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その拳、魔法より強し  作者: 一崎
その拳、魔法より強し
134/197

後片付け

 死傷者三十五人。

 重軽傷者百二十人。

 行方不明者五名。


 これが今回の事件における被害者数であった。その数は甚大に見えて、実は少な過ぎるくらいらしい。


 当初の予想では、結界が破られた際の被害はもっと莫大になると予測されていた。


 今回、被害者が少なかったのは、とある魔法使いの存在が大きかった。

 木霊の固有魔法を持つ少女ーーレイカ・ミレリーである。


 彼女の放送がなければ、あるいは遅れていれば、犠牲者はこの倍では済まなかったという。


 また、使い魔に対抗できる戦力が存外多かったことも理由の一つだ。


 そのような中、俺たち最天や動ける者は行方不明者を捜索していた。


 生きているのかも定かではない。

 けれども、捜さない訳にはいかないのだ。


「リリネット、どうだ?」

「何にも感じないのですう」


 俺はリリネットとペアを組み、校内を駆け回っていた。


 魔人化した俺の身体能力は高い。知覚能力も相当のものであり、リリネットと共に匂いや音などで行方不明者を捜している。


 また、リリネットの速度について行けるのが、俺くらいだというのも理由の一つだ。


 当初は、アメリアと一年が俺と組みたがっていたが、どちらもルベルト先輩により却下されていた。


 アメリアはその破壊力を利用して、瓦礫や残骸の撤去を任された。

 一年は言うまでもなく、治療である。


 保健医であるアイザック先生が行方不明になっているので、その分頑張っている。


 ルベルト先輩とクロネ先輩は、仲良く残った魔物や魔獣の始末をしているらしい。

 使い魔こそ全て討滅させたが、流石に無尽蔵とも言える雑魚を殲滅するには至っていなかったのだ。


 そして、ゾロア先輩。

 彼は新たな結界の構築に従事していた。


 彼の処遇については、かなり揉めたという。しかし、最終的には、また魔王と敵対するリスクを恐れ、条件付きで討滅を諦められた。


 彼専用の島で終身刑。

 そして、学園側からの要請にはいつ如何なる時でも答える。


 見返りとして、彼には無干渉が贈られた。

 ついでに図書館も、である。

 彼自身が望めば、学園内の一人を助手としても良いことも決定している。


「いたのです!」


 リリネットが声を張り上げる。そして、俺もそれに気が付いた。


 瓦礫に埋もれつつも、僅かな呼吸音が耳に届いた。生きている。


「おーい、大丈夫か?」


 返事はない。

 しかし、屍という訳でもなさそうなので、救出を敢行する。とはいえ、俺とリリネットの膂力があれば、瓦礫など問題にはならない。


 一応、クロウリーから魔力を回して貰い、魔力解放で瓦礫を避けていく。


 クロウリーには回復の魔法を詠唱して貰う。リリネットと手分けしていると、あっという間に瓦礫は除去された。


「行方不明者か?」

「わからないのです」


 アメリアから警告されていた。

 もしかすると、使い魔の残党が潜んでいるかもしれない、と。



 クロウリーの回復魔法が行使される。それにより、意識が戻った。


「質問するぞ。お前の名前は?」

「名前は? 何でしたっけ?」

「いや、俺が訊いてるんだよ」

「こっちも訊いてます」


 俺と名前不明者は同時に、首を傾げあった。


「リリネット。こいつが誰か知ってるか?」

「知らないのです」

「そうか。記憶喪失、か?」


 うーん、と唸りながら、俺は名前不明者を観察した。見覚えがあるような気がする。


「お前、どっかであったことあったか?」

「口説いてるんです? ボクが記憶喪失なのを良いことに、嘘を信じ込ませようという魂胆です?」

「ボク? お前、女だろうが」

「人の一人称に口出ししないでよ」

「そりゃあ、そうだけどよ」


 朕とかいるしな。今更な感じはあるけれども、やはり変わった一人称にはそうそう慣れない。


「で、お前、一人称以外に何か覚えてねえのか?」

「それ、結構ハードル高いです?」


 本当に記憶喪失だというのならば、確かにハードルは高いかもしれない。けれども、名前くらいは思い出せる筈である。


「あー、そういえば、お父さんがいたような気がする」

「うちにもいるのです」


 そう言って、リリネットが俺をうっとりと見つめてくる。

 もしや、この名前不明者もファザコンか。俺はこれ以上、お父さんになるのは嫌だぞ。

 いや、そもそも、俺はお父さんじゃありません。


「じゃあ、そのお父さんの名前は?」

「覚えてない」

「そこまで重症か。一年のとこに連れて行くか?」


 ここは一応、一年が管理していた教会の跡である。昨日の戦いで、教会は跡形もなく消滅したのだ。


 使い魔の誰かの仕業であろう。

 酷い使い魔もいたものである。


 自分が管理していた建物の下敷きになり、記憶喪失になった少女を一年は雑には扱えないだろう。


「じゃあ、俺はこいつを一年の所に連れて行く。リリネットは引き続き、捜索を頼めるか?」

「了解なのです」


 ビシッと敬礼を俺に見せて、リリネットが軽い調子で地面を蹴る。それだけで、土が吹き飛び、小柄な彼女の肉体を上空へと至らせた。


「この土直すのも、俺ら仕事だからな!?」


 戦闘により破壊してしまった地形の修復も、一応は俺たちの仕事でもある。

 まあ、この仕事は学内の連中全員の仕事でもある訳だが。


「まあいい。ほら、行くぞ」


 俺は名前不明者へと手を伸ばした。今まで瓦礫の下にいたのだ。怪我をしていてもおかしくはない。

 だから手を伸ばした。


 すると、名前不明者は恥ずかしそうに俺の手を取り、


「父性を感じます」

「お前もか!」


 俺には父親の才能でもあるのだろうか。

 碌でもない父親から生まれたのに、少し複雑な気分である。

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