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その拳、魔法より強し  作者: 一崎
その拳、魔法より強し
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素敵な笑顔

 結局、一時間粘ってみても、俺は何もできなかった。そんな俺を訝しげに睨むのは、アメリア・エクシスである。

 彼女には、俺がつまらない冗談を行っているように見えるらしいのだ。俺は本気だ。本気で魔法を使おうとしている。


「貴方の変顔には飽きましたので、早く第一段階を突破してくださいまし」

「変顔なんてしてねぇよ!」

「いいえ、出会った瞬間からしていましたわよ」

「それ通常運転だからな」


 舌打ちののち、再度集中する。当然、何も始まりはしない。


「貴方の属性と特性が影響しているのかしら? 属性と特性は何ですの?」

「知らないな」

「いい加減、怒りますわよ」

「いや、本当に知らねぇんだよ! 信じてくれ」

「嘘を吐いている訳ではなさそうですわね。わかりました。明日にでも、それらを計測しに行きましょう。今日はこれで終わりですわ」

「すまなかったな、アメリア」

「全力を出していたのならば、それを責めることはしませんわ」


 この学校に来てからというもの、俺は人の世話になりっ放しだ。眼鏡にも、アメリアにも、面倒をかけている自覚はある。

 だから、次の台詞は自然に溢れた。


「俺にも何か手伝えることはねえか?」

「わたくしを手伝うのかしら? 構いませんが、下衆な考えをしているのならば止めておいた方が身の為ですわよ?」

「下衆な考え? 何だよ、そりゃ」

「わたくしを性的な目で見るのを止めて下さいと、そう言っておりますの」

「え? いや、それは」


 確かに、俺は一度だけこいつを描写するなどと言って全身を舐めるように見たことがある。別にいやらしい気持ちがあったわけではないが、胸とか注視していたのは駄目だったかもしれない。


「わかった。気をつける」

「ほ、本当にそんな目でわたくしを見ていましたのね」

「まあ、男だからな。美少女を見ると、そうなるのも仕方ねえ。不快にさせて悪かった」


 頭を下げて許しを請う。アメリアは相変わらずの無表情で、怒っているのかさえわからない。


「結構ですわ。では、行きましょうか」

「どこへ?」

「オリザキさん。貴方、植物には詳しいかしら?」



 アメリアに連れられてやってきた場所は、大きな花壇であった。花壇とは名ばかりで、ここには花が一切存在していないのだが。


「ここは花壇か? 花がねぇけど」

「失礼ですわね。ありますわよ。貴方の命とは違いますのよ」

「俺の命もあるわ!」

「鎌で首を斬ったら無くなりますわ」

「誰でもそうだよ!」


 アメリアの指が示す場所には、枯れきった花が沢山あった。あれは花だが、枯れた花を花としてカウントしていいのかがわからない。

 花は花なのだろうが。


「枯れているな。誰も世話してねぇのか? かわいそうにな」

「いいえ。わたくしがお世話していますわ」

「その割に、全部枯れてるけどな」


 彼女は無言で俺を見つめた後、鞄から何かの本を取り出した。


「この本が嘘を吐きますの。わたくしはどうしたら良いのでしょうか」


 本の題名は、『猿にもわかる花の育て方』である。表紙の猿がこちらを指差して、嘲ったような笑みを浮かべていた。

 イラつくな。


「わたくしに理解できないことを猿が理解できるはずがありませんわ。 嘘ですわ、この本。表紙の猿に惹かれて購入したのが間違いでしたわ」

「お前のセンスはどうなってんだよ」


 貸してみろ、と本を奪い取って流し読みする。表紙の割に、懇切丁寧な解説が載っていて、非常にわかりやすい。


「とりあえず、いつもみたいにやってみろよ」

「いいでしょう」


 そう言って、彼女はジョウロで水をやり始めた。俺はストップをかける。


「待て、アメリア。そこの土は乾いてないぞ。その花は君子蘭だろう? それは乾燥に強い。まだ水はやらなくていい」

「ですが、水を与えないというのはあまりに冷酷ですわ」

「水のやり過ぎも駄目なんだよ。本に書いてただろうが」

「酷いので却下しましたわ」

「酷いのはお前だよ」


 偶にいるんだ。ペットなどを甘やかしすぎて、却ってかわいそうな状態に追い込む奴。しかも、そいつらは全員可愛さ余ってという善意からそういうことになる。


「ほら、そっちの方に水やれ」

「わかりまーー」


 アメリアが自分の足に躓いて、花壇へと転倒した。土が掘り返される。


「も、申し訳ありません! お花たち。お詫びと言ってはなんですが」


 アメリアが水をやる。


 その時、俺は薄っすらと気付き始めていた。アメリアの性質というのものに。


 彼女は花の世話を全力でしていた。本に書かれていたことを一応はやろうとしていた。

 水をやり過ぎたり、転けて地面を潰すのは当たり前。

 植物がたっぷりと息がてきるようにと言って、二酸化炭素発生装置とかいう謎の巨大な機械を動かし始めた。それは直後に何故か大爆発。枯れた花たちはアメリアが咄嗟に魔法で守った。

 代わりに、アメリアがボロボロになった。制服が所々破けていて、目のやり場に困る。


 椅子を持ってきて、彼女はそこに腰掛けると、絵本を読み始めた。まるで花に読み聞かせているようだ。いや、読み聞かせているのだろう。


 読み終わると、今度はラジカセを肩に担いで持ってきた。調子の良い歌が流れる。

 それに合わせて、アメリアは踊り始めた。


「おい、アメリア。お前は何をやっているんだ」

「今は大事なところですの。少し静かに」


 一踊り終えたのち、アメリアは矢鱈と豪華なドレスに着替えてきた。


「ああ、ロミオ。貴方はどうして大きなカブなの。わたくし一人では貴方を掘り出せない」


 一人でミュージカルを始めた。歌や踊りや芝居、音楽。全てを一人でこなしている。


「なあ、アメリア。お前、少し休んだら」

「何をしていますの、オリザキさん。こちらへ早くいらして」

「何を?」


 グイっと腕を掴まれて、無理矢理ミュージカルに参加させられた。


 一時間後。

 俺は地面に片膝をつき、息を切らしていた。劇は無事に終了した。感動のラストであった。まさか、ロミオが引き抜けなかったのは、ロミオ自身に勇気がなかったからだとは思わなかった。

 最後はロミオも姫を守る為に、自分の力で外へ出ることができた。あのシーンは音楽やアメリアの名演も相まって非常に泣けた。


「じゃねぇよ!」

「よい演技でしたわよ、オリザキさん」

「お前な、これは何だよ!」

「本を読みませんでしたの? 植物にたくさん話しかけて、よい音楽を聴かせるとよいという説があるらしいですわ」


 だからこの過剰な劇が始まったのか。確かに、そういう説はある。だが、まさかここまでやるとはな。

 こいつ、絶対子供ができたらクラシックを聴かせるタイプだ。腹の中の子どもに音楽を聴かせるタイプだ。


 俺はとうとう気がついてしまった。アメリア・エクシス。この女はドジだ。

 見るがよい。あの豪華だったドレスの汚れよう。何度転んだのかわからない。

 劇中も何度も噛んでいた。踊りもミスが目立った。

 そもそもあの本をこのように解釈する時点で、相当のドジであった。

 毒舌ドジっ子であったのだ。


「これで花は回復しますわね!」

「いや、そんなわけーー」


 俺は思わず、声も思考も失ってしまった。

 アメリアが微笑んだのだ。劇をしているときでさえ顔色を変化させなかったアメリアが、笑ったのだった。


 頭を鈍器で殴りつけられた時のような衝撃。


 彼女の笑顔は一流の芸術のように、美しかった。空間が停止して、彼女の表情だけが、脳内を埋め尽くす。

 喜びが溢れるかのような笑顔に、俺は魅了されていた。一流の芸術作品のようではあったが、その笑顔は誰にだって作れない、人工ではありえない輝きであった。


「どうしましたの?」

「別に」


 見惚れてしまったのが恥ずかしくて、ついついそっぽを向いてしまう。


「花が咲くのが待ち遠しいですわね」

「いや、無理だろ。おい、アメリア。今日から俺も花の世話を手伝う。いいな?」


 俺の言葉を耳にして、アメリアは小さく首を傾げた。が、すぐに一度だけ頷くと、


「助かりますわ。そのーーありがとう」


 不器用なアメリアの言葉が花壇に響いた。きっと、ここは花一面になるだろう。俺はそう思った。



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