気になる隣の女の子
一面が紅蓮の業火に覆われた。体を蝕む熱気によって、鼻筋に汗が伝う。非常に熱い。だが、全身を焼かれている筈なのに、俺は熱いで済んでいた。なんでだろう。
その答えは、教師が握っていた。
「メイガス、先生がいなかったら、お前はクラスメイトを皆殺しにするところだったぞ。アメリアは別だがな」
「……ふん。先生が防いでくれると思っていましたよ。砦の属性を持ち、停滞の魔法特性を持つ貴方ならばね。ぼくを見くびらないで欲しい」
メイガスとかいうイケメン野郎は、若干考えが甘いようだ。普通に考えれば、火に巻き込まれたら死ぬだろう。考えろよ、ちょっとは。
そんなこんなで、俺の高校生活初めての二時間目は終了したのである。
休み時間がやって来た。それと同時に、俺に群がり始めるクラスメイトたち。こちらは別段転校生と言う訳ではない筈なのだが、まぁ物珍しさからやって来た。
「オリザキはどうしてそんなかっこしてんの?」
「かっこいいからだ。後、買う制服を間違えたらしい」
「目付き悪いね!」
「ああ?」
「ひぃいい!」
などという楽しげな会話が繰り広げられていた。中には、この学校特有と思わしき、よくわからない質問をぶつけられたりもした。おそらくは、魔法関係の話だ。
だが、俺はというと、もう魔法の存在を疑ってはいない。だけれども、まだ納得できてはいないのだ。腑に落ちていないと言うべきだろうか。俺が魔法を使う? 想像も出来ねえ。
「アイトの属性と魔法特性は?」
「知らねえ。どんなのがあるんだ? よくわかってなくてよ」
「え? 入学試験とかで調べられなかったの? 忘れたのかな」
「そんな入学試験やってないぞ」
このクラスの人間は、中々神経が図太いようだ。基本的には俺を相手にすると、人間は逃げる。けれども、こいつらにその気配はなかった。悪い気分はしない。
それにしてもなんで逃げるのか、人間は。猫とかには好かれるんだけどなあ。
クラスメイトの質問は止まない。別に苦ではないので、適当に受け答えしていると、急に割って入ってくる者が現れた。
「諸君、何を無駄な時間を過ごしているんだい? そんな身なりもわきまえない男と会話して、もしかしてきみたち楽しいのかい?」
「メ、メイガスくん。そういう訳じゃあ……楽しくなんてないよ」
「そうだな。次の授業の準備でもしようか」
イケメン野郎の言葉を引き金にして、クラスメイト達はぞろぞろと席へと帰っていく。まるでご主人様にハウスを命じられた犬のようである。
そんなことを思っていると、イケメン野郎が接近してきた。あんまり来るなよ。お前の香水、無駄によい匂いで反応に困るんだよ。
「何だい、そのみすぼらしい服は。みっともないね。どうせ、この制服を買う金もなかったんだろう? きみみたいなのがクラスにいると、貧乏がうつりそうで怖いね」
「そうか。じゃあ、そうならねぇように気を付けとけ」
「この!」
不意に激怒したイケメン野郎が、俺の頬に向かって平手を見舞った。あんまり痛くなさそうだったので、大人しく受けてやる。偶にいるんだ。すぐに暴力を振るうやつ。
自分の思う通りに行かないと、苛々するのだろう。その気持ちはわかる。だから、別に平手をされても構わない。これで気が済むならな。
「ふん、つけ上がるなよ貧民。ぼくはきみのような人間が大嫌いだ。貧しく卑しい。憐れみで相手をして貰っていると言うのに、それを自身の仁徳だと錯覚する愚か者がね」
「必死だな、お前」
「貧民! ぼくを誰だと思っている? あのメイザス家の長男であり、学年主席のメイガス・メイザスだぞ! きみのような奴が、刃向かっていい人間じゃない」
再び、頬を張られる。それにしても、こいつは力が弱いな。昔相撲取りにビンタされた時は、もっと痛かった。直後にぶっ飛ばしたが。
ふん、と鼻息を漏らしてから、イケメン野郎は自分の席へと戻った。そうすると、奴の元にクラスの人間が群がり始めた。どうやらこのクラスでは、あいつがルールのようだ。
俺には関係ないことだが。
「大変だったね、アイトくん」
眼鏡がやって来た。どうしてだか申し訳なさそうな表情で、話しかけてきたのだ。
「メイガスくんも、根はいい人なんだよ。でもね、ちょっとアレだからさ。今回は許してあげてよ。ね?」
「ああ、別に構わねえけど。どうしてお前が許しを請うんだよ」
「ぼくはね、みんなと仲良くしたいだけなんだ。みんなが笑っていた方が、楽しいから」
眼鏡、お前はどれだけよい奴なんだよ。俺はお前が心配だ。騙されて壺とか買わされそうだ。その壺が偽物だと知っても、むしろ割る心配がなくなってよかったよ、とか言いそうだ。
決めた。こいつに詐欺を働こうとした奴は、俺がこの拳でぶん殴る。
「このクラス、今はちょっと空気悪いよね」
「そうか? そうでもねぇだろ。あのイケメンの周りとか、みんな頑張って愛想笑いしてるぞ」
「そこだよ! 愛想笑いはノーセンキューだからね。まぁでも、愛想笑いでもましなのかな?」
「どっちだよ」
「ほら、今はいないけれども、アメリアさん。あの子もクラスで孤立していてね」
「まぁ、そうだろうな。あいつ、ちょっとしか喋ってないけど、怖かったからな」
「美少女なんだけどねえ」
眼鏡の言葉に、俺は頷くしかなかった。正直、俺はあのレベルの美少女を今まで見たことがない。いや、知り合いに結構タメを張る女もいるが、あいつは駄目だ。性格が駄目だ。
「彼女、顔色をずっと変えないし、あの美貌でしょ? それに魔法使いとしても別格だから、目立ってね。顔無し姫なんて呼ばれているんだよ」
「顔無し姫ねぇ。おい眼鏡」
「何?」
「その呼び方、二度としてやんな。それはただの悪口だ」
俺の言葉を聞いてから、眼鏡はきょとんとした。そのすぐあとに、顔色をパッと変える。
「そ、そうだよね。気がつかなかった。本人は無反応だし、ぴったりなあだ名だなあ、とか思っていたよ。ぼくはなんて屑なんだ。謝ってくる!」
まあな。言いたくなる気持ちもわからんでもない。あれだけの見た目とそれに加えて能力があるのならば、女子の嫉妬を一身に受けているようなものなのだろう。本人も否定しないだろうし、それにあいつは対人能力が低い方だろう。
そんなあだ名が流行るのも無理はない。
俺も一時は、リーゼントという言われなきあだ名で呼ばれたものだ。くそ。
「というか、眼鏡。待て。謝りに行ったら、余計ややこしくなんだろうが。放っておけ」
「そうはいかないよ。美化委員としてのプライドが――」
眼鏡が走りだそうとした瞬間、チャイムが鳴り響いた。三時間目の開始である。