撫子ちゃん放り出される
スキル「コミュニケーション」は非常に便利なスキルだった。
本来であれば色々と検証しなければ効果が分からないスキルでさえも、撫子が知りたいと思えば簡単に知ることが出来るのだから、その有用性は計り知れない。
その後色々と試してみた結果、例の虫眼鏡のようなアイテム……「閲覧の玉鏡」と共に用いれば、他人のスキルの効果も見られると分かった。
また生物でない物へのコミュニケーションを使うと、その物体に対する説明が出てきた。
例えば、水に使うと「エセル大陸の飲料水。」、家具であれば「自由閲覧禁止の魔法がかけられた本棚。家具職人◯◯の作。」と言う具合に、いわゆる「鑑定」の効果が出たのだ。
「伝説の勇者様とは、持っているスキルから凄まじいものなんじゃなあ」
感心したように頷くヴォルフガング。
何となくバーで国際交流したからよとは言い出せず、撫子は話を逸らす事にした。
「ね、ねえおじいちゃん、それより魔法のこと教えてくれなぁい?そもそもアタシって魔法使えるの?」
「おお、それもそうじゃな。勇者様のステータスには、どんな魔法があったのかの?」
撫子は聖・光・闇の魔法が載っていた事を伝えた。
ヴォルフガングはその瞳をきらりと輝かせて、机に置いていた本のページをめくる。
「ほほう、聖の属性魔法は勇者として喚び出された者全てが持つと聞いたが、光と闇ときたか」
「なぁに?何か珍しいの?」
「うむ、伝承によると、勇者は聖魔法の他に火・水・土・風の4属性を使いこなしたとある。これは恐らく、人間族ではなく魔族である姫様が召喚した事が関係しておるのじゃろう」
曰く、光と闇の魔法は数ある魔法の中でも最も扱いが難しく、多大な魔力を必要とするらしい。
そのため、人間族の使い手は数える程しかいないとのこと。
しかし撫子は元々の素質に加え、魔術の扱いに長ける魔族の姫に召喚されたことから、光と闇の魔法適正を持って召喚されたそうなのだ。
「んん~、じゃあアタシは、この3つの魔法以外は使えないの?ちょっと残念ねェ」
元々何の変哲もないオカマだった撫子は、正直魔法という響きに憧れていた。
やはり、何もないところから火を出してみたり、水を出してみたりしたいと密かにわくわくしていたのだ。
「ふぅむ、そうじゃなあ……」
ヴォルフガングは暫く考え込むと、ぽんと手を叩いた。
「そうじゃ、4属性の扱いに長けた弟子がおる。そやつは基本をおさえるのが上手いし、何かしらのコツが掴めるかもしれんぞ」
「お弟子さん?おじいちゃんじゃダメなの?」
「儂は基礎というもんをすっ飛ばして魔法を覚えてしまったからのう……」
リューナの紹介で察してはいたが、ヴォルフガングも中々に規格外な魔法使いらしい。
善は急げとばかりに恐らく隣の部屋へ繋がっているらしい扉へ向かうと、コンコンとノックする。
少ししてはーい、とのんびりした返事が聞こえ、向こう側から扉が空いた。
「お呼びですか、先生」
現れたのは、いかにも平凡といった感じの青年だった。
細い黒縁の眼鏡をつけ、茶色の目と髪、身長170cm程、中肉中背と本当にこれといった特徴のない男だ。
ヴォルフガングは彼を撫子の元へと連れてくると紹介する。
「勇者様、これが先程申し上げた儂の弟子のひとり、マーダです」
「へっ?勇者様?あわ、わ、は、はじめまして!」
マーダと呼ばれた青年は、きょとんと撫子を見上げると慌てて頭を下げた。
堅苦しい空気が苦手な撫子は苦笑して手を振る。
「やだぁ、そんなにかしこまらないでよん。ね、アナタ魔法お上手なんでしょ?アタシまだ使い方知らないのよ、教えてくれない?」
「ええっ、僕が勇者様にですかぁ?」
酷く緊張したマーダは恐れ多いと言わんばかりに首を振っていたが、撫子が何度もおねだりすると根負けしたようにわかりました、と頷く。
「ええと、僕も基礎から中級までしか使えないんで、あんまり期待はしないでくださいね」
「馬鹿者、儂の弟子なんじゃからもっと胸を張らんか」
「そ、そんなあ。あんまり期待させたら勇者様をガッカリさせちゃうじゃないですか……」
右手を差し出し、掌を上に向けながらマーダは申し訳なさそうな顔をする。
そこにすかさず口を挟むヴォルフガングを見て、撫子は微笑ましい気持ちになった。
何だかんだ言いながら、弟子を大切にしている事が目に見えて分かる。
「ええとですね、魔法って言うのは、使う時に具体的にイメージする事が大事なんです。充分にイメージして、それを魔力でコントロールする事が大切です。最後に仕上げとして、魔法の名……呪文を詠唱します…………水球」
そう言って目を閉じたマーダの手の上では、みるみるうちに小さな水の玉が生成された。
「 大きく…… 小さく」
水球は大きくなったり小さくなったりを繰り返して、やがて空気中に溶け込むように消える。
マーダは撫子の前でミスをしなくて済んだ事にほっとしたのか、大きく息を吐いて眼鏡を上げた。
「んまぁ~すごぉい!これが魔法なのね!やってみるわ~!」
初めて見る魔法に大興奮する撫子。
早速マーダが行ったように手を出して、頭の中にイメージを浮かべる。
まずはお手本と同じものが1番だろうと思い、水の玉を想像して、マーダの呪文を思い出しながら詠唱した。
「んっと……水球?」
すると、先程のマーダの物より少し歪だが、掌の上に小さな水の玉が浮かぶ。
ふよふよと揺れるその水球は淡い光を放ち、ほとんど何もないように見えるほど透明度が高い。
「おおっ、勇者様凄いですね!初めてで球形に出来るなんて……しかもこれ、多分飲用にも出来ますよ!」
「きゃっ、ほんと~!?あら……消えちゃったわ」
撫子が興奮すると共に、水球は霧散してしまった。
集中力が途切れた事により、魔法の効果が消えてしまったようだ。
マーダの説明によると、飲用に出来る程透明度の高い水を生み出す事は、ヴォルフガングのような魔法導師レベルにならないと難しいらしい。
初めての魔法が成功した事に手を叩いて喜んでいた撫子は、とある事に気がついた。
真っ先に喜んでくれそうなヴォルフガングが、見たこともないような真剣な顔をして沈黙していた事に。
「おじいちゃん?どうかしたのぉ?」
「お、おお……すまんのう勇者様。……先程の詠唱、何と仰ったかの?」
正に迫真、といった表情で尋ねるヴォルフガングに不安になり、もう一度詠唱をしようとしたその瞬間。
「ああ、成程。勇者様にはコミュニケーションとかいうスキルがあるんだっけ?面倒くさいなぁ、折角 偽装かけてたのに」
その言葉を最後に、撫子の視界は無機質な光で遮断されたのである。
***
ひゅう、と肌寒い風が吹き抜ける。
先程までの古い本の香りがする部屋とは違った、少し老いた草木の香りが鼻腔を擽り、撫子はガバッと起き上がった。
辺りを見渡すと、澄んだ青空といわし雲、色のくすんだ草原、川を挟んで向こう側には紅葉した山々まで見える。
さすがの撫子も、突然の展開に絶句してしまった。
「こ、ここ、どこなのよ……」
朝起きた時に窓から見た風景を覚えていたので、リューナたちの城がある場所ですらないのは明らかだった。
何度思い出してもこんな「いかにも秋」という風景では無かったはずだ。
暫くそこで誰かを待ってみたが、誰かが来る気配はない。
「おじいちゃあ~ん!リューナちゃ~ん!」
大声で呼んでみても、人っ子一人見つからない。
自分の知らない世界に喚び出され、やっと打ち解けられたかと思えば、知人どころか人の姿すらない場所に飛ばされる。
普通の人間ならば心細さで途方に暮れたり、泣き出してもおかしくないところだ。
……が。
「うぅん、悩んでても仕方ないわよね~!リューナちゃん達のお城がどこにあるかも知りたいし、とりあえず街かなにか探してみましょ!」
心の強いオカマに心配は無用だった。
***
さすがに森の中に街はなさそうなので、人の通るような道を探して草原を歩き回る。
運が良ければ馬車に出会えるかもしれない、と良く言えばポジティブに、悪く言えばかなり楽観的に進んでいた。
「ていうか、見れば見るほど秋の風景ねえ」
よく見れば、通り過ぎる林にはイガグリのような物まで落ちている。
「お腹空いてきたわぁ……」
食欲の秋、という訳ではないが、昨日この世界に召喚されてから今まで水しか口にしていないのである。
いくら撫子が清い乙女だとしても、ぐぉう、と多少勢い良くお腹が鳴ったのは仕方がない。
お腹の安寧のためにも早く街を見つけなければ、と伸びをした矢先、撫子の進む先から何かが聞こえてきた。
「ギュアッ!ギュアァ…ッ」
威嚇の鳴き声のようだが、どうにも震えているように聞こえる。
鳴き声を発した生物とは違う複数の気配も感じて、撫子は訝しげな顔をしながら声の元へ走り寄って行った。
「グルルルルウ……」
「ギュッ、ギュウウゥ!」
声を頼りに走ると、鬱蒼とした森の入り口あたりに辿り着く。
離れたところから目を凝らすと、どうやら白い鳥のような生き物を、5、6匹の狼が取り囲んでじりじりと追い詰めているようだ。
鳥は傷ついているのか飛ぶ気配を見せず、ばたばたと片翼を追い払うように動かしているが、如何せん数も体格の差も大きい。
このままでは鳥が危ない、と考える前に撫子は鳥と狼の間に勢い良く飛び出してしまった。
「ちょっとアンタたち~!何してんのよ~!」