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その拳、魔法より強し  作者: 一崎
番外編1 グリム・グレイムの性悪説
196/197

図星

 テラスにはまだ誰もいなかった。

 まだパーティは始まったばかりだし、何よりも王様が現れていない。


 折角王様と話すチャンスがあるのに、それを棒に振る貴族など存在しないのだろう。

 今テラスにいると、最悪王様の言葉を聞き逃してしまうのだ。誰もそのような馬鹿は望んでいない。


「はぁ」


 と、ぼくは思わず溜息を吐いてしまう。


 つまらない。あまりにもくだらない。このようなことをして、一体何になると言うのだろうか。

 ぼくは貴族だ。偉いのだ。


 もっと、ぼくは楽をするべきである。


 ぼくがもう少し無知ならば。ぼくがもう少し純粋であったならば。無垢であったならば。

 今日という日を実に楽しく過ごせたであろう。そう思うと、実に勿体無い気がする。


 無邪気に笑える同級生たちを、時折憎く思ってしまう。


「そもそも、何がパーティだよ。くだらな……」


 と、そこでぼくは言葉を急遽閉めた。

 迂闊であった。ここは王城。下手なことを言うべきではない。


 ぼくもまだまだ幼いな。


「まあ、幸い、誰にも聞かれていなかったようだ……し、ね」


 言葉を失った。


 ぼくの背後に幽霊がいたのだ。

 髪の化け物であった。地面に付くほどの長髪を纏った、化け物であった。


 流石のぼくも恐怖を感じて、数歩を後退る。


「な、ななな」

「こんばんは」


 髪の化け物は、何も語らず、けれどもホワイトボードに文字を書いた。

 挨拶をしてきたのだ。


 ぼくは貴族としての反射のようなもので、返事を返していた。


「こ、こんばんは」

「ここで何を?」

「えっと、少し、休んでいただけですよ」


 ここに至って、ぼくはようやく冷静さを取り戻した。化け物などいる筈がないし、仮に化け物だとしてもここは王城。

 魔法に秀でた騎士たちが沢山いる。


 怖いことなどはない。


 落ち着いて、ぼくは相手を観察する。


 髪が長過ぎる。

 貴族の身だしなみとしては、あり得ない。けれども、メイドなどでもあるまい。余計にあり得ないからだ。


 だとすると、この髪の化け物は誰なのであろうか。


「……もしかして」


 ぼくはとある結論に至ってしまう。

 ぼくはグリム・グレイム。貴族である。故に、情報収集は怠らない。


 貴族の子どもの顔なんて、ほぼ全て頭に入っている。

 だが、目の前の髪の化け物に心当たりはない。


 ぼくが心当たりのない、この場にいる、同い年くらいの人間など、一人くらいしか思い当たらない。


 王の子ども。

 フランソワ・フラシュタイン。


 彼女は何らかの理由で、顔出しをしていない。今回の王の話は、フランソワについてであるらしい。


 ぼくの表情は、おそらく見る見る青くなっていっているだろう。


「ずっと見てた」


 と、フランソワらしき髪は、ぼくに告げて来る。言葉ではなく、文字で。


「くだらないって?」


 先程の台詞も、聴かれていた。一番、聴かれては不味い相手に。


 これでは、ぼくは二流なんてものではない。幼さを理由に、片付けて良い話ではない。


 いや、まだだ。ぼくはまだいける。


「あはは。フランソワ様。何を仰って……」

「きみは嘘吐きだね」

「なっ!?」


 カツカツ、とハイヒールの甲高い音を立てながら、フランソワがぼくに接近してくる。

 長い髪が、威圧的にぼくに迫ってくる。


「でも、気に入った。貴方の本性は黙っていてあげる」

「……ありがとうございます」

「その代わり」


 と、フランソワは文字を綴っていく。

 ぼくは固唾を飲んで、その行動を見守ることしかできない。

 

 やがて、文章が完成した。


「貴方は今日から、私のもの」

「は?」


 驚愕の文字を目にして、ぼくは動揺する。もしや、フランソワは言葉がわかっていないのだろうか。


 ぼくは失礼なことを考えつつも、フランソワを見る。内心では、超絶的に睨んでいる。


「ど、どういうことですか?」

「そのままの意味。グーくんは私のもの」

「グーくん!?」

「グレイム家だから、グーくん」

「グリムの方じゃないんだ!?」


 思わず、素のツッコミを入れてしまった。ぼくは、何故こうも醜態を晒しているのだろうか。


「来て」


 フランソワはぼくの手を取ると、そのまま歩き出す。ぼくは混乱の余り、その手を振り払うこともできなかった。


 そうして、ぼくはこっそりと密やかに、庭へと連れてこられたのであった。


  夜の庭は実に不気味であった。

  庭師が遊んだのだろうか。周囲の植物は、まるで彫刻のようである。


  漆黒に塗り替えられた空。

 魔法によって灯された光が、その漆黒に抗っている。ぼんやりとした光が点々と続く夜の庭。


 ぼくはフランソワに手を握られながら、先の見えない夜道を歩く。


 それから何分歩かされたのだろうか。

 数分だろうか。数十分だろうか。もしかすると、数秒なのかもしれないし、数時間なのかもしれない。


 目の前すら上手く見られない世界は、ぼくにとっては恐怖以外の何者でもなかった。

 ただ、フランソワの手の温もりだけが、ぼくを導いていた。


 やがて、フランソワが立ち止まり、紙に文字を書き出した。

 ぼくは目を凝らし、顔を近づけ、必死に文字を読む。


「お面を付けて」


 と、そこにはそう書かれていた。

 今回の舞踏会は仮面パーティではない。お面など持っている筈がなかった。


 そう言おうとしたが、それよりも早く、フランソワがぼくの手に何かを渡した。

 それは正義の味方風のお面であった。


「これを付けるんですか?」


 こくり、とフランソワが頷いたように見えた。仕方がなく、仮面を付ける。

 すると、フランソワも別の仮面を付けた。


「ようやく来たか!」


 フランソワが仮面を付けるのを見計らっていたのだろうか。

 突然、一人の男が現れた。


 その男も、仮面を付けている。


「夜の夜会へようこそ!」


 意味が重複している、とぼくは思ったのだった。


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