拳の限界
現在、一日に十二話投稿する計画を練っております。
俺の前には、巨大な蛙が立ちはだかっていた。俺の倍はあろうかという大きさ。
目は爛々と赤らんでおり、その視線は俺を獲物として見ているようだ。長い舌で唇を撫でている。
「おい、アメリア。こいつ、大丈夫か?」
「一般人が挑みますと、殺されますわね」
「俺死ぬのか!?」
「大丈夫ですわ。わたくしが貴方を殺させません。おそらく」
「確信してくれ!」
俺は例の森に連れて来られていた。それだけならまだしも、たった一人で魔獣に挑まされているのだ。
俺はまだ魔法を使えないというのに、だ。
「おい、アメリア!」
「来ましたわよ」
「くっ!」
蛙が飛びかかりの姿勢を見せた。蛙の大ジャンプには、タメが必要となる。
だから、俺は横へと走った。直後、俺がいた場所に蛙が降り注いだ。
地面にクレーターが成形される。
ぞっと汗が噴き出る。
あれは死ぬ。死にたくない。
木の陰に隠れると、舌が伸びてきた。それはまるで鞭のようにしなって、木を削り取った。
「マジかよ!」
「想像以上に強い魔獣だったようですわね。怖いですわ。逃げましょうか」
「棒読みで怖いとかいうな! 俺は本気で死にかけているぞ!」
転がるようにして二撃目から逃げる。このままではジリ貧だ。殺されるのを待つだけだ。
俺は地面に転がっている石を拾い集める。これでも、ないよりはマシだ。
意を決して、蛙に駆け寄った。
捕食者として、蛙は油断していた。石を投げて牽制、蛙の真横に位置取った。
石を握り込み、足を踏み込んでからの打撃。全身のバネが筋肉に作用され、エネルギーへと変換される。大男ですら昏倒させる一撃が、確かに形作られた。
蛙の柔らかい皮膚に、拳が命中した。しかし、それだけであった。
「化け物かよ」
悪態をついてから、即座に離脱する。無駄だとは思うが、手持ちの石を投擲する。
俺の拳では、魔獣は倒せないのだ。
せめて、目玉でも狙えばよかったと思う。ここまで無傷だとは思わなかったのだ。
どうする。
確率があるとすれば、魔法を使うことしかない。けれども、俺には魔法が使えない。一応、簡単な詠唱は覚えている。
一か八か、試してみようか。
「折崎哀人が定めよう。って、駄目そうだな」
舌が伸びる。俺は回避しようとしたが、舌が器用にうねり、捕捉された。
吹き飛ばされる。木に激突して、止まる。代わりに肺から空気が抜け、意識が遠のく。
『神罰アメリア・エクシスが定めよう。その火は産まれ、そして強くあれ』
アメリアの掌が、蛙へと向けられている。
『燃やせ。赤の木漏れ日』
小さな火球が、高速で放たれた。蛙は未だ俺を見続けている。かわす術はない。
蛙が消滅した。
俺は意識をどうにか保ちながら、アメリアへと声を掛ける。
「ありがとう。だが、どうして急に実戦なんだ? 俺はまだ魔法も使えないぞ」
「貴方、御自分の噂を知りませんの? 学年主席を破った男、七最天アイト・オリザキ」
「噂っていうか、事実だろ」
「貴方が元害虫を下したことによって、貴方が最天であるとばれましたの。この学校で、最天の名は特別な意味を持ちますわ」
「どんな?」
「最高の七人。それが七最天。その実力からわたくしたちはありとあらゆる意味で優遇されますわ」
テスト免除や午後がフリータイムということであろうか。確かに、特別待遇だ。
「最高の七人。故に、わたくしたちは狙われますわ。わたくしたちを倒せば、最天に入れると考える輩は多いですから」
「なるほどな。俺が狙われているから、早く実力をつけて欲しい、と?」
「ええ。確かに貴方は虚無を使えますが、それだけですもの」
「虚無ってなんだよ? まだ習ってねぇな。昔、アレイスト先生にも言われたが」
「御自分の力を知りませんの?」
はぁ、と無表情で溜息を吐かれる。止めろ、そんな目で俺を見るな。
「そもそも、わたくしたちが魔法を使う方法はご存知?」
「空気中の魔素を取り込んで、魔力に変える。その魔力を外の魔素に混ぜて、周囲の空間を支配する」
「その通りですわ。まさか、その顔で勉強しているとは、見直しましたわ」
「……」
「ごほん。そう領域を自身の魔力で染め上げますの。ですが、そこで問題が発生しますわ」
「問題?」
「魔力干渉ですわ」
アメリアは伊達眼鏡を取り出して装着する。更に教鞭を取り出すと、
「魔力を魔素と混ぜることによって、詠唱の第一段階は完了致しますわ。そうすると、空気中の魔素には自身の魔力が含まれるようになりますの」
「そうだな」
「それを他者が吸収してしまうと、拒絶反応が起こります。魔法使いは他人の魔力を受け付けられませんわ」
「水と油みたいな感じか?」
「ええ。拒絶反応が発生すると、基本的には移動が不可能になりますわ。身体が重くなりますの」
なるほどな。通りで、魔法使いは詠唱中動かないわけだ。イケメン野郎なんかは、だから俺が詠唱中に動いたことに驚いたのか。
「一応、腕を動かしたり、蹴りを放ったり位はできますし、やろうと思えば動けます。まぁ、それよりも、早く応戦詠唱をした方が効率的ですが」
「じゃあ、魔法使いは基本動けねぇのか?」
「否ですわ。相手が詠唱していなければ、動くことは可能です」
では、魔法が使えない魔獣などには圧倒的優位に動けるということか。
「また相手が詠唱中でも、動く術は存在しますわ。それが『虚無』」
「俺はそれが使えると?」
「ある程度の熟練者には必須の力ですわね。一時的に魔力を発散し、保有魔力を零にする技術」
「俺は無意識にそれを使っていると?」
「そうですわね。元々魔力がない、なんてあり得ませんから。人間は誰しも、魔力を保有していますもの」
俺にも魔法が使えるということか。この『虚無』状態を解除できれば、の話だが。
「オリザキさん、貴方の目標は無意識下での虚無を脱することですわ」
「それには、命を危機に晒して、無意識を取り払う必要があるということだな」
「ええ。では、今日はここで終了にしましょう」
「いいのか?」
「虚無で思い出しましたの。自衛に良い手段が他にもあることを思い出しましたわ」
「武器かなんかか?」
「それもありますわ。もうすぐ、魔道具が配布されますもの。それを使えば、貴方も擬似的に魔法が使えますわ」
俺にも決定打が生まれるわけだ。楽しみだな。
「ですが、今はそれ以上にうってつけのモノがありますの」
「ほぅ。どんなのだ?」
「他の七最天に会いますわよ。七最天一の裏方。『創世のルベルト』に」




