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その拳、魔法より強し  作者: 一崎
その拳、魔法より強し
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憂さ晴らし

 俺の提案を耳にして、ルベルト先輩が玉座から転げ落ちた。立ち上がろうとして、足を縺れさせたのだろうか。


 非戦闘時のアメリアを思い出す。


 彼はその長い腕で玉座を支えに立ち上がると、動揺を露わにしつつ、話しかけてきた。


「ふん、面白いことを言いよるな、アイトよ。島を複製する、とな?」

「ええ。可能ですか?」

「未知であるな。幾ら朕といえども、それは発想の外側である」


 島の複製。

 これは別に土や砂や植物を複製しろと言っている訳ではない。島に溢れる魔素ごと、複製しろと頼んでいるのだ。


 ルベルト先輩にとっても、初めての作業となるだろう。


「だが、やるだけの価値はある。また、朕が試みるのだ。ーー失敗はありえぬ」

「ありがとうございます」


 これで、これだけでゾロア先輩の全ての目的は達せられてしまう。成功するかは不明だが、ルベルト先輩が成功させると宣言したのだ。


 万が一もありえない。


「で、ゾロア先輩はどうしますか?」

「……なるほどな。一人の限界、か。確かに、『世界の言霊()』ではルベルトに魔素を複製させるという発想は生まれなかった」


 瞑目しながら、ゾロア先輩が口を開く。その口は人の時と同じように、動き始める。


「これで『世界の言霊()』の目標である魔法の研究が滞りなく、進むという訳か」


 しかし、彼はそれを喜んでいるようには思えない。


「都合が良過ぎる」


 言うのは、ゾロア先輩が 自身である。


「『世界の言霊()』は魔王となり、結界を破壊した。使い魔や魔物、他の魔王を引き込み、この学園を破壊した」

「そうですわね」


 ゾロア先輩に答えるのは、アメリアである。アメリアはゾロア先輩に向けて、何処までも冷酷な視線を注いでいる。その視線を浴びながらも、ゾロア先輩の表情に怯えや動揺の色は確認できない。


「アレイストの死因を作ったのも『世界の言霊()』だ」

「そうなのです」


 リリネットが同意した。

 かわいらしいリリネットではなく、そこには七最天としての彼女が存在していた。


 鋭い眼光は、敵を仕留めようとする獣そのものであった。


 俺とルベルト先輩は、今のところゾロア先輩を仲間に戻すことを良しとしている。


 だが、アメリアとリリネットは反対のようである。


 一年は性格上、俺の意見に賛成してくれるだろう。また、それはクロネ先輩も同様である。


 まあ、クロネ先輩の場合はルベルト先輩や他の人に危険が及ぶようならば、反対に回る可能性もあるだろう。


 彼女は馬鹿だが、真面目だ。バカ真面目ではない。

 先輩に対して馬鹿は言い過ぎかもしれないが、まあ最天はルベルト曰く対等関係にあるらしいので一度は許して貰えるだろう。


 さて、肝心のゾロア先輩だが、彼は彼なりの葛藤があるようなのだ。


「アメリア、リリネット。俺は言わないといけない。このままゾロア先輩と戦っても、勝てるかはわからない」

「それはどうしてですの?」

「俺たちは確実に疲弊している。もうそこまで戦闘を続けられないだろう」


 対して、ゾロア先輩の体力はほぼ無限大なのだ。アレイスト先生のように、魔王との相性が良い最天がいれば問題は解決していたのだが。


 今の俺たちにはそのような仲間はいない。クロネ先輩ならば可能性はあるが。


「このままではまた誰かが死ぬかもしれない、と?」

「ああ。これ以上、誰も死なさねえ為には、やっぱりゾロア先輩の協力は必須だ」

「理に適っていますわね。では、そうですわね。貴方からのハグ一回で妥協しますわ」

「は、はあ!?」


 アメリアは全くの無表情で、俺に取引を持ちかけてきた。俺に否定権はない。

 顔を朱色に染めながら、俺は小さく首肯した。


「わかったのですぅ。うちも交尾で我慢するのです」

「何も我慢してねえだろうが」


 全員、納得はしていない。

 アレイスト先生が死んだことも許せる筈がない。現に、俺はまだまだゾロア先輩を恨んでいる。


 それでも、だ。


 これ以上の争いはただの憂さ晴らしとなるだろう。敵討ちという名の悲しみの発散となるだろう。


 そのようなことをしているよりも、もっとマシな手は無数にある筈だ。


 ゾロア先輩のやったことは最低で最悪だ。だから許しはしない。


 彼は永遠に島に閉じ込められ、そして学園に危機が迫った時に助けて貰う。


 実質の終わらない終身刑になって貰う。

 罪を滅ぼすことは、必ずしも命を奪われることではない。


 命を奪っても意味がないのならば、他のことに命を使って貰うまでだ。


「で、ゾロア先輩はこの話に乗ってくれるんですか?」

「……悪くない話だ。だが、乗らない」

「どうしてですか?」

「『世界の言霊()』は全てを壊して、手に入れる覚悟で魔王化した。そして、何よりも『世界の言霊()』は裏切った」


 裏切り者はもう仲間にはなる訳にはいかない。ゾロア先輩はそう考えているのだ。


 元より、だ。


 彼は俺たちを仲間だなどと思っていない。

 だが、彼は利口だ。裏切りの意味くらいは理解している、ということだろうか。


「裏切りを気にしてんなら、この後ちょっと憂さ晴らしに付き合ってくださいよ」

「どういうことだ?」

「話し合いは終わりだ。もうあんたにはこっちに付く十分なメリットを提示した」


 それでも話に乗ってくれないならば、俺にできることはただ一つだけだ。

 こういう話が通じない輩に対して、俺にできることなんて一つくらいである。


 そう、殴って話をつける。


 今から行われるのは殺し合いではなく、喧嘩である。

 俺は元不良の折崎哀人。

 喧嘩は得意中の得意だ。


 三度目の戦い。そして、初めての喧嘩が開始される。

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