アレイスト
俺はアレイスト先生の前に立っていた。
彼女はにやけた笑みで、俺を静かに観察していた。その目には一切の敵意は見えない。
「話があります。アレイスト先生」
「何だ? 俺が裏切り者かも知れねえって、やああああっと気付いたかあ?」
俺は構える。
クロウリーを構えた。目の前にいる教師は信じられる人なのか。
それを見定めなくてはならない。
「ふ、しっかし! 無駄足だったな、アイト・オリザキ! 俺は裏切ってない。信じてくれよ。な! 本当だぜ、俺は何にもやってねえ!」
「いや、逆に怪しいわ!」
連呼されると逆に怪しい。
「リリネット・マーチベルク、クロネ・ダリス、ルベルト・フラシュタインに聴いてみろ」
「何をですか?」
「最近、一緒に使い魔をやってんぜっ!」
「あ、なるほど」
容疑が晴れた人物の証言ならば、俺の証言と同レベルの力がある。
「よかった」
目に見えて俺は脱力した。安心した、とも言えよう。俺はアレイスト先生と言うほど交流がある訳ではないのだ。
だからこそ、信じることはできていた。だが、心の底から信じられていた訳ではないのだ。
「本当によかった」
そして、俺は別の意味でも安心していた。アメリアや他の最天でさえも、彼女には明確な警戒を抱いていた。
最天という化け物集団の中においても、彼女という個は警戒に値するのだ。
アメリア曰く、最強の魔法使い。
戦わずに済んだので、それについては助かる。だが、だ。
そうすると、自ずと裏切り者の正体が判明する。
最天ーー七最天ーー全知ゾロア・アークロア。
本当に彼が裏切り者だとは、思っていない。
使い魔と戦い、裏切り者を捜すという作戦には、当然穴が大きい。
間違っている可能性は十分にあるだろう。
そうなっても、他の誰かが裏切り者かもしれないという疑惑を生むだけだが。
「アイト・オリザキ。てめえが今やってる仕事はよ、てめえには一番向いてねえ」
「どうしてですか?」
「てめえは仲間を信頼し過ぎてる。仲間を疑うのはキツイだろう」
図星であった。
「まあ、聴け! 俺はかつて最天だった。七最天の一人だった。そしてよ、残った最天は三人だけだ」
三人。
アレイスト先生とアイザック先生、そして俺の担任の先生だけである。
他の最天は全員死んだという。
「魔王と戦ってな! 四人もやられた」
「魔王?」
「ああ、使い魔は魔法に使われている魔法使いだ。で、魔王は魔法を支配した魔法使いだ」
よくわからないが、最天にも選ばれるような人間が七人がかりで挑んで、四人も仲間を失ったということなのか。
魔王。
恐ろしい存在である。
「泣いたさ。そん中にはよ、俺の恋人までいたんだぜっ!」
「……」
「アイト・オリザキ。俺はもう大事なもんを一度失った。だからよ、もう失うのは嫌なんだ」
かはは、とアレイスト先生は快活に笑い、俺の肩を小突いてきた。彼女は少しだけ寂しそうだった。
「仲間は何よりも大切だ! だから、てめえは信じろ。例え裏切り者だろうとも、信じろ。信じてやれ。それがてめえの最天としての強さだ」
「裏切り者を信じる? そんなことをしたら、他の仲間が危険に晒されるんじゃ」
「それは疑うのはアメリア・エクシスの仕事だろうがよお! てめえは信じて、てめえができることだけしろ!」
アレイスト先生はやはり快活に笑うのをやめない。
「後よ、アイト・オリザキ。てめえ何又かけてんだ!?」
「はあ!?」
「てめえも大概女好きだなあ! まさか、俺も狙ってんのか?」
「そんなわけあるか」
「は、俺彼氏と良いとこまでいってねえから、まだまだ初物だぜえ?」
「知らねえよ」
彼女はスーツの上から自らの肉体に触れていく。その様子は女性的な魅力ではなく、舞台俳優のような魅力を醸し出していた。
「俺ももう三十代だ。行き遅れ、って奴でな!」
「マジかよ。もっと若いかと思ってた」
「肌の手入れは欠かしてねえからなあ!」
「意外ですね」
「はっ! 乙女舐めんなっ! で、てめえの身体の調子はどうよ?」
最近の調子は悪くない。どころか良いくらいである。
「強いて言うなら、魔力解放を時々ミスるくらいですかね」
「ミスんなよ! 最天だろ!?」
「何か調子でなくて。こう身体の外に血管が巻き付くイメージでやってるんですけど」
俺の言葉を聴いて、アレイスト先生が大きく目を見開いた。何言ってるんだ、こいつ。という目である。
「外、だあ!? 普通は内側だろうが。身体の外に魔力があるってか? それが本当だとしたら」
「本当だとしたら?」
「おそらく、てめえだけの技ができる」
俺だけの技?
「面白え。理論は説明してやるよ! 後はてめえで形にしろおお! そうだな。まずはてめえにぴったりな技名をくれてやる」
「名前ですか? ちゃんとしたのにしてくださいよ」
「お前の技の名はーー」
結論だけ言うと、アレイスト先生にネーミングセンスがないことが判明した。




