不穏
翌日、俺が教室に入ると、いつもよりも騒がしかった。皆が口々に、何かを嬉しそうに囁きあっていた。
気にせず席に着くと、丁度チャイムが鳴り、授業の開始が告げられた。
「おはよう。授業を始める前に一つ言うことがある。まぁ多くの奴はすでに知ってるだろうが」
そんな前置きをして、教師がクラスを見渡した。チョークで黒板にデカデカと文字を書き始める。
「近いうちに、お前たちには魔道具を選んでもらう。楽しみにしておけ」
黒板には魔道具という文字だけ。だが、クラスメイトたちの反応は劇的であった。
「よっしゃ! これで俺も魔道具使いだぜ!」
「魔道具使いの称号はそんなすぐに貰えないって」
「すぐだよすぐ。俺の魔道具、きっとすげぇぜ。まぁ、メイガスくんには負けるけどさ」
クラス中の視線がメイザスとかいうイケメン野郎に集まった。目立たないと生きていけないのか、あいつは。
「当然さ! ぼくに敵う生徒なんて存在しちゃあいけないからね。ぼくと比べれば、申し訳ないが諸君は論外だよ」
クラスから乾いた笑い声が作られたが、イケメン野郎は気にせずに微笑んでいる。しばらく笑ったのち、席から立ち上がると、アメリアに向かって指をさした。
「アメリア嬢! きみは六最天なんて呼ばれて、早くから魔道具を貰っていたね。だが、今日からは同じ立場だよ」
「それがどうかしましたの?」
「つまり、今日からはぼくの方が強いということさ。もう調子に乗るのはーーいや、素直になりなよ」
「は?」
「ふふ、きみはぼくが好きなのだろう? だからこそ、素直になれずにいる。違うかい?」
凄いことを言う。俺だけではなく、アメリアや眼鏡、その他クラスメイトたちですら絶句していた。
「ぼくの家柄、財産、実力、性格、そして何よりこの容姿。惚れないはずがないからね」
「はぁ、わたくしより低い家柄、少ない財産、足元にも及ばない実力、最低な性格、いけ好かない容姿。惚れる筈がありませんわ」
「な、なに!」
「貴方を選ぶくらいでしたら、わたくしはオリザキさんを選びますわ」
どうして、ここで俺を登場させるのだ。いや、あいつはこのクラスでは俺くらいしか話し相手がいないのだった。俺に矛先が向かうことはあり得る。
「貧民の分際で、ぼくを侮辱するのか!」
どうして俺に矛先を向けるんだよ。だから最低な性格とか言われるんだよ。眼鏡を見習え。
「覚えていろ!」
負け犬のような台詞を吐いて、メイガスは着席した。教室を嫌な空気が支配した。
「先生が困るんだよなぁ、そういうの」
「先生! トイレ行ってきていいですか!」
「空気を読め、眼鏡」
あはは、と小さな笑いが教室に生まれた。
窮屈な思いをして、どうにか授業をこなすと、とうとう昼休みに到達した。喜ばしいことだ。
「オリザキさん、貴方の属性と特性を計測に行きますわよ」
「ああ、頼む。でもよ、その前に一つ言わせてくれ」
「何ですの?」
「今朝、何で俺とイケメン野郎を比べたんだよ。話が面倒になっただろうが」
「イケメン野郎? 誰ですの? ああ、あの害虫のことですわね」
ここはまだクラスだからな。お前も結構性格が極悪だぞ、アメリア。ほら、イケメン野郎が俺を呪い殺すくらいの目で見てくる。
「わたくしは本心しか口にしない主義ですの」
「包み隠すことを覚えろ」
呆れながらも、俺はアメリアと共に魔力計測室とやらに行くのであった。
計測は順調に終了した。思ったよりも手軽で、想像以上に想像の範疇であった。
もっと酷いことをされると思っていたのだ。目玉に何か差し込まれたり、な。
計測結果は、
「属性、特性共に『なし』? そんなこと、あり得るはずがありません」
「何かミスったのか?」
「おそらく、そうですわね。また今度に致しましょうか。わたくしは念のために、アレイスト先生に訊いてきますわ」
ということだった。期待していたので、残念である。
「じゃあ、俺は花の様子でも見てくるわ」
「お願いしますわ」
そう言い合って、俺たちは別れた。アメリアはアレイスト先生を探しに、俺は例の花壇へ行く。
流石に迷うことはなく、俺は順調に花壇へと向かっていた。歩いていると、チャイムが鳴った。どうやら、午後の特別授業が終了したらしい。
俺は七最天なので、あまり関係はないのだが。
「あ、アイトくんじゃない。もう授業終わったの?」
「まあ、終わったというか、始まってねぇというか」
「休講だったの!? 可哀想にね。ぼくの特別授業のクラスに来てもいいんだよ。ぼくも先生もウェルカムだよ!」
「遠慮しとくわ」
「で、これから何処へ? 図書館で勉強?」
「お前が思ってる程、人類は勉強を愛してないんだぜ?」
眼鏡が失笑した。吹き出し笑いである。何を言っているのかわからない、といった様子だ。
「アイトくん、それ面白いね!」
「お前の頭の中の方が面白いよ」
「ありがとう。で、何処に?」
「今から花壇へ行くんだ」
「そうなんだ。確かアメリアさんが植物委員だったから、そのお手伝い?」
「よく覚えてるな。そうだよ」
「じゃあ、良ければだけれども、ぼくも行っていいかな。もちろん、粉骨砕身の思いで手伝うよ!」
「程々でいいよ。ありがとな」
「構わないよ。ところで、花壇って今はどうなっているの?」
眼鏡の質問に対して、俺は言い淀んでしまう。故意ではないにしろアメリアは、花壇の花を枯らしてしまっているのだ。
「花は枯れてる。でも、昨日アメリアが種を蒔いたから、来年には満開だぜ」
「そうか。それは楽しみだね。咲いたら、花見でもしようよ」
「花壇で花見か? しまらねぇな。ま、そんときは彼女さんも紹介しろよ」
「来年までには紹介してるって」
俺たちは小さく笑いあった。花壇で花見をするという計画が、何か共犯者になった気分を俺たちに与えていたのだ。
眼鏡をパーティに加えて、テクテクと歩くこと数分。俺たちはいよいよ花壇に到着した。
到着して、しまった。
「ア、アイトくん。これは、何なの?」
俺たちの視線の先。そこには確かに花壇があるはずだったのだ。だが、そこにあったのは。
「誰だよ」
枯れ花は無残に踏み砕かれていた。種を植えたばかりの土は、全てがぐちゃぐちゃにひっくり返されていた。
花壇を構成していたレンガたちも、粉々にされていた。
それは最早花壇ではない。形容するのならば、そうーー廃墟だった。




