十一 披露宴だ!飲み放題だ!
式場から出て、エレベーターで披露宴会場に移動した。
父さんや母さん、周りの人に付いて歩いているからいいけど、一人だったら迷子だな。
でもついつい物珍しくてきょろきょろしてしまうんだよなぁ。お、あんなところにカウンターがある。
「こんにちは」
カウンターに立つ、バーテンダー?の人に声を掛けた。
パリッとしたスーツに蝶ネクタイ。オールバックに纏めた髪は、ザ・バーテンダーって感じだ。
カウンターには色取り取りの瓶が並んでいて、見た目でも楽しめるな!
「こんにちは、何か飲まれますか?」
「え、いいの?」
「お酒以外でしたら」
未成年だってバレてーら……ってああ、俺制服じゃん。
「じゃあ、なんか下さい」
赤いシロップにジンジャーエールを混ぜた飲み物が出て来た。これは甘そうだ。
って、ぶぇ!?辛っ!いや、飲めないわけじゃないけど、辛っ!!んで生姜の香りが強い!
「こ、これ、ジンジャーエールなんですか?」
「ええ。普段手に入るジンジャーエールは甘口が多いですが、折角なので辛口で作らせて頂きました」
なんて茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「ちょっと珍しい味でしょう?……もし刺激が強いなら、飲みやすいようにしますが」
「い、いえ、このままで大丈夫です」
ふ、ふふ。これがオトナの、バーの味ってやつか。
後で空に自慢してやろっと。
……ってまぁ、飲んでるのはジュースなんだけどさ。
そんな風に少しハイテンションになって過ごしていたら、もう披露宴が始まるようだ。
つか、ふらふら出歩いてたのって俺くらいじゃんか。いや、他にも居るんだけどもっと小さな子達だ。
ちょっと恥ずかしくなって、急いで指定されていた席に着いた。
流石、大きなホテルの料理で、すげー美味い。自分の手抜き料理ばっかり食べていたせいか、尚更そう思う。
「海?」
と、最近あまり呼ばれていなかった方の名前で呼ばれて振り返る。
シミ一つない、とても豪奢な白いドレスに身を包んだ姉貴と、同じく白いタキシードを着たお義兄さんだった。
「お、姉貴、久し振り」
「さっきもちょっと思ったけど、やっぱ海かぁ。はぁ〜化けたもんねー」
「別に自分から変わったわけじゃねーよ。つか、姉貴だっていつもと違うじゃん」
ほんと、化けたもん、とは俺の台詞だ。
普段は化粧だってほとんどしてないのに、今日は睫毛はばさばさだし、唇は真っ赤だ。
俺も自分で化粧をしたから分かるようになった。すげー綺麗に化粧がされてる。絶対誰かに化粧して貰っただろ、姉貴。
「結婚式でいつも通りで居るか!ってやり取りをしてると思うけど、あんた中身は変わってないのね。もう、ほら、口周りが汚れてる!」
ぐぬぬ……。
お義兄さんはと言えば、にこにことしながらこちらを見ている。ガサツな姉貴には勿体無い人だな!
「あ、そだ。姉貴、受付の人にプレゼントを渡しといたから、後で受け取ってくれ」
「あらま。気を遣わなくても良かったのに。ありがとね」
俺や父さん、母さんへの挨拶はそこそこに、姉貴とお義兄さんは別のテーブルへと移って行った。
披露宴の歓談の時間になると、ゲストも席を移動して他の人と話しても良いみたいだ。
知り合いのいない俺にはあまり関係がないので、さっきのカウンターでまた珍しい飲み物でも貰おう。
そう思ったら、カウンターには先客がいた。赤いドレスに身を包んだ女性……というか、女の子?かな?
さっきのバーテンダーの人と仲良く話している。ん?んん?なんだろう。お客さん、ってよりも随分親しげだ。ま、いいか。
「こんにちは、さっき振りです」
「ええ、先程振りです」
「ほー、こんな可愛い子とお知り合いになってたんだー?」
「お前も後ろで見てただろうがよ……」
なんて女の子に揶揄われて、小声で悪態をつくバーテンダーさん。さっきまではシャンとしたイメージだったからそんな姿が少し意外だ。
そんで、女の子の方を見て、びっくりした。
髪の毛は色の薄い金髪。顔は小さくて、目はくりくりとしていて凄く大きい。今まで見た女の子の中でも、抜群に美しい少女だった。
でも、なんだろう。
「あ、れ?以前、何処かで会ったことがありましたか?」
そう、初めて見たのに、何処かで会っているような、不思議な感覚があったんだ。
女の子は突然声を掛けられて驚いたのか、目をまん丸くした。
「──いや、初対面だよ。あ、そうか。ふふ、もしかしてナンパかな?」
「ち、違います!」
ちょ、そんな風に取られるとは!?って、でも確かにナンパの常套手段だよな。
「うん、冗談だよ。からかってゴメンね?」
「あ、いえ」
見た目は……俺より年下に見えるくらいなのに、上手だ。勝てる気がしねぇわ。
そんで、な、なんかじーっと見られてるんだけど!
「んー、君には──なにか、悩みがありそうだね?」
そう言われて、弾かれるようにしてその子の方を見た。
優しげな笑顔だった。
「少し占いの真似事をしていてね、そういうのが、ちょっとだけ分かるんだ」
「そう、なんですか」
「うん。今ある君の悩みは、解決するよ」
って、男に戻れるって事か?
……いや、そんなまさか、な。
「何があっても、君が一番信頼している人を、信じていたら、大丈夫」
その言葉に、空の顔が浮かんで、消えた。
ま、空は俺がこんなんになっても優しくて、助けてくれるいい奴だ。
何であれ、あいつは信じてやってもいいか。
「でも、そうだな。少しだけ手助けをして上げるね」
そう言うと、その子は胸の前で手を組んだ。
『君に、神の祝福がありますように』
ふわり、と心の中に暖かいものが流れ込んだ。
女になってから、何をしても底冷えしていた、『何か』が、溶けて消えた──気がする。
って、待て待て。なんだそれ。しゅ、宗教の勧誘をされても騙されないぞ俺は!
「うん、これで良し。じゃ、私は先に行くから」
「あいよ」
「可愛い子だからって、手を出しちゃダメだよ?」
「出さねーよ……お前も分かってんだろうが」
ひらひらと手を振りながら、女の子は席を立った。
む、むむ。宗教勧誘をされるかも、と警戒していた俺の立場はどうなるんだ。
「グラスが空いていますが、何か飲まれますか?」
あ。いつの間にかに出されていた飲み物を、いつの間にかに飲み干していたらしい。
う、うーん。完全にあの子に飲み込まれていたな。何者なんだろう。
「じゃあ、あと一杯だけ」
「かしこまりました」




