表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その拳、魔法より強し  作者: 一崎
その拳、魔法より強し
110/197

とある教師

 アレイスト・アチカー。

 うるさくて、見た目完全に美青年で、俺たち最天全員の師匠。

 曰く、最強の魔法使い。


 彼女は俺たちの危機に、突如現れた。俺たちには一瞥もせずに、ただ正面の魔王を見据える。


「アイト・オリザキ! アメリア・エクシスを頼むぜ。あと、この戦い、てめえらは手出しすんな」

「どうしてですか?」

「てめえらはゾロア・アークロアの馬鹿野郎を止めなきゃなんねえ! こんな雑魚に体力持って行かれてる場合じゃねえんだよっ!」


 それに、と彼女は告げた。


「俺はゾロア・アークロアの所までいけねえしよ」

「え、それはーー」


 アレイスト先生が前へ行く。魔道具である指輪を魔王へと突き出し、ただ駆ける。


「貴女が最強の魔法使いですか? お笑いですね」


『不快な微風』によって、鉄柱が射出された。それは一切の減速なしで、アレイスト先生に衝突した。

 彼女は木っ端微塵に、霧散した。


 そう、あれは幻覚だ。


「お笑いはてめえだよ。『騒然たる鎮魂歌』っ!」


 魔王の上半身に音の弾丸が炸裂した。花火のような爆音を響かせて、魔王を害する。

 魔王の動きが停滞した。


「幾ら防御が凄かろうが、音での攻撃には慣れてねえよなあ?」


 魔力解放によって、アレイスト先生は魔王に迫る。そして、そのまま全力で魔王を殴打した。


 魔王は即座に反撃を見舞ったが、その攻撃が捕らえたのは幻であった。


「小癪、ですね。でしたら、全てを真正面から薙ぎ払うのみ、ですね」


 魔王が『不快な微風』を発動した。前面を全て吹き飛ばすほどの火力である。

 だが、そこにアレイスト先生はいなかった。


 魔王の背後に、彼女はいた。


『永遠の歌声』


 魔王が膝から崩れ落ちた。その後頭部に掌を突きつけ、アレイスト先生は呟いた。


『騒然たる鎮魂歌』


 魔王に更に攻撃を放つ。

 先程から先生は一切の詠唱をしていない。まるでゾロア先輩の『世界の言霊』のようである。


 俺が動揺していると、アメリアが意識を取り戻した。彼女はアレイスト先生の様子を見ると、悲しそうに瞳を閉じた。


「アイトさん、あれはアチカー先生の固有魔法ですわ。彼女の属性は音」


 魔王の魔法が起動した。地面から風を生じさせ、アレイスト先生を吹き飛ばす。

 魔王が魔道具を使用して、アレイスト先生の腹に風穴を開けた。


「そして、彼女の魔力特性は……誓約」


 開けられた穴は一瞬の内に、塞がった。


 アレイスト先生が音魔法を発現させる。


「自身の未来。つまりは寿命を代償に、その間行使できたであろう魔法を即座に放てる魔法」


 詠唱を省く魔法。

 その強大な、使い魔や魔王に匹敵する力の代償は、己の命。


「魔王に対抗できているところを見ますに、彼女は全寿命を代償にしていらっしゃるようですわね」


 アレイスト先生の姿が徐々に変わっていく。髪の色に白が混じり始めたのだ。

 身体も少しだけ縮んだように見える。


 あれは、老化しているのだろうか。


「アメリア、俺は行くぞ!」


 まだ俺も参戦すれば、彼女は助かるかもしれない。一刻も早く敵を倒せば、アレイスト先生は死なずに済む。


 そう考えて進もうとする俺を止めたのは、アメリアであった。


「およしなさい」

「どうしてだよ!」

「彼女の能力は先に代償を決めますわ。もう、アチカー先生の死は避けられません」


 ……

 ……嘘だ。


 あんなに元気な人が、死ぬ訳がない。彼女は最強の魔法使いで、最天の師匠だぞ?


 死ぬ訳がない。


 それでも動こうとする俺をアメリアは抑えつけた。


「今のわたくしたちにできることは、怪我をせずにアークロアさんとの戦いに挑むことですわ」

「怪我なんて魔法で幾らでも治せる!」


 そう叫ぶ俺に、アメリアはビンタを放った。


「彼女たちの戦いは、わたくしでさえも足手纏いになりますわ。万が一にも、死ぬ訳にはいきませんの」


 結局、それが全てであった。

 見ると、アメリアも今にも泣いてしまいそうであった。固く固く握り締めた拳からは、血が滴り、強く噛んだせいか唇からも血が溢れている。


 アメリアも悔しいのだ。

 何もできなくて。最高の選択が、全てをアレイスト先生に任せることだと認めることが。


 最強の魔法使いと魔王との戦闘は激化した。地形は最早修復不可能な程に破壊され尽くされ、大気は乱れ、戦闘の余波だけで寄ってくる魔獣たちは消滅した。


「俺は満足だったぜ、てめえら」


 アレイスト先生が吠えるようにそう告げてくる。その声は衰え、掠れていた。


「俺は昔、守れなかった! だのに、今はこうして、守ってやれてる!」


 吐血をしながらも、その笑みは自信に満ちていて、格好良かった。


「まあ、色々言ってやりてえことはある。だが、全部はとても言えねぇなぁ。楽しかったぜ、馬鹿弟子たち」


 音の弾幕が魔王を襲う。身動きの取れなくなった『不快な微風』に、アレイスト先生が魔力解放と音魔法を込めた拳を打ちかます。


 魔王の核は音を立てて、崩壊した。


 決着が付いた。

 俺とアメリアは彼女に駆け寄る。すでに彼女はかなり老化していた。

 白髪、肌はまだ艶やかだがそれでも確かに加齢している。スラリとした体型にも、明確な老いを感じさせた。


「アレイスト先生」

「はっ! アイト・オリ……か。お、い。てめえの師匠は……誰だ?」

「アレイスト先生です!」

「よし、師匠からの忠告だ。もう……クロウリーは、使う、な」


 彼女にしては小さ過ぎる声だった。微かに耳に届く程度で、何を言っているのかもわからなかった。


「ゾロア・アークロア。あの馬鹿、殴って……やれよ」


 そうアレイスト先生は最期に小さく笑って、そのまま亡くなってしまった。

 あんなに騒がしい先生の最期にしては、あまりにも静か過ぎる最期であった。


 枯れ木のような彼女の肉体は、ボロボロに崩れ落ちて、風に吹かれて消えてしまった。

 残されたのは、彼女の服と魔道具。そして、七封の封筒だけである。


 あまりにも呆気ない終わり方に、俺は全力で脱力していた。


 アレイスト先生は死んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ