リリネット・マーチベルクが見る世界
お父さんが死にました。首を切られて、あっさりと死んだのです。お父さんは嘘吐きなのです。
死なないって、そう約束したのに。
お父さんが死んだということを納得するのには、ある程度の時間を有したのです。これは野生ではあり得ないこと。
一々群れの構成メンバーが消えた程度で動揺していては、厳しい獣の世界では生き残れません。
「ぅう。おとうさぁん」
だけども、うちはもう我慢できなかった。
ボロボロと涙を溢れさせて、それを必死に袖で拭います。それでも涙は溢れてきて、うちはもう何が何だかわからないのです。
ルベルトが何かを告げ終えて、アメリア以外の最天が歩き始めました。
まあ、こんな時にやることなんて決まっているのです。
殲滅。
それ以外のことは考えなくても良いのです。うちは魔法を詠唱します。
『百獣万化の犬』を発動させます。うちの頭とお尻に、犬の特徴である耳と尻尾が生えます。
すぅーっと息を深く吸い込むと、うちは周囲の状況を把握したのです。
血の匂い。
知らない匂い。
うちはそこに行くだけ。
駆けました。ぴょんと地を蹴ると、即座に数百メートルの距離を飛びました。
いました。
一般生徒が使い魔に襲われているのですぅ。
「ストック消費」
ストックにより『断空者の拒絶』を生み出し、それを足場にしてもう一度加速。
使い魔に突っ込みます。
ここで状態を変化。『百獣万化の狼』に移行。使い魔の腹に拳を突き立て、敵を吹き飛ばします。
「邪魔なのですぅ。早く消えてください」
「あ、あんたは兄貴と同じ七最天! 兄貴は無事なんすか!?」
「兄貴?」
「アイト・オリザキです」
「っ!?」
地面を踏み込みました。使い魔に迫り、その顔面を掴みます。その調子で、敵を投げ飛ばしました。
うちの魔法には派手さが足りません。ただ動物の力を借り、それを強化して使うだけ。
だから攻撃は単調。
殴り、蹴り、頭突きをぶつけるだけ。それでも、うちの火力はアメリアほどではないけれども高い。
使い魔の腹に蹴りをぶち込みます。
吹き飛ばされながらも、使い魔は魔法を行使しました。
『雷刃』
雷の刃を生み出す魔法です。
即座にストックを消費して、新たな魔法を発動させます。
『百獣万化の亀』
耐久力を強化します。雷の刃を耐えて、踏み出します。再び変化し、今度はオゴストリアに変化します。
これがうちの切り札。
使い魔の胸に直接指を突き入れ、それからその核を奪い去ります。
後はそれを強く握れば、使い魔退治は終了なのです。
使い魔の体液を浴びながら、うちは思考しました。こんなことに何の意味があるのだろう、と。
もう守るべき群れは瓦解し、うちにはもう一体のお父さんしか残っていないのです。
そのお父さんにしても、もうすぐに死ぬ。
うちがここまでして戦う意義はないのです。仮に、アレイストがいればまだ戦う理由があったのですが。
彼女はうちをこの学校に連れてきた人なのです。ですから、少しだけ感謝はしているのです。
まあ、そんな彼女ももうこの世にはいないのですけれども。
どうしようか、とうちは考えます。ゾロアは心底殺したい。
けれども、うち一人では返り討ちに遭うだけなのですぅ。それもいいのですけれど。
他の最天は匂いと音から察するに、戦闘中のようなのです。ゾロアが倒せないから、それ以外の使い魔や魔物を少しでも多く減らしているのでしょう。
うちもその仕事をするべきなのですが、やる気が出ません。
「もういいのです」
全てが億劫でした。
大好きなお父さんたちは死に、恩人である教師は死に、どうせこれから仲良くなる人も死ぬ。
うちは己の強さを把握しておりました。
うちは強い。
魔法使いとしてではなく、生物として強いのです。うちの魔法ーー『百獣万化』はうちにしか使えない魔法なのです。
獣の動作、しかもそれはかなり強化されています。それに耐えられる肉体、それを使いこなせる肉体を持つのは、うちくらいなのです。
お父さんも中々使えていた方ですけれども、うちから見ればまだまだでした。
はぁ。
「虚しいのです」
うちは明確な落胆と失望と共に、歩き始めました。
ーーお父さんは死なないと言った。
でも、死んだ。お父さんは弱かった。
だけれども、お父さんは強くもあった。
うちが最も頑張れば、きっとお父さんは笑ってうちの頭を撫でてくれていた。
もう味わえない温もりを思い出し、うちの頬には生温い水滴が伝った。
「殺すのです」
負けようとも構わない。
ゾロアを許すことなどできはしなかった。生きているのならば、殺そう。
幸いなことに、うちの知覚能力の範囲内にゾロアはいる。
周囲には無数の使い魔の気配があるが、強行突破しよう。策など不要なのです。
うちは獣。うちは獣。
ただ力による蹂躙をーー力による無双を。
「必ず仇は取るのですよ、お父さん」
すぅーっと息を吸い込み、うちは詠唱を開始しました。
『獣王花飾リリネット・マーチベルクはマテリアルと共に唱えよう。獣により定め、夢中によって唱えよう』
唱えるのは、固有魔法。
うちだけの魔法。その効果とはーー
『花飾マテリアルを媒介として、我が力を顕現せよ。さあーー獣王の刻なり』
固有魔法の力は魔法の重複。
様々な魔法をうちは一度に行使することができます。本来ならば、猫の状態で犬は発動できません。
けれども、固有魔法の時間内であれば、うちは幾らでも能力を重ねることができるのです。
小さなうちの姿は鱗や多種多様な毛に覆われ隠されます。耳などは頭を隠す勢いで増殖し、背中には甲羅や棘、無数の特徴が現れます。
尻尾などは数えることも面倒な程に生えました。爪は異常な造形をし、牙はあり得ないほど鋭利に。
舌は伸び、その先端からは毒が滴り落ちます。
この姿はあまりにもーー醜い。
だからこそ、お父さんの前では決して見せませんでした。そう、うちが最天に選ばれた一番の理由とは『百獣万化』が使えたからではありませんでした。
それも大きな理由の一つでしたが、うちの真価はこの固有魔法にあるのでした。
「ーーっ!」
最早、声帯すらも変化して、人語は操れません。けれども、うちは慟哭します。
必ず、ゾロアは殺す、と。




