撫子ちゃんママになる?
招かれるままに馬車のそばへ来た撫子達は、40代ほどの髭をたっぷり蓄えた男性と相見えた。
少しふくよかな彼の風体と大きな馬車を見るに、恐らく商人なのだろう。
人の良さそうな顔を驚きに染めると、またガタガタと音を立てて馬車から降りてきた。
視線は撫子の肩の鳥に釘付けだ。
「おお……おお!これが白龍鳥かい!まさか生きている内にこの目で見られるとはなあ……」
「パトリックさん、嬉しいのは分かりますが……」
子どものように感嘆の声を上げる姿を見て、ラルフは笑いながら自己紹介を促した。
雇い主と護衛という関係だが、どうやらこの2人は元々気が置けない間柄のようだ。
「そ、そうでしたな!失礼致しました。私は商人をしております、パトリックと申します。何やらお困りのようですので、よろしければ私の馬車でお話を聞かせて頂けませんか?」
「パトリックさんね。アタシ、撫子って言います~。とぉっても嬉しいんだけど、見ず知らずのアタシなんかが乗せてもらっていいのかしら?」
「構いませんとも。ラルフが悪人ではないと言い切っておりますし、何より白龍鳥を連れていらっしゃるのです!間違いはないでしょう。ああ、この馬車は今マッフモという街へ向かっている途中ですので、それでもよろしければですが……」
先程からパトリックやラルフの言う白龍鳥とはこの子の事だろうか、と撫子は鳥を見て首を傾げる。
鳥は不思議そうな顔で、撫子の真似をするように首を傾げていた。
どうやら彼らはこの鳥に関しても詳しいらしい、であれば怪我の治療法なども知っているかもしれない。
まして街へ向かうと言うのであれば、渡りに船というものだ。
「嬉しいわあ、アタシたち丁度街へ行きたかったのよぉ。お邪魔させて頂きます~」
「キュウアー」
撫子と鳥が仲良く頭を下げると、パトリックは嬉しそうに笑った。
「それは良かった!今夜は野営をしますが、明日の昼頃には着く予定です。どうぞその間に、お話をお聞かせ下さい」
***
その日はパトリックの言う通り、道の端で野営をする事になった。
ラルフが率先して指示し、男性陣はテント張りと馬の世話、パトリックは積荷の確認をしている。
撫子は今、お世話になるのだから当然と手伝いを申し出て、女性陣と一緒に料理をしているところだった。
「ナデシコさんって、料理の手際すっごい良いね!お母さんみたい!」
「あらそーお?んふふ、家でも自分でしてたからねえ」
にこにことご機嫌でみんなの器を用意しているのは、一振りの勇気の女性メンバー、メリッサだ。
肩につかない程度の明るい茶色の髪が、彼女の溌剌さを表すように元気に外にハネている。
そしてその頭の上には、髪と同じ色の猫の耳がひこひこと動いている。
そう、メリッサは猫の獣人なのだ。
街まで同行させてもらうと言う事で改めて顔を合わせた時、初めて見た獣人に驚いた撫子は思わずじっと見つめてしまった。
すると彼女は気を悪くした風でもなく、「あ、もしかして獣人見るの初めて?」と自己紹介をしてくれた。
屈託なく元気に挨拶する彼女に撫子も頬を緩ませ、すぐに仲良くなる事が出来たのだった。
「うちのパーティーって料理できる人いないからさあ、ほんと嬉しいよ」
「今までご飯はどうしてたの?まさかさっきみたいに、お肉とパンだけ?」
「えーっと、お恥ずかしい事にそうなんだよね……」
「私もメリッサも、料理は出来なくって……」
もう一人の女性メンバー、シルヴィアも情けないという表情で俯いた。
長い金髪をなびかせてローブを纏った、いかにも大人の女性という容姿の彼女だが、家事全般が駄目だと自己申告していた。
彼らの言う食事とは本当に簡単なもので、干し肉とパン、それだけらしい。
食材や調理器具を多く持ちすぎると荷物になるという理由で、冒険者の野営中の食事といえばこれが基本なのだそうだ。
美容と健康にうるさい撫子は「若い女の子がこんな物食べるなんて!」とつい口を出してしまい、食事の準備を取り仕切る事になった。
「んもう、ダメじゃない!食事も美容には大切なんだから。今は若いから何とかなってるけど、歳取ったら今の無理が祟ってブクブクになっちゃうわよ!」
「は、はいぃ!」
「き、気をつけます」
そんな話をしながらも手は止めず、着々と料理をしていく撫子。
唯一の調理器具である小さな片手鍋を借り、水の魔法で満たす。
完璧に透き通った水を出してみせた撫子に、魔法使いのシルヴィアが驚愕していたのは余談だ。
そして歩いている途中で採った山菜を入れて煮立たせる。
干し肉を食べやすい大きさに千切って入れ、最後に香辛料に似た木の実で味を整えれば、簡単なスープの出来上がりだ。
そのままでは固かったパンも、スープに漬ければ美味しく食べられる。
その晩は皆、撫子の振る舞った暖かい食事に満面の笑みだった。
「ナデシコさんのおかげで、今日の飯は美味かったな。お前もそう思うだろ?バド」
「まあ、味は良かったけどよ……」
「全くです。いやあ、ただのパンと干し肉がこうなるとは、ナデシコさんの料理の腕は一流ですな」
ラルフが満足気に話を振ると、渋々と言った形ではあるが赤髪の青年……バドも頷く。
未だに撫子に気を許せないようだったが、料理の味は気に入ったらしくおかわりまでしていた。
パトリックは、撫子が食後に出した果物を嬉しそうに頬張っている。
美味しい食事を囲むと和やかになるのは、こちらの世界でも同じだと知り、撫子はやっと一息つけた心地になっていた。
「それで、ナデシコさんはどうやって白龍鳥を手懐けたんだ?」
「そうそう、私も是非お聞きしたいです」
やがて食後の談話に入ると、ラルフは早速そう切り出した。
どうやらラルフだけでなく皆気になっていたらしく、興味津々という風にじっと見つめてくる。
パトリックなど、待ってましたと言わんばかりに身を乗り出していた。
なお、話題の中心になった白龍鳥は満腹で眠くなったのか、撫子の膝の上でうとうとと体を揺らしている。
「やだわあ、手懐けたって訳じゃないわよ。この子が狼に襲われてるところを見かけてね、思わず助けに行っちゃったの」
「狼?この辺りに生息してるっていうと……ファングウルフか。あいつらは1匹だとDランクだが、放っておくと仲間を呼ぶ習性があってな。3匹以上の群れになるとCランクになるんだ。危ないところだったな、ナデシコさん」
「やっぱり怖い生き物だったのね!んもう怖かったわよお、6匹くらいいたんだもの!」
1人納得してうんうんと頷く撫子は、唖然とした周りの反応に気づいていなかった。
一振りの勇気のメンバーは顔を見合わせ、ひそひそと小声で囁き合う。
「な、ナデシコさん、ファングウルフの群れ相手に1人で切り抜けたの……?」
「そっ、そんな訳ねーだろ!ほらアレだ、白龍鳥もいるしよ……」
「でも、怪我をしてる上に幼鳥なのよ?戦えるはずないじゃない」
「……ナデシコさんが嘘を言うとは思えないし、彼女1人で撃退したという事だろう」
ちなみにラルフが撫子を彼女と呼ぶのは、撫子たっての希望である。
一方、基本的に戦闘をしない為に撫子が何をしたのか良く分かっていないパトリックは、ファングウルフと聞いて即座に商人の顔になった。
「おお、ファングウルフ6匹ですか!素材などはお持ちにならなかったのですか?」
「素材?素材ってなあに?」
「おや、ご存知ありませんでしたか。素材というのは、モンスターの利用できる部位のことですよ。ファングウルフで言えば、牙、毛皮、爪などですねえ」
「なるほどぉ。アタシ追い払っただけだから、そういうのは取ってないのよ……ごめんなさいねえ」
「いえいえ、もし手に入れる機会がございましたら、是非買い取らせて頂きますよ」
質問も一段落したので、次は撫子から尋ねる事にした。
「ねーえ、皆この子のことセントガルダ?って呼んでるけど、詳しいの?アタシ田舎の出身でね、最近飛び出して来ちゃったのよぉ。なーんにも知らないから、他にも色々教えて欲しいんだけど……」
「ああ、それなら俺が説明しよう」
美味い飯の礼だと爽やかに笑うと、ラルフが話しだした。
白龍鳥とは、強さと希少性を兼ね備えた最高ランク、Sランクの魔物なのだそうだ。
龍の血を引く神聖な鳥と伝わっており、国の伝記などにもその名が載っている事があるらしい。
そして「善悪を見抜く」という特殊な能力が備わっており、見た目の美しさからも手に入れたいという者は後を絶たないが、そんな人間の前には決して姿を見せない。
ここにいる個体は幼鳥である為、今でこそ30cm程の大きさしかないが、成鳥になれば高さだけでも3m程になり人を乗せる事も出来るのだとか。
「まあ余程人に慣れているか、懐いているかじゃないと、乗せてはくれないだろうけどな」
「あらまあ、そんなに珍しい鳥ちゃんだったのねえ……ビックリしちゃった。というかラルフさん、アナタ随分この子い詳しいのね」
「俺は昔、一度だけ白龍鳥を見たことがあってな。とは言っても、剥製だったが」
何でもラルフが幼い頃、街で行われた珍品名品の展覧会で、白龍鳥の剥製が出展されていたらしい。
剥製とは言え充分に美しく、ラルフはそれを見て「冒険者になって、いつか本物を見てやる」と心に決めたのだと語った。
それ以来白龍鳥について様々な文献を読み調べたので、他のメンバーが見ても気づかなかった白龍鳥にもすぐに気がついたのだという事だった。
「そうだ!ナデシコさんはその子に気に入られてるし、テイム契約してみたら?」
「ハッ、バーカ。そんなん出来る訳ねーだろ」
「ば、バカ!?バカって言う方がバカなんだよ!」
メリッサが良い事を思いついた、と言わんばかりに手を叩くと、バドが鼻で笑う。
そのまま口喧嘩を始めてしまった2人を見て苦笑しながら、今度はシルヴィアがテイム契約について説明した。
テイム契約とは、魔物と契約して自分の使い魔とする事。
しかし魔物使い……テイマーの素質を持つ者は非常に少なく、100年に1人程の確率らしい。
「テイマーって、どんな事が出来るの?魔物ちゃんと仲良くなれるのかしら?」
「私も実際には見たことがありませんが、魔物に力を見せつけたり、弱らせて捕獲したりするそうですよ」
「あん、イヤだわそんなの。暴力じゃなくって仲良くなるんだったら、アタシも鳥ちゃんとテイム契約したかったわん」
撫子は嘆かわしいと言わんばかりに首を振ると、膝の上の鳥を優しく撫でて語りかける。
眠気が飛んでしまったのか、いつの間にか目を開けていた鳥は、嬉しそうに手に頭をぐりぐりと押しつけて鳴いた。
『ままー』
……と。
10/22:表記替え 「モンスター」→「魔物」