変化
イケメン野郎をぶっ飛ばしてから、数日が経った。俺の学校生活には、特に変わりがない。何時ものように欠伸を堪えながら教室に向かうと、グリムと出会う。
「おはよう、アイトくん」
「ああ、おはよ」
二人並んで歩いていると、遠くの方でアメリアを見つけた。
彼女は普段通り、無表情で歩いている。しかし、その周囲には、数人の女子がいる。
まるで侍らせているようであった。
「アメリアさんにも友達ができてよかったよね。どうしたの、アイトくん。そんなにじっと見て。もしかして、嫉妬?」
「はあ!?」
「『きーっ! アメリアは俺だけのもんなのにぃ!』って? 男の嫉妬は見苦しいよ」
「ちげえよ!」
グリムの真似が少し似ていたのがムカつく。俺は絶対そんなこと言わねえがな。
「あいつらさ、妙に近くねえか?」
「確かにね。女子の距離感はわからないね。どうかな、戯れにぼくともやってみる?」
グリムが上目遣いで見てくる。……殴ろうか? かわいそうだから止めてやる。
アメリアに群がる女子たちは、全員がキャッキャと楽しそうにアメリアの髪に触れたりしている。中には抱きつこうとして、ビンタを受けている子もいた。
アメリアは綺麗だ。男女問わず、思わず見てしまうレベルの美少女だ。
美しく艶やかな金髪が風になびくだけで、不良であり硬派な俺ですら、思わず見惚れてしまうほどである。
ベタだが、彼女の見た目だけでファンクラブができるほどだ。俺は会員ナンバー八十三だ。この前昇進して、副代表に就任した。
いや、やましい気持ちはないのだ。入会するとアメリアのブロマイドが貰えるから。
あ? これ盗撮なんじゃねぇか? よし、代表を後でぶっ飛ばす。
とにかく、彼女は女子の嫉妬を集めやすい。それなのに、今では不自然なほど大人気だ。
アメリアが動きを停止したのと同時に、集団も動きを停止させる。王かよ!
「お姉様! どうしましたの?」
「煩わしいですわ。少し口を縫っておいてくださいませ」
「直ちに! おい、糸持ってこいおら! アメリアお姉様が縫合プレイをご所望じゃあ!」
成る程、理解した。集団と近づいたことで、会話が聞こえてきた。
確かにな。彼女は女子の嫉妬を集めやすい。けれども、そういう嗜好の人間にとっては堪らないのだろう。
アメリアが意外と近づきやすいと気が付いて、なおかつイケメン野郎の天下も終了して、彼女たちの箍が外れたのだろう。
喜ばしい……のだろうか。
気まずいので、俺とグリムは無言で集団の隣を行く。すると、アメリアから待ったがかかった。
「オリザキさん、今日の特別授業は外で行いますわ。準備しておくように」
「ああ、わかった」
伝えたいことはもうないだろう。俺は歩き出す。すると、アメリアから待ったがかかった。
「その、御機嫌よう」
「あ? 何だよ、その挨拶。御機嫌よう」
「ふふ、真似しないで欲しいですわ。わたくし、貴方のように豚のような顔をしておりませんので、似ませんわよ」
「俺も豚には似てねえよ! それにな、俺の顔は良い方だ。なぁ、グリム」
「……メイガスくんに似てきたね」
それは顔がよいという意味だよな?
「じゃあ、俺らは行くわ。また教室でな」
「今日は良い天気ですわね!」
「声を荒らげるなんて珍しいな。よい天気だな」
「……」
「何もねえのかよ!」
俺らは歩き出す。すると、また声がかけられた。
「火曜日ですわね」
「そうだな」
「……」
「何か用か?」
アメリアは無言を貫く。何だよ、こいつ。
「熱でもあんのか? 顔が赤いぞ。保健室行けよ」
「……」
「本当にどうしたんだよ?」
俺がアメリアを心配していると、針と糸を持ったさっきの女が近寄ってきた。
「あんた、そんなこともわからないの!? アメリアお姉様はね。この前からあんたのことがーー」
「ストック消費」
女が空を舞った。
「勘違いなさらぬように。わたくしはまだ貴方に惚れていませんわ。好意は抱いていますが」
「そんなに自惚れてねえよ」
「わたくしはまだ貴方に話しかけられて、少し助けて貰っただけですもの。まだ惚れていませんわ」
「必死だな」
アメリアは思ったことしか口にしない。だから本当にそうなのだろう。俺も惚れられているなんて考えたこともない。
それに助けてなどいない。俺はイラついたからイケメン野郎を殴っただけなのだ。
会話が無事終了したようなので、歩き始める。それに対して、アメリアも付いてくる。アメリアの女たちも付いてくる。
何だこれ。
同じ教室に向かうのだから、一緒になるのは問題ないが。ちょっと人数が多すぎて、恥ずかしい。
「おい、グリム。俺、トイレに寄って行くわ」
「ぼ、ぼくも行くよ!」
「なら、わたくしは待っていますわね」
行けよ!
何、しれっと加わってんだよ。いや、別に構わないんだ。でもな、そのたくさんの友達を野に返してこい! 話はそれからだ。
俺とグリムは大変肩身の狭い思いをしながら、苦労して教室に辿り着いた。
授業が始まる。
グリムの教科書とアメリアに教わった知識によって、どうにかついては行ける。今は数学の時間だ。
俺は恥ずかしながら、魔法だけではなく数学までアメリアに教わっているのだ。
ちなみに、グリムには教わっていない。あいつ、俺よりは頭いいけれど、学力でいうと中の上レベルなのだ。
どうやら彼は彼女と勉強を教えあっているという。羨ましいぜ。
アメリアから聞いたのだが、七最天はあらゆるテストを免除されるらしい。だから最悪勉強しなくともよい。だが、それでは学校に来た意味がない。
四つの授業が終わると、昼食の時間となる。俺は一人弁当を食べようとした。
グリムは彼女と食べてくるようだ。
「よいかしら」
「あ? アメリアか。どうした?」
「一緒にお食事などどうでしょう」
アメリアの背後には、大量の女子。正直、かなり嫌だ。だが、断るのも申し訳ない。
「ああ、いいだろう」
「では、行きましょうか」
「はい?」
アメリアに連れてこられたのは、七最天の教室であった。他の女子も、流石にここには付いて来なかった。
アメリアとの食事は大変息苦しかった。喋らないのだ、アメリアは。
黙々と食事を取る。俺の隣で。肩がぶつかる距離で。
アメリアは俺より早く食べ終わると、ジーっと顔を覗いてくる。怖い。
「アメリア、今日は何をするんだ?」
「まずは脱いでもらうわ。服を」
妹の手作り弁当が美味い。こう、温かみがあって優しい気持ちになれる。
「その後、わたくしのモノに包まれてーー」
「アメリア、静かに。食事中だぞ」
「貴方から話しかけてきましたのよ?」
食べ終わったので、俺は逃げる準備をする。服を脱ぐのは嫌だ。
席を立った瞬間、俺の動きは封じられた。服の袖を掴まれたのだ。かつて、俺はグリムに同様のことをされて、女子にして欲しいと言っていた。だが、今なら言える。
これならグリムの方がよかった。
「なるほどな。こういうことか」
「何を考えていましたの? 穢らわしい」
俺はアメリアの家に連れて行かれて、そしてーー制服に着替えていた。
ずっと学ランの俺の為に、アメリアが男用の制服を用意してくれたのだ。貰えないといったら、男用なので貰ってくれないと困ると返された。
仕方がなく貰う。
「サイズぴったりだな。動きやすい」
「それはよかったわ。わたくしが着るととても大きかったので、少しだけ不安でしたの」
「へぇー」
「では、このまま実戦に入りましょう」
俺は自身の顔が引き攣るのを自覚した。




