十 結婚式、当日
ホテルの中に併設されている教会、の様な場所で姉貴の結婚式は行われる。
会場に辿り着くまでは携帯電話を片手に電車を乗り換え、マップを駆使する必要があった。
時間にはかなり余裕を持って出て来た筈なのに、到着した頃には割と良い時間になってしまった。
ホテルのクロークに主だった荷物を預けると、父さんと母さんに連絡を取った。
二人は遠くから来る事もあり会場になるホテルで宿を予約する、と言っていた筈だ。
『海、あんた今何処にいるの』
『入口の、クロークって荷物預けるトコにいるんだけど』
『二つあんのよ、入口。どっち?』
え、マジかよ。どっちだろう、と辺りを見回すと天井に設置された看板には、第二棟二階東口、と書かれていた。
『今、お父さんと其処に行くから、一緒に式場まで行きましょう』
ホテルの中が広過ぎるので、正直助かったわ……。なんだよ第二棟って。何棟あるんだよ。
周りを歩く人達も、カチッとネクタイを結んだスーツ姿の男性だとか、淑やかなワンピースドレスに身を包んだ女性、だとか。
しっかりとした装いの人が多くて、普段の自分から考えると場違いのような気がしてならない。
俺が着ているのが、学校の制服だってのもあるんだろうけどな。
「海、久し振りね」
そんな風に所在無げにしていると、横合いから母さんの声が聞こえた。
「母さん……よく、すぐに俺だって分かったね」
「あんまり顔は変わってないし、写真も貰ってたからね。でもあんた、外で俺は止めなさいね」
あ、しまった。
普段は気を付けるようにしてんのに、つい戻ってしまった。
「父さんも、久し振り」
「あ、ああ……」
んで、父さんは母さんの隣で棒立ちになっていた。
まぁ……話はしてあったけど、長男が女になっちゃったら、ショック、だよな、きっと。
「か、可愛くなったな」
ま、前向きな言葉だけど、父さんに言われてもなんか嬉しくねぇぇぇぇ……。
話もそこそこに、エレベーターに乗って式場のあるフロアまで移動した。
式場の一角だけ特に目が醒めるような白を基調とした作りになっていて、所々に綺麗な花が飾られている。
ホールのような場所で、姉貴の旦那さんの家族とも顔合わせをした。
最近、身体の内側は元から女だった作り話は、し慣れてしまったよ。
まるで立て板に水を流すように、さらさらと言葉が出て来るぞ。
……原因は、相変わらず分からんし。元に戻る気配もないし、なあ。
指定された席に着き、式が始まるのを待った。
教会を模した空間はとても美しく整えられていて、本物ではない教会だと分かっていても、身が引き締まる、思いがする。
ステンドグラスとか、光が当たりキラキラと輝いていて、綺麗だなぁ。けどま、俺には合わん空間だな!落ち着かねぇ!
そわそわしながら待っていると、介添人と共に新郎……つまり俺のお義兄さんが入場して来た。
顔立ちは至って普通。でも、とても優しくて、話しやすい人だ。彼なら姉貴を大切にしてくれるだろう。
あー。なんだろう。
姉貴は高校を卒業してから一人暮らしで、あまり会っていなかったのに、結婚してしまうって考えると遠くへ行ってしまうような、そんな気がして少し寂しい。
……俺がこんな事を思うんじゃ、父さんは大丈夫かな?
続いて扉が開き、新婦が入場して来た。
父さんにエスコートされて式場に入って来た姉貴は、贔屓目抜きにして見ても、とても綺麗だった。
普段のあまり洒落っ気のない姉貴とのギャップのせいか、際立って見える。
すげー。ウェディングドレスすげー。馬子にも衣装っつったら怒鳴られそうだな。
あと父さん、顔が引き攣ってんぞ。
お義兄さんに姉貴を引き渡して、父さんが席に着いた。
式は恙無く進み──ドラマでたまーにある、誰かの乱入とかもない──指輪の交換をする。
「それでは、新郎と新婦は、証人達の前で誓いのキスを」
お、おう。なんか身内のキスを見るのって、落ち着かないな。でも証人だからな。仕方がないな。
姉貴の顔に掛かっていたヴェールを上げると、お義兄さんがその唇にキスを落とした。
その瞬間に、心臓が一つ、ドクン、と高鳴った
──っ?なんだ?
心臓が倍の大きさになって、全身に血液を流し込んだような、そんな感覚だった。
これが動悸ってやつだろうか……若いのに。身内のキスで興奮したとか、そんなんじゃない事を祈りたい。
新郎新婦が退場すると、司会進行の人から披露宴の会場へ移動するように指示が出たので、移動を開始した。
ずっと緊張をしてたせいか、喉が渇いたな。まぁ披露宴が始まるまで我慢だ。
ちなみに振り返った父さんがガチ泣きしていてちょっと引いた。気持ちは分かるけど。ああ、そう言えば父さんが泣くところって初めて見たかもな。
ところで、目を真っ赤にしている父さんがチラチラ俺を見てるんたが、なんでだろうな?




