一 始まり
暗く沈んだ意識が浮上する。ここの段に至って、ああ、俺は寝ていたんだなって事を自覚する。
うとうとと微睡む中で、何で寝てたんだっけ?なんて疑問が頭を掠めた。……うん、昨夜ベッドに入った記憶もないし、学校を出て……ああ、思い出せねー。
無意識のうちに家に帰って寝ていたのだろうか。
目の前がどんどん明るくなって来て、もう目が覚めそうだ。俺は、ぱちり、と目を開けた。
何度か瞬きを繰り返して霞む視界を鮮明にさせると、目の前には良く知った顔があった。物心付いた時からの友人で、藤岡 空である。
「……おはよう、空。人の寝顔見て楽しいか?」
空はうちの合鍵を持っているので、居ててもおかしかないんだが、寝ているところをこんなジーッと見られていた経験はないな。多分。
大体、俺が寝ている間に来ると勝手にゲームかなんかをして待っている事が多い。
「おはよう、海。……やはり海なのか」
「はあ?」
よく分からない事を言う空は置いといて、腹筋を使ってグイッと身体を起こすと、身体に違和感を感じた。
頭に何かがへばり付いている感覚に、胸が服に擦れる感覚。頭に手をやると、普段より遥かに長くなった髪の毛に手が触れて、ばんばん、と胸を手で叩くと皮膚が震える感触と僅かな痛みを感じた。
「えぇ……。なんだ?俺はどうなったんだ?」
「海、あれを見ろ」
俺の部屋にはベッドから見える位置に姿見が置いてある。
長く伸びた髪は烏の濡れ羽色。瞳は鮮烈な紅。透けるような白い肌をした、同い年くらいの少女。姿見に映ったのは、そんな存在だった。
え?と思って後ろを向いたが、壁しかない。当たり前だ。
「お、おい、あれって……?」
そう言って鏡を指差せば、鏡の中の少女も全く同じ動作をした。……おい。おいおいおい。
「……お前だな」
「うそやん……」
そう、呟くのが精一杯だった。
股間には、何もなかった。
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さて、なんで俺が家のベッドで寝ていたのかと言うと、外で倒れていた俺を、空が見付けて運んで来てくれたからだと言う。
良く俺だと分かったものだ、と言ったら、男子制服を着たヘンテコな女の子だったが、持ち物などが俺の物だった事から取り敢えず連れてきた、との事だ。
違ってたらどうすんだよ。俺が見知らぬ女の子を自宅のベッドに連れ込んだみたいになってただろうがよ。
まぁ、実際その通りでなんの問題もなかったんだけどさ。
「なんだよ?」
なんか、沈黙があるとちょこちょこ俺の顔を見てるんだよな。付き合いが長い分、考えている事は大体分かるんだけど、たまに理解出来ない事を仕出かすのが空だ。
「……いや、なんでもない。それより、これからどうするんだ?」
「分かんねーよ。こう言う時はどうすりゃいいんだ?」
「取り敢えず……親に相談してみたらどうだ?俺も親父に聞いてみる」
しがない高校二年生に考えられるのは、結局大人に頼る事だった。
携帯電話を片手に部屋を出て行く空を尻目に、俺も母さんへ電話を掛ける。プルルルル、というコール音の代わりにコブシの効いた野太い歌声が聞こえてきた。
通話待ちのコール音に渋い演歌を流すのはやめて欲しい。
『もしもし?』
「あ、もしもし、母さん、俺俺」
『海?あんたなんか、声がおかしくない?』
母さん……将来詐欺に引っ掛からないよう気を付けてくれよ。
「いや、なんて言ったらいいのか……なんか、女になった」
『はぁ?なんで?』
「分かんね。空が言うには、下校途中で倒れてたらしくって、そん時には女だったって」
『ああ、空君が一緒にいるの?なら安心ね。空君のご両親はなんて?』
なーんか母さんって空への信頼度が高いんだよな。
そりゃ眉目秀麗、成績優秀、運動神経も抜群と側から見ればすげーけどさ、実際話してみると相当な変わり者だぞ。……ま、いいか。
うちの両親は二人で県外に出張している。生活費は毎月振り込んで貰っているが、何かあれば近所に住んでいる空の両親が俺の面倒を見てくれているのだ。
「今電話を掛けて貰ってるとこ」
『あら、そう』
なんて話をしていたら、空が部屋に戻ってきた。
「あ、空」
「海、俺の父さんが話があるって。そっちも通話中か?」
「ああ、まだ」
「じゃあ、ちょっと貸してくれ」
そう言って俺の携帯電話を受け取り、スピーカーフォンにすると、空の携帯電話もスピーカーフォンにして隣に置いた。
……おお、これで俺の母さんと空の父さんと同時に話が出来るって事か。ちょっと音が悪そうだけど、なるほどなぁ。
「今、海もおばさんと話していたみたいだから、スピーカーフォンにしたよ」
『そうか。霞さん、うちの息子がすまないね』
ちなみに霞とは俺の母さんの名前である。
『いえいえ、こちらこそ、いつも海の面倒を見て貰っていて……』
「えーっと、それで、俺はどうしたら良いんだ?」
なんか親同士の挨拶が長くなりそうなので本題に入らせて貰う。
『ああ。君は、海君で間違いないんだな?』
「はい」
『学校からの帰り道で倒れていたそうだが、何か分かるか?』
「いえ……学校を出てちょっと歩いて、そこから記憶がなくて、なにも分かりません……」
いくら記憶を辿っても、何処で意識が途絶えたのか、記憶が無くなったのかが、まるで霧の中にいるかのようにアヤフヤだった。
体調を崩したのなら、倒れる直前の状況も分かるんだが、別に今異常も感じないんだよなぁ……。何が起こったんだ。
どうでも良い話ですが、TS男→女と男の恋愛物が増える事を切に願う日々です(´▽`*)