007
注射を打った後の妹は金切声のような呻き声を上げて、苦痛に悶えていた。
僕はその声を聴く勇気もなく、ただ目と耳を塞いて心を殺し、現実を許容しようとしなかった。
けれど、それもすぐに治まり、魂の抜けた抜け殻のように硬直して立ち尽くしていた。
「おいっ!! 大丈夫か?!」
竦んだ足で妹に駆け寄ろうとすると、それを遮るかのように全身を紅く汚した神徒が甲高い機械音を上げて、僕の行く手に立ち塞がる。
「うわあああああああああああああああああ!!」
怯え、喚きーー目の前にいる、この世界で一番大切な妹を助けることを忘れ、神徒に殺されることだけが僕の思考を支配していた。
ーー僕はまた死ぬのか。
不思議と後悔もなく、神徒から振り下ろされる刃で刻まれるのも妹を見捨てた自らの罰だと諦めたがーーーー。
振りかざされる一撃は僕ではなく神徒であり、人を無差別に殺していた兵器は両断されて、瓦礫と成り果てていた。
「お兄ちゃん!! 大丈夫?!」
「あぁ、僕は平気だよ。それより……」
妹は見慣れている安堵した表情で、僕に駆け寄ってくる。
だけど、その光景に唖然とした。状況が全く理解できなかった。
僕が助けようとした本人に、僕が助けられるなんて。
「この武器、私にも使えるみたいだよ」
妹は自慢げに語っていた。
誰かを守り通した英雄のように。
ーー僕はこうなりたかったのか。
脅威に立ち向かい、それを穿つ力が欲しかったのだ。
心と体が勇敢であり、守りたい人を脅威から跳ね除ける力がーー過去の僕が願った唯一の願い。
少女は一刀の剣となって戦場を駆け抜ける。
目前の敵を確実に仕留めるその姿に誰もが息を呑み、焦がれ、勝利の女神に思えただろう。
「俺達だって戦えるよな」
「あたし達もやらないとね」
希望の言霊が紡がれていく。
適合者達の士気が上がっていく。
雄叫びに似た歓声が会場を埋め尽くす。
皆一様に、決まりごとのようにデルタ因子を体に打ち込んでいる。
僕らを残して。
妹のように呻き声を上げる者が何人かいた。
だが、他の半数近くは何事もなかったように平然としていた。
けれど、それは僕がそうあって欲しいと願って止まなかった虚像に過ぎなかった。
ケロっとしていた誰かの背中からは粘液に塗れた翼が生えていた。
少女の悲鳴がサイレンのように鳴り響く。
「おいっ、俺は痛くもなんともないぞ」
「嫌だ……来ないでーーーー!!」
それに男は返事をすることもなく、体内細胞が異常なまでに活性化したせいかーー急激な発汗作用に苛まれていた。
直後、体の皮膚はごわごわとした硬質な鱗に。
見覚えのある幻想上のシルエットに姿を変えていたーードラゴンだ。
咆哮が嘆きとも聞き取れない声で鳴り響く。
そして、会場はさらなる絶望で埋め尽くされていた。
死体の山を築いていた神徒は踵を返すように、全員でドラゴンに向かって強襲をかける。
僕は傍観者のようにそれを見ることしかできず、神徒達は最初に現れたドラゴンと同じ頭部パーツをドラゴンに嵌め込もうとしている。
あれが制御パーツなのだろう。
装着されたら新たなる敵となって、僕らは食い殺されるのだ。
肉片と腸が撒き散らされた残骸となって。
あぁ、僕らはマリオネットなのだ。
恐怖よって、希望によって、絶望によって様々に躍り狂う操り人形なのだ。
神徒なんていう見たこともない機械人形のせいで、僕らは一方的に狩り殺されるのだ。
感情も知識もあるか分からないーー正体不明の外敵達によって。
ーー異世界に転生しても、何も変わらないじゃないか。
強者によって弱者は一方的に屠られ、一輪の希望はいつだって、泥のような絶望に塗りたくられる。
呆然と僕は空を見る。
その頭上からは白銀の騎士が降り立つのを傍観者のように眺めていた。
神々しくもあるが敵であり、僕らの生命を脅かす存在に変わりはない。
そして、なんの前触れもなく僕に対して刃を貫こうとする。
ーーあぁ、やっと楽になれる。
僕は目を閉じる。
だが、液体は音を立ててーー僕の顔を汚していく。
「お兄ちゃん……、無事でよかったよ……」
僕がその後ーー何をしてたかは今でも思い出せないでいる。
妹の亡骸と屍の山が現実を突きつけている事実以外は。
今後の登場単語について
化器
バースと呼ばれるクリスタル状の結晶をコア(原動力)とし、コアから魔力を放出することによって射撃攻撃を可能とする。
また、コアを中心として近接形態に変更可能。
だが、コアの魔力が低下すると射撃形態は不可能となり、強制的に近接形態になる。
そして、形態は以下の通りである。
近接形態
ショートブレード
ロングブレード
パルチザン
射撃形態
アサルト
スナイパー
ランチャー
現状、この形態しかないのは化器やコアに関する情報開示に制限があり、二種以上の階級でなければ整備などが不可能であるのが原因である。
また、コアの色によって魔弾の威力や魔力の消費量に違いがある。