきたのだが、これがなかなか厄介だ。
裏側はべたべたもちもちした謎素材で出来ている。
付ける時はべったりと張り付いて違和感があったし、何より取る時が酷い。動いても外れない、ズレないように出来ているから、かなり確りとくっ付いている。
ぺりぺりと剥がす時に胸の肌が引っ張られてちょっと痛いし、乳首の部分なんて敏感な分、ホントに痛い。
女性はよくこんな痛みに耐えてお洒落をしているよ、マジで。
んで、陽子さんに教えて貰いつつブラジャーを着けた。
これはCの65、らしい。アンダーとトップの差がなんちゃらってのまで覚えた。
これで彼女が出来た時のブラジャー選びまでばっちりだな……はぁ。
パンツの試着は出来ないらしいので、鏡に映る姿はブラジャーにボクサーパンツ。かなり変態っぽいぞ。
まぁブラジャーを着けるだけでも精神力ががりがり削られている気がするので今更か……。
「サイズは大丈夫そうね?」
「う、はい。確かにあると胸元が落ち着きますけど」
出来れば着けたくない。
いや、着けないと乳首が浮くし、着けてみて初めて知ったけど、ノーブラって安定しない。
だから、着けざるを得ないのは分かっているんだ……。
が、ああ、すげー男に戻りたい。なんで女になったんだよ、ほんとに。
「──ところで、海ちゃん。なんでジャージのズボンを脱いだの?」
「え?だって試着……ああっ!?」
そうだよ。パンツは試着しないんだから脱ぐ必要はなかったじゃないか!
もう、顔は真っ赤になっていると言うのに、まだまだ顔には血液が集まるものらしい。か、顔が熱くて爆発しそうだ……。
「ふふ、真っ赤になった海ちゃんも可愛いわよ」
「あい……」
この事は、記憶の奥底に封印する事を決めた。
陽子さんにも、絶対に、絶対に誰にも言わないよう念押しをしておいた。空なんかに知られたら恥ずかしさで死ねそうだ。
ところで、下着を着けたまま帰ります、と伝えたら店員さんが少し呆気に取られたような表情をしていた。
そりゃ服じゃないのに着たまま帰る人って、ちょっとレアだよなぁ。
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ふぅ、と溜息を一つ吐いて、ストローからコーラを啜る。ようやく買い物が終わり、併設されているフードコートで人心地をつけた。
下着売り場で十年分くらいの恥をかいた気がするので、てっきりもう、恥ずかしいものなんてないだろう、なんて思っていたのだがそうでもないらしい。
下着と同じ様に、試着したまま買って出てきた女物の服──ノースリーブのワンピースにカーディガン──は、外見上は違和感がない筈だ。
俯いてコーラを啜っている今は、背景に埋没出来ていてほとんど見られる事がないのにも関わらず、まだ少し顔が熱い。
何れはこの感覚にも慣れていくのだろうか。
戻れるかどうかは分からず、女になっていたなんて突拍子もなさ過ぎて普通の医者には掛かれない。
……まぁ後日、空の父さんが個人的な付き合いがある、信頼の出来る医者を紹介してくれるらしいけど。これからどうなるのやら不安でしょうがない。
目下の悩みとしては週明けの学校だ。
元々身体は女にだったって説明をするらしいが、それはそれでどうなんだろう。問題が起きたりしないのだろうか。
まぁ先の起こるかもしれない事でやきもきしても仕方ないか……いやでもなぁ。
「お、海」
「ッ!!空!?」
跳ねるように声の掛けられた方へ振り返ると、空が立っていた。
隣に座る陽子さんを見れば、悪戯の成功した子供の様な無邪気な笑顔だ。
それはそれは、とても清々しい笑顔で、いつもなら人を爽やかな気分にさせるんだけど、何をしてくれてんですかねぇぇぇ!?
そりゃ、どんなに隠したっていずれは見られるんだけどさぁ……。
学校帰りで制服──ちなみにブレザー──姿の空は、俺の姿をまじまじと見つめている。ぐ、ぐおお。恥ずかしくて空を直視出来ん。
「……うん、母さんの言う通り、よく似合ってる」
「うるせー」
喜んでいいのか、悲しんでいいのか分かんねーよ。
おい、頭の上に手を乗っけるな。俺は子供じゃねーぞ。
「大丈夫だ。可愛いんだから自信を持て」
「そう言う問題じゃねぇ!!」
渾身の右ストレートは、簡単にいなされてしまった。
くそ、もやもやする……。
少しだけ書溜めがあるので、一日一話くらいで投稿をしたいと思っています。
出来るだけ間隔を開けずに完結したいところ。