戯れ
何よりも早く、アレイスト先生は飛び掛かった。アメリアもルベルト先輩も、それを察知していたのだろう。
先生の突進をいなすと、再び戦闘を始めた。そこにアレイスト先生を交えて、である。魔法使い同士の攻撃は、俺には全てが一撃必殺に見えてしまう。
アメリアやルベルト先輩は分別があるからよいが、アレイスト先生にはそれがない。
崩鎌から王筆から神輪から、ストックされた魔法が迸る。それは相殺、攻撃、ありとあらゆる意味を持つ。
アメリアとアレイスト先生が接近した。鎌を蹴りでかち上げられたアメリアが体勢を崩す。そこに拳が到達する前に、ルベルト先輩の魔法が二人に殺到した。
アレイスト先生が消え、ルベルト先輩の腹に蹴りを打ち込んだ。
「やり過ぎであろう!」
「はあ? 聞こえねえよ!」
飛ばされたルベルト先輩は、宙を蹴って、戦場へと舞い戻り、アレイスト先生へと王筆を突き立てる。
丁度その時、アメリアの詠唱が終了した。放たれるのは、誰よりも巨大な殺意の奔流。
アレイスト先生とルベルト先輩が、同時に攻撃して相殺した。
「何時になったら終わるんだよ。しかも、アメリア以外笑ってやがるし。世界観について行けねぇよ。怪獣大戦争かよ!」
俺のツッコミも虚しく、戦況は以前滅茶苦茶であった。
「知ってる雰囲気だぁー」
「あ?」
俺が諦念と共に観戦に徹していると、不意に柔らかい衝撃が俺を襲う。
今度は何だ。
何かが俺に抱きついていた。小さな、何かが。抱きつかれた方へと視線をやると、そこには何もいない。
「下、下だよぅ」
妙に甘ったるい少女の声。下を見ると、俺の胸位に頭があった。
俺の背は高い、故にこれ位の身長なら、まああり得るか。小さいことには変わりないが。
「何だ、お前」
「うちねー、知ってるよ」
「何でこんなところに子供がいるんだよ」
小さな子供は、俺にひしりと抱き着く。その調子のまま、クンクンと鼻を動かす。
「てかよ、お前。その頭何だよ?」
「うさぎさん。ぴょんぴょんする」
「何で、頭からウサギの耳何か生やしてるんだ? 飾りか?」
少し引っ張ると、うげっという大変痛そうな呻き声を漏らされた。本当に付いている。
「うちねー、知ってるのです」
「何を?」
「お父さん」
「は?」
子供が一旦俺から離れて、指をさしてくる。
「父さん」
「俺が?」
「そうなのですよー、父さん」
「違う。俺は折崎哀人だ」
「父さま」
「違う。折崎哀人だ」
「ちちうえー」
「折崎哀人だ」
「おっとー」
「折崎哀人だ」
「まいふぁざー」
「折崎哀人だって言ってるだろ!」
「折崎哀人」
「父さんだ!」
古典的な罠に掛かってしまった。俺が父と認めた瞬間、再びひしりと抱き着かれてしまう。
なんだ、こいつ。
少しだけ、かわいいじゃねぇか。
恥ずかしいが、俺は子供の頭を撫でてやる。
「ふわぁ。気持ちいいのです」
「そうか」
「この乱暴だけれど、愛のある撫で方は正しくお父さんなのです」
「違うけどな」
諦めて撫で続ける。いや、本当にかわいい。何か癒されてしまう。
「幸せなのです」
「そりゃよかったな。てか、お前。頭の奴が変わってねぇか?」
「もうぴょんぴょんは終わったのです。今はねこさんなのです。わんわん」
「にゃーにゃーだろ」
「言うことまでお父さんとそっくりなのです」
そうかそうか。つまり、こいつの父親はかなりのイケメンだということだな。よかったな、子供。
「お父さんは群れのリーダーだったのです。いつも一人、孤高に闘っていたのです」
「む、群れ?」
「お父さんは強かったのです」
「ほうほう」
「鋭い牙、全てを切り裂く爪!」
子供の調子が少しおかしい。少し熱狂的になっている。
「お父さんは誰よりも早く走り抜けて、草食動物どもを狩ったのです。血が出ても、一切引くことなくーー」
「なあ、お前の父さんって、どんな奴なんだ?」
「群れを率いていたのです。お父さんはよく言いました。『がうがう』と」
「獣かよ!」
「百獣の王でした」
「しかも、ライオンかよ!」
意外すぎる。いや、子供のボケなのだろう。優しく拾ってやらねばならない。俺が大人にならねばなるまい。
そう決意してから、俺は口を開こうとした。だが、それよりも早く子供の声が発せられる。
「ライオン。わいしょうなにんげんは、時として我らをそう呼びますのです」
「何だよ、こいつ! 世界観に付いていけねぇよ!」
俺が喚いていると、子供が上目遣いで見てくる。心配してくれているのかもしれない。
「だいじょうぶですか?」
「あーもう、かわいいなあ」
子供と目線を合わせて、ただただ頭を撫でてやる。しばらくわしわしやっていると、子供も嬉しそうに身を任せてくる。
「ふわぁ。快楽の極みなのですー」
そんな言葉がハッキリと聞こえた。ハッキリと、である。
本来ならば、戦闘音で聞こえないはずだ。それが聞こえているということは。
「ロリコンですわ。この世の悪ですわ」
「ふん、朕の国では、それは犯罪となるぞ?」
「子供が作れれば、何だって良いだろうが! 細けえ奴らだなあ。な、アイト・オリザキ」
一人豪快なのを除いて、周囲からは最悪のレッテルを貼られていた。違う。俺は断じてロリコンではない。
俺は不良だぞ。
俺は悪くないだろう。この子がかわいいのがいけないのだ。
俺は慌てて、子供から離れようとするが、異様な怪力の所為で離れられない。肺がミリミリと音を立てている錯覚を覚える。
痛い。
「その辺にしてやれ、リリネット・マーチベルク」




