真・七最天会議
七名の最天が一堂に会する。
それぞれの気持ちは決して同じ方向を向いていない。
敵意、殺意、好意。
ありとあらゆる意識が、様々な方向を向いて存在している。
この七名は、現時点における魔法学校最強の七人。
俺以外の纏う雰囲気は、最早その道のプロである。滝のようなプレッシャーの中、俺が口を開く。
「今回の議題は一つ。どうやったら、ゾロア先輩はこちらに戻ってくるのか、だ」
「下らない茶番だな」
俺の言葉に即座に反応してきたのは、ゾロア先輩であった。苛立ちを隠そうともせずに、ゾロア先輩は続ける。
「意識をシンクロさせる魔法。原理も内容も理解した。実に素晴らしく、またつまらない魔法だ」
「すいませんけれど、もう少し付き合って貰いますよ」
「俺は頷かない。それが答えだ」
「どうやったら、俺たちの仲間になってくれますか?」
俺の問いに対して、彼は首を左右に振る。
「魔法を極めるまで。俺は魔王として生きる」
ゾロア先輩は冷酷にそう告げる。
「よろしいかしら」
アメリアが挙手をする。彼女は崩鎌ビクトリアを取り出しながら、
「話し合いは通じませんわよ? これは戦。アイトさん、甘いのではなくて?」
「うちも同感なのですぅ。愚かな裏切り者には死という罰しかないのです」
女子二人は相変わらず物騒である。
一年に目を向けると、彼女は嬉しそうに表情を崩した。
時々アメリアが浮かべる咲くような笑みではなく、蕩けるような笑み。心底、喜悦に身を委ねた幸せそうな顔。
アメリア同様、整った目鼻立ちをしているのでドキッとする。
「わ、わわ私は哀人さまについていきます。地獄の底まで」
「俺は別に地獄には行かねえからな」
人を悪人みたいに言うなよ。俺はただの元不良の魔人だ。
凄く地獄行きな気がしてきた。
気を取り直して、ルベルト先輩を見やる。彼は玉座にゆったりと身を預け、全身から威厳を放っていた。
彼の言葉は勅令のように、俺には聞こえた。
「好きにせよ」
と、彼はただ一言を述べた。俺が疑問に満ちた表情をしていると、クロネ先輩が座布団から立ち上がった。
「いい。私にはわかっているぞ。アークロアの考えは、最天としては正しくはある」
「どういうことですか?」
「私たちは特化した力を持つ。その力を更に高めるのは最天の務めだ。現に、私は魔法を諦め、その分近接戦の技術を上げ続けてきた」
強くなろうとすること。強くなる為の努力をする。それも最天の務めだと、クロネ先輩は言いたいのだろう。
「アークロアは道を間違えた。最天は強くあるだけではいけない。私のように、知性と理性も持たねばならない」
「先輩が知性と理性を持っているのかはともかくとして」
ゾロア先輩は彼なりの最天としての働きをした、ということなのだろうか。まあ、最天は正直言って、何が目的かわからない。
ただ強力な生徒を集めてきているだけなのだから。
「ゾロア先輩は強くなろうとした。だけれども、それで周りを殺していたら強くなる意味なんてあるんですか?」
ゾロア先輩に問いかける。彼は小さく微笑んだ。いや、あれは明らかな侮蔑の表情であった。
「意味など求めていない。知の探求こそが、俺の求めるものなのだからな」
「それは手段じゃないんですか?」
「否、だ。俺は強くなろうと思っていない。ただ学べればそれで良い」
それに、とゾロア先輩は続けた。
「許されようとも思っていない」
「俺だってそうだよ。あんたを許そうだなんて、思ってねえ」
「どういうことだ?」
「あんたは俺たちを裏切って、アレイスト先生が死ぬキッカケを作った。だから許さねえ」
俺は魔杖クロウリーで、床を強く叩きつけた。精神世界の床はびくともしない。
ただ甲高い音が響くだけである。
「あんたの罰は、残りの全ての人生を賭けて、この学校を守り続けることだ」
「それが許しだと言っている」
「なあ、ゾロア先輩。俺はあんたのことがわかんねえ。あんたは研究さえできれば、それで良いんだろう?」
「ああ」
「だったら!」
俺は机に両の手を突き、頭を下げた。
「逃げるなよ、研究から」
「何が言いたい?」
「魔法はよ、一人で極められるくらい簡単なもんなのかよ」
思考を送り込む。
あんたにアメリア並みの破壊力が出せんのか。
あんたにルベルトのような魔石が作れるのか。
あんたにリリネットの魔法が使えるのか。
あんたに一年のような射程があるのか。
あんたにクロネ先輩のように複数の魔道具を扱えるのか。
答えは単純だ。否、である。何故ならば、魔法使いは属性と特性を持っているのだから。
まったく同じ詠唱でも、結果は個人によって変わる。
思い浮かべるのは、赤縁の伊達眼鏡をかけ、教鞭を握るアメリアの姿だ。
昔、彼女に教えられた。
例えば、アメリアが『炎』と唱えたとしよう。だが、それのキーワードはただの炎ではなくなる。炎と同時に、滅というキーワードが組み込まれるのだ。
アメリアの属性は滅。
キーワードの度に、このワードが組み込まれる。
「魔法使いの可能性から逃げるなよ」
ゾロア先輩は奇跡を産むことを喜びとしている。だが、幾らキーワードを見つけ出そうと、彼個人では魔法の未来はない。
「あんたが本当に魔法の奥底まで覗きたいのなら、一人では決してそこへは辿り着けねえ!」
「知っている! 俺一人では限界があることくらい! だったら、どうすれば良かった」
ゾロア先輩は馬鹿ではない。
裏切ればどうなるか。それくらいは理解しているのだろう。
彼は岐路に立たされた。
広く浅く進むのか。狭く深く進むのか。彼が選んだのは後者だったのだ。
彼の生き方。
全知。
それは決して一人では成せない偉業だというのに、それは命という期限では達成できない。
そう、彼としては裏切るしかなかったのだ。
そして、使い魔や魔王は魔力を浴び続けられない。一度裏切れば、こちらを駆逐するしかなくなる。
「『世界の言霊』はお前たちを殺すしかない。『世界の言霊の知識欲の為に、な」
「その必要はねえ!」
俺には一つだけ、策があった。
要は、だ。
ゾロア先輩が仲間にする為に必要な要素は、そこまで多くない。
一つ。無期限の知の探求を約束すること。
二つ。その資料を用意すること。
三つ。手伝うこと。
それだけなのだ。
つまり、魔力がなく、魔素に満ちた場所を用意する。そして、図書館などを用意する。
それだけでいい。
「ルベルト先輩。先輩の固有魔法で、この島の一部を複製してください」




