表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その拳、魔法より強し  作者: 一崎
その拳、魔法より強し
135/197

不明

「まだ名前、思い出さねえのか?」


 名前不明者を引き連れて、俺は一年の元へと向かっていた。果たして、一年に記憶を回復させる魔法が使えるのかは定かではないが、連れて行かないよりはマシであろう。


 回復のプロフェッショナルであるのだから、ある程度は任せても良い。


「まだ思い出せません」


 名前不明者は端的にそう答えた。

 俺は記憶喪失に詳しくないからなんとも言えないが、自身の名前すら忘却してしまうというのは、中々の重症なのではなかろうか。


 不安である。


「てか、お前、他に怪我とかねえのかよ」

「ないです?」

「何故、疑問系?」


 彼女の歩みに迷いも淀みもない。無事なのだろうが、心配でもある。


「もう少しで着くから、もしきつかったらいつでも言えよ」

「ボクは疲労しませんから」


 そう言って、彼女は歩く。

 俺はまだ魔人に成り立てで、身体を十全には操れていない。だから歩調も結構な速度に及んでいる。

 彼女はそれに息も切らさずに付いてくるのだ。


 ……少しだけムキになってきた。


 俺もだが、名前不明者がムキになってきた。俺を抜かそうと、足の回転速度を速めてきた。


 俺を抜いたら、一年の場所に行けないことを理解しているのだろうか。

 ともかく、俺は七最天として、魔人として、道案内人として、こいつに速度で負ける訳にはいかない。


 半分走るような調子で、歩調を速めた。

 それでも向こうは一向に速度を落とさずに、俺に追いついてくる。若干、息は上がってきているようだ。


 怪我もしていないようだし、問題はないだろう。


 想像以上の速さで、一年の元に辿り着いた。

 彼女は急拵えのテントの中で、何度も詠唱を繰り返していた。


 一年の回復能力は本物で、あっさりと重症者の命を救い出す。

 テントの中には、もう急患はいないようである。もう後は行方不明者がお世話になるかどうか、というところであろう。


「悪い、一年。今、大丈夫か?」

「な、な何でしょう、か。哀人さまの為なら、急患をはい排除して、でも時間を……」

「そこまではしなくていい!」


 物騒な奴だ。

 俺は半分呆れながら、一年に用件を伝えた。記憶を回復できるか、という俺の無茶振りに対して、一年は首を振るった。

 縦に、である。


 駄目元でお願いしたのに、あっさりと通って驚かされる。

 魔法って凄いんだな、と改めて思い知らされた気分である。


「じゃあ、こいつの記憶を戻してくれるか?」

「い、ぃいいんですか?」

「何が?」

「その女、昔哀人さまが乱暴した女では?」

「はあ!?」


 焦燥感に背中を押されて、烈火の勢いで名前不明者へと振り返る。

 彼女は顔面を蒼白にして、己の身体をペタペタと触っていた。


「信じてたのに。……嘘」

「一年! 嘘吐くなよ!」


 いひひ、と一年が嗤う。心を幸せで蕩したような口調で、俺へと謝罪した。


「嘘です。け、けけけど、思い出さない方が幸せなことも……あります、よ?」


 一年が随分と真っ当なことを言う。けれども、だ。


 それを決めていいのは俺たちではない。


「治してやれ」

「は、ははいぃぃ。貴方の雌豚が余計な口出しをしましたぁ」


 そのようなことを喚きながら、一年はその場に跪いた。そのまま、顔を地面にくっつけるようにして、俺に許しを請う。


 テントの中で横になって休んでいた男子は目を剥いた。やがて意識を覚醒させると、俺を親の仇と間違っているのか、やたらと凄んできた。


 睨み返す。

 勝った。


「うわあ」


 名前不明者がドン引きをして、俺から距離を取る。


「違う。誤解だ」

「誤解? 美少女を跪かせる目つきの悪い男……これはもう」


 俺は確かに元不良だ。その雰囲気は未だに払拭できていない。しかし、これは言い掛かりである。


 一年が己の性癖からくる欲求を満たしたいが為の欺瞞である。


「もういい! 後で幾らでも付き合ってやるから、先に治療してやれ」

「つ、付き合う!」

「そこだけ取るな」

「や、やるから!」

「何をだよ!?」


 だから一部分だけを取るなよ。


 なんやかんやで、一年も仕事には真面目に挑む。詠唱を開始した。


『愛寵一年五十鈴が定めよう。我が呼び声に呼応して、想起せよ。忘却された過去を覗き込め』


 詠唱をしている時の一年は凛々しい。

 普段のだらしなく、自信なさ気な表情が一変。誇り高く、華麗な大和撫子に変わるのだ。


 黒の長髪が、彼女自身の強大な魔力の影響で風に乗って揺れる。


 そうして、魔法が発動した。

 名前不明者の頭に、光の輪がはまる。それが徐々に彼女の頭を締め付けて行って、そのまま頭の中に溶けるようにして消えた。


「で、どうだ? 思い出したか?」

「……いえ。何も」

「本当か?」

「お父さんがいたことくらいしか、わかりません」


 一年が魔法を間違えたとは思えない。また、その効果がなかったとも考えられない。


 可能性としては、名前不明者が嘘を吐いている、というのが最も高い。

 けれども、どうしてだ。


 アメリアが疑っていた通り、こいつは使い魔の残党なのだろうか。


 ゾロア先輩ならば、この名前不明者が使い魔かどうか判断できるかもしれない。

 彼は一度、使い魔側の魔王だったからだ。


 次はゾロア先輩の元へ向かおう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ