不在
クロウリーの魔法が完成して、布が大量に現れた。その中から適当な物を選び、俺は一年に投げ付けた。
彼女は俺からのプレゼントであると、無邪気に喜んでいた。
馬鹿なことを言っている場合じゃないし、どちらかというとこの布はクロウリーからのプレゼントである。
俺は思考とは裏腹に、機敏な動きで布を取り、身体を覆う。
そして、前へ駆ける。
「邪魔、だあ!」
クロウリーによる薙ぎ払い。
魔力解放を使用したそれは、魔人の膂力も合わさって、通常の魔法使いでは視認すらできない。
一打で見張りを一人薙ぎ倒した。クロウリーには軽い攻撃魔法をオーダーする。
俺が敵を力尽くで制圧していると、クロウリーの『赤の木漏れ日』が起動する。
効率的に、邪魔者の意識を刈り取っていく。
「一年! 二手に分かれるぞ」
「りょ、了解で、です」
一年も、既に固有魔法を展開し、警備員たちに矢を射ていた。
分かれ道。
俺たちは視線だけで合図を出し合い、躊躇なく別の道へと飛び込んだ。
俺は右の道を突き進む。
「ひつぎ!」
もう遠慮する必要はなかった。そのような暇はなかった。
俺は全身全霊で喉を震わせる。
ただ大声で、絶叫するようにしてひつぎの名を呼んだ。
強化された肉体は、その声の大きさまでもを変貌させていた。アレイスト先生並みの音量が、地下施設内に轟く。
返事はない。
あれば楽だが、そう簡単にはいかせて貰えないらしい。
俺の声に呼応して、研究員らしき人物や警備員らしき人物が押し寄せてくる。
無論、全員が魔法使いだ。
だが、
「常時虚無か! だとすれば、お前は七最天アイト・オリザキ」
本来、魔法使いは攻めには秀でていないのだと思う。
その理由は一つ。
魔力干渉である。
一度、他者の詠唱範囲に侵入してしまえば、魔法使いたちはその身を縛られることとなる。
そうすれば、後は数に蹂躙されるのみである。
対処法は様々だ。
一年ならば、魔力干渉の範囲外からの攻撃。もしくは光による詠唱妨害。
アメリアであれば、複数を前にしても強行突破できる火力がある。
ルベルト先輩には魔石があるし、クロネ先輩は虚無状態でも戦える。
リリネットは力尽くで行動できるし、ゾロア先輩にはそもそも魔力干渉が生じない。
そう、魔力干渉とは魔法使いの一番の弱点なのだ。
それへの対象方法に、皆苦心している。
俺とゾロア先輩を除いて、だ。
「くそ! ストックと魔力解放で時間を稼げ。魔法組、早くしろ」
敵の対処法は正解である。
けれども、相手が悪かったな。
飛来する石や火弾を拳やクロウリーで、真っ向から砕いていく。
弾幕とも言える攻撃に対して、俺は身一つで対抗してく。
拮抗に苛立ちを感じたのか、警備員の一人が警棒を振りかざした。
魔力解放を使用した振り下ろしに、俺はただ手を差し出す。
魔力解放は行わずに、警備員の警棒を掴んだ。
驚愕に満ちた顔の警備員の横顔へと、そっとクロウリーを当てがった。
「魔杖クロウリー、ストック消費」
火が発生する。その火は容赦なく、警備員の髪へと引火した。
絶叫を上げる警備員の腹を蹴り付け、敵側へと返却する。
警備員が仲間たちを巻き込み、炎の嵐が完成した。施設が絶叫に包まれる。
「いけ」
クロウリーの魔法が発動して、全員の意識を奪い去った。
警備員たちに水のストックをかけてから、俺はまた走り出す。
回復魔法があれば、あの程度は問題にならない。故に、全力で攻め込める。
俺が担当した部屋は全てで七つ。その何処にも、ひつぎはいなかった。
慌てて、一年が向かった先に行くと、どうやら彼女の担当範囲にもいなかったようである。
二択に負けた。
一年と共に施設から脱出する。実に容易いことであった。
俺が聴力や視力で索敵し、見つけた端から一年が狙撃する。
それだけで妨害はなくなった。
あっという間に外に出て、アメリアと合流した。
アメリアには監視をして貰っていたので、状況を尋ねる。
返ってきた報告は、俺の期待するようなものではなかった。
動きはなかった、というのだ。
可能性は二つ。
ひつぎはこの中にいるという可能性。
ひつぎはそもそもここにいないという可能性。
だが、悩んでいる時間はない。
今度はアメリアも交えて、三人で攻め込むことにする。
まあ、特にアメリアのすることはないのだが、壁が簡単に破壊できる。
さて、長くなるので結果だけ報告しようか。
ひつぎはこちらにもいなかった。




