図星
テラスにはまだ誰もいなかった。
まだパーティは始まったばかりだし、何よりも王様が現れていない。
折角王様と話すチャンスがあるのに、それを棒に振る貴族など存在しないのだろう。
今テラスにいると、最悪王様の言葉を聞き逃してしまうのだ。誰もそのような馬鹿は望んでいない。
「はぁ」
と、ぼくは思わず溜息を吐いてしまう。
つまらない。あまりにもくだらない。このようなことをして、一体何になると言うのだろうか。
ぼくは貴族だ。偉いのだ。
もっと、ぼくは楽をするべきである。
ぼくがもう少し無知ならば。ぼくがもう少し純粋であったならば。無垢であったならば。
今日という日を実に楽しく過ごせたであろう。そう思うと、実に勿体無い気がする。
無邪気に笑える同級生たちを、時折憎く思ってしまう。
「そもそも、何がパーティだよ。くだらな……」
と、そこでぼくは言葉を急遽閉めた。
迂闊であった。ここは王城。下手なことを言うべきではない。
ぼくもまだまだ幼いな。
「まあ、幸い、誰にも聞かれていなかったようだ……し、ね」
言葉を失った。
ぼくの背後に幽霊がいたのだ。
髪の化け物であった。地面に付くほどの長髪を纏った、化け物であった。
流石のぼくも恐怖を感じて、数歩を後退る。
「な、ななな」
「こんばんは」
髪の化け物は、何も語らず、けれどもホワイトボードに文字を書いた。
挨拶をしてきたのだ。
ぼくは貴族としての反射のようなもので、返事を返していた。
「こ、こんばんは」
「ここで何を?」
「えっと、少し、休んでいただけですよ」
ここに至って、ぼくはようやく冷静さを取り戻した。化け物などいる筈がないし、仮に化け物だとしてもここは王城。
魔法に秀でた騎士たちが沢山いる。
怖いことなどはない。
落ち着いて、ぼくは相手を観察する。
髪が長過ぎる。
貴族の身だしなみとしては、あり得ない。けれども、メイドなどでもあるまい。余計にあり得ないからだ。
だとすると、この髪の化け物は誰なのであろうか。
「……もしかして」
ぼくはとある結論に至ってしまう。
ぼくはグリム・グレイム。貴族である。故に、情報収集は怠らない。
貴族の子どもの顔なんて、ほぼ全て頭に入っている。
だが、目の前の髪の化け物に心当たりはない。
ぼくが心当たりのない、この場にいる、同い年くらいの人間など、一人くらいしか思い当たらない。
王の子ども。
フランソワ・フラシュタイン。
彼女は何らかの理由で、顔出しをしていない。今回の王の話は、フランソワについてであるらしい。
ぼくの表情は、おそらく見る見る青くなっていっているだろう。
「ずっと見てた」
と、フランソワらしき髪は、ぼくに告げて来る。言葉ではなく、文字で。
「くだらないって?」
先程の台詞も、聴かれていた。一番、聴かれては不味い相手に。
これでは、ぼくは二流なんてものではない。幼さを理由に、片付けて良い話ではない。
いや、まだだ。ぼくはまだいける。
「あはは。フランソワ様。何を仰って……」
「きみは嘘吐きだね」
「なっ!?」
カツカツ、とハイヒールの甲高い音を立てながら、フランソワがぼくに接近してくる。
長い髪が、威圧的にぼくに迫ってくる。
「でも、気に入った。貴方の本性は黙っていてあげる」
「……ありがとうございます」
「その代わり」
と、フランソワは文字を綴っていく。
ぼくは固唾を飲んで、その行動を見守ることしかできない。
やがて、文章が完成した。
「貴方は今日から、私のもの」
「は?」
驚愕の文字を目にして、ぼくは動揺する。もしや、フランソワは言葉がわかっていないのだろうか。
ぼくは失礼なことを考えつつも、フランソワを見る。内心では、超絶的に睨んでいる。
「ど、どういうことですか?」
「そのままの意味。グーくんは私のもの」
「グーくん!?」
「グレイム家だから、グーくん」
「グリムの方じゃないんだ!?」
思わず、素のツッコミを入れてしまった。ぼくは、何故こうも醜態を晒しているのだろうか。
「来て」
フランソワはぼくの手を取ると、そのまま歩き出す。ぼくは混乱の余り、その手を振り払うこともできなかった。
そうして、ぼくはこっそりと密やかに、庭へと連れてこられたのであった。
夜の庭は実に不気味であった。
庭師が遊んだのだろうか。周囲の植物は、まるで彫刻のようである。
漆黒に塗り替えられた空。
魔法によって灯された光が、その漆黒に抗っている。ぼんやりとした光が点々と続く夜の庭。
ぼくはフランソワに手を握られながら、先の見えない夜道を歩く。
それから何分歩かされたのだろうか。
数分だろうか。数十分だろうか。もしかすると、数秒なのかもしれないし、数時間なのかもしれない。
目の前すら上手く見られない世界は、ぼくにとっては恐怖以外の何者でもなかった。
ただ、フランソワの手の温もりだけが、ぼくを導いていた。
やがて、フランソワが立ち止まり、紙に文字を書き出した。
ぼくは目を凝らし、顔を近づけ、必死に文字を読む。
「お面を付けて」
と、そこにはそう書かれていた。
今回の舞踏会は仮面パーティではない。お面など持っている筈がなかった。
そう言おうとしたが、それよりも早く、フランソワがぼくの手に何かを渡した。
それは正義の味方風のお面であった。
「これを付けるんですか?」
こくり、とフランソワが頷いたように見えた。仕方がなく、仮面を付ける。
すると、フランソワも別の仮面を付けた。
「ようやく来たか!」
フランソワが仮面を付けるのを見計らっていたのだろうか。
突然、一人の男が現れた。
その男も、仮面を付けている。
「夜の夜会へようこそ!」
意味が重複している、とぼくは思ったのだった。




