009
視界に光が差し込んで来る。
目に入る光源には温かみがあり、僕を優しく包み込んでいる。
かつて感じた懐かしさを思い出させてしまう。
ごわごわとしながらも逞しくあった父親の大きな手で起こされ、母親の形が歪ながらも愛情を感じさせる手料理をスプーンで口に満たしていく。
下に広がるスパイスと粒が立ったご飯で、僕は幸福で満ちていく。
どこにでもある普通の風景なはずだった。
特別に幸福でもなく不幸でもなく、平凡で退屈で、なんの進展もない毎日の繰り返し。
惰性のような人生を詰まらないと心底思っていた自分を今なら罵倒できる。
ーーどんなに願ったって、もう手に入らないのだから。
「ねぇ、大丈夫?」
「君、化器が拘束具だったりするんじゃないか? 未だに頭がクラクラするんだが……」
「ごめん、ごめん。それよりユウさんから手紙を貰ったから渡しておくね」
「あのアンカーマンからか。ありがとう」
ーー話を逸らされたな。
僕は彼女からの紙切れを貰い、それを広げる。
「逝ね」
逝ねとか、どんだけ回りくどい嫌がらせの手紙をわざわざ他人経由で渡すんだよ、あいつは……。
「まさか。あの後、ここまで運んだのって……?」
「ユウさんとだけど、それがどうしたの?」
ーーダメだ、こいつ。気づいていない。
あの状況下なら、シャワー室に全裸で乗り込んだことがバレて伸びていたのは僕が痴漢に入ったからだと、端から見たら納得されてしまう。
「悪い、今日はもう帰らせてくれ」
「そっか……。なら、明日からご指導よろしくね、セイ君」
ーー本当、自分勝手だな。
僕は彼女の問いに応じて、部屋を出る。
「盗み聞きなんて、趣味が悪いですね。ユウさん」
「女子の裸を覗き見しようとした人には言われたくないです」
さすが、アンカーマン。
痛い所を確実に狙撃してくる。
日本のマイナーな神に誓って、女子の裸がみたいなんて僕は思っていない。
だから僕は、身の潔白を抗議する。
「違う?! あれは、あっちから入ってきたんだ!!」
「見苦しいですよ。この世界にだって、警察はありますから自主はできますから、安心してください」
「だから、あれは事故なんだって!! って、今なんて言ったんだよ……」
ーーこの世界にだって……?
「おいおい、笑えねー冗談はやめてくれよな?」
僕はホームコメディーのように彼女の言葉を遮ろうとした。
「冗談を言うメリットは無いと思いますが。あなたこそ、この世界で冗談みたいな魔力なおかげでナイファーとして大成できて良かったじゃないですか」
ーー今のクリティカルボーナス入ったんじゃないか?
僕は瀕死の重傷を負った。残り体力はライフ3だ。
「なら、そっちの前世は何だったんだよ?」
「前世って言うより転生前じゃないですか? まぁ、有名なFPSプレイヤーって所ですかね」
「あぁ、あの鬼畜プレイヤーsakiって人かな? たしかに強かったな。いっつもinしていたし」
過去の記憶を振り返り、思いついたことを口にする。
「それとも、美人だからってコスプレ衣装とかでキモオタ囲ってたゆいっちってことはないだろうし……」
気まずい沈黙が辺りを支配する。
「とにかっくっ!! お互いの情報を持ちよって現状確認をするべきじゃないでしょうか」
「まぁ、そうだな。僕もこの世界について知らないことばっかりだから、助かるよ」
彼女が赤面していた理由を、僕はまだ知らない。
僕らは二人で、これまでの経緯について話し合うことにした。
僕がドクぺの薬の下りを話すと、随分と汚いものを見る目をした後にーーーー。
「生きたくたって死んで行く人に申し訳ないとは思わないんですか?」
「ごめん……」
本心からの謝罪を述べた。
僕が投げだそうとした命は、他の何十何百人が欲しくて堪らないはずのものなはずだ。
なのに僕は簡単にそれを二度も投げ捨てようとしていた。
申し訳無さで、胸が一杯になる。
「キツく言い過ぎました。続きを話しましょう」
僕は頷き、会話を続けることにした。