表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その拳、魔法より強し  作者: 一崎
その拳、魔法より強し
14/197

涙と開戦

 凄惨とも言える光景を目の当たりにして、俺は半ば放心していた。これは自然現象などではない。それに獣などによるモノでもなさそうである。

 ただわかるのは、誰かが悪意を持って、こんな最悪の行為に及んだということだけである。


 無意識のうちに、拳が硬く握り締められていた。俺の全身を憤怒が支配していく。

 アメリアは、この花壇が好きだった。何に対しても無表情を貫く彼女を微笑ませる程に。

 あの笑顔は何よりも素敵だと、そう素直に思った。つまり、この破壊行為は、彼女の笑顔を壊したと同義なのである。


 怒らない筈がなかった。


「アイトくん。まずはどうにかしよう。種だって、まだ間に合うかもしれないよ。レンガも片付けないと危ないし」

「ああ。そうだな」


 悲惨な土をできるだけ整えて、無事な種を探し始めた。だが、どれだけ土を弄ろうと、そこには種などなかった。

 踏み砕かれた種は数個発見した。


 あまりにも、悪質だ。何が目的なのかさえ、俺にはわからない。

 俺はただ土を弄ることしかできなかった。


「ぼくはレンガを片付ける為に、袋か何かを貰ってくるよ」

「すまんな」

「気にしないでよ」


 沈んだ声で眼鏡が言う。誰よりも和を尊ぶ眼鏡だからこそ、こういうことを見るのは辛いだろう。こんな光景を見せてしまったことに、罪悪感を覚えてしまう。


 眼鏡が行ってからも、俺は作業を続けていた。夢中になって土を見ていたから、気がつくのが遅れた。


「それは何ですの?」


 アメリア・エクシスが、俺の背後に立っていたのだった。ぎょっとした。

 彼女の声は何時ものように平坦で、何時ものように冷酷さのようなものが含まれていた。ただ、今はそれに震えが加えられていた。


「これはーーっ!」


 出かけていた言葉が詰まった。俺は振り返って、そして見てしまったのだった。

 瞳いっぱいに涙を溢れさせるアメリアの顔を。気丈に泣き出すのを堪えようと、ぎゅっと握られた手を。


 俺は後悔した。

 俺が彼女に魔法の使い方など教わろうとしなければ、もしかするとこの惨劇は防げたのではなかろうか、と。

 俺に時間を割いている間に、こんなことになったのだから。頼まなければ、こんなことにはならなかったかもしれないのだ。


 そして、もう一つ、悔やんだのだ。

 彼女が如何に無表情であろうと、如何に冷静であろうと、冷酷であろうと、感情がないわけではない。


 忘れていたのだ。わかっていたのに。

 彼女が幾ら凄かろうと、俺と同い年の女の子だという事実。


 アメリアが踵を返して、走り去ってしまう。彼女の背中に、俺は何も声をかけられなかった。


 呆然と突っ立っていると、今度はまた違う誰かから声をかけられた。

 不快な声だった。


「ふはは、どうしたんだい貧民。手に土何か付けてさ。よく似合っているよ」

「……メイガス」

「呼び捨てにするな。礼儀も知らないのかい」

「何の用だ?」

「はっ! きみの無様な姿が見たくてね?」

「その言葉。これはお前がやったのか?」

「ぼくじゃないよ。ぼくが土なんか触るわけがないじゃないか。クラスメイトに頼んだのさ」


 イケメン野郎の後ろには、クラスメイトたちが勢揃いしていた。

 全員が、俺を見ている。


「随分、無様だけれども、大丈夫かい?」


 イケメン野郎の台詞を聞いて、五人のクラスメイトが下衆な笑い声を上げた。あの五人はイケメン野郎の舎弟か?

 他のクラスメイトたちは、気まずそうにしていた。


「ねぇ、貧民くん。ぼくは寛容だ。だから、きみが土下座するのならば、許してあげるよ」

「俺が謝ることはねぇ。てめえがアメリアに謝りやがれ」

「生意気な。いや、じゃあいいよ。謝らなくても結構だ」


 イケメン野郎は突然、意見をひっくり返す。いやらしい表情で、言葉を続ける。


「こうしようよ。このゴミみたいな花壇を壊したのは、きみということにしないか?」

「何を言ってやがる」

「アメリア嬢はきみを恨むだろう。憎むだろう。クラス唯一の友人に裏切られたのだからね。そんな傷心している彼女を、ぼくが助けてあげる」


 それでアメリアを惚れさせようという考えか? ふざけるな。


「いい加減にしろ、メイガス」

「文句があるとでも?」

「ああ、早くアメリアに謝りに行け」


 イケメン野郎は、強く地面を蹴りつけた。歯をむき出しにして、怒りを剥き出しにして、あいつは叫んだ。


「うるさいぞ、貧民! お前如きが、ぼくに楯突くな! 殺すぞ」

「話になんねぇな」

「ぼくを敵に回して、ただで済むと思うなよ。クラスメイト全員を敵に回すということだぞ」


 クラスメイト全員が、俺に敵意の視線を向けた。だが、こっちが一人だろうと、関係ねぇ。俺はもう我慢できねぇ。

 例えば相手が百人居ようが、構いはしない。

 クラスメイト全員殴り飛ばして、全員でアメリアに土下座させてやる。

 俺が一歩踏み出した。

 すると、


「クラスメイト全員?」


 イケメン野郎の後ろの方から、聞きなれた声がした。普段の温厚そうな声音は消え、そこには明確な怒りが隠されている。


「違うよ。ぼくがアイトくんにつくから」


 眼鏡が現れた。

 眼鏡はイケメン野郎の啖呵を物ともせずに、奴の脇を抜けて、俺の隣へやってくる。


「正直言うとね、ぼくも怒ってるんだよ。メイガスくん。きみはやり過ぎた」

「はっ! 家柄だけのグリム・グレイムくんが何を言っているんだか? きみのような雑魚、はなから数に入れちゃあいないよ」


 イケメン野郎は何を言っているんだ? 雑魚? こいつがか?

 クラスメイトを団結させようと必死に頑張っていたこいつが。クラスメイトから敵意を持たれても立ち向かうこいつが。

 雑魚な訳がねぇだろうが。


「おい、イケメン野郎。お前の仲間は高々クラスメイト全員だって? 少ねぇよ。たった三十人くらいだろ」

「負け惜しみを」


 俺は眼鏡の肩に手回して、はっきりと告げた。


「俺にはこいつがいる。こいつがいれば百人力だ」


 もういいだろう。俺は短気なんだよ。そろそろ我慢するのも限界である。

 さあーー喧嘩の時間だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ