初級魔法と頼りになる仲間たち
アメリアが唱えた魔法は、『凍土の楔』であった。クロウリーの持っている知識によると、氷の弾丸を生み出す初級魔法である。
小さな氷の杭を作り出し、敵を突き刺す魔法だ。詠唱してまで唱える魔法ではなく、牽制にもストックを使った方が実用的とさえいえる。
攻撃魔法としては最下級の魔法だ。
だが、それはあくまでアメリア以外が使えば、ということに過ぎない。
最天最強の火力を保有するアメリアが使えば、それはつまり必殺と同義であった。
氷山程の氷の杭が誕生した。
「やれ、アメリア!」
軽い動作で崩鎌ビクトリアが振るわれた。直後、氷山が放たれた。
「離せ、『異形』!」
「誰が離すかよ」
魔力解放を全力で行使して、使い魔の動きを封じる。やがて、攻撃は直撃した。
使い魔と『凍土の楔』がぶつかりあった。俺は巻き込まれないように手を離す。
「く、魔法使いが使う初級魔法などに負ける訳には……」
使い魔は必死に耐えようとしているが、無駄である。すでに表層は貫かれ、黒球状態に移行させられていた。
その黒球にも亀裂が生じ、その隙間には無遠慮に氷塊が突き刺さる。
「終わりですわ」
使い魔が悲鳴を上げるが、一度発動した魔法の威力は一切衰えない。
黒球が砕け散った。
「後は隠密の使い魔だけだね」
グリムが確認するかのように言った。俺はお義父さんへと目を向ける。
首は横に振るわれていた。
「まだいる。ここは敵のアジトだ。二体だけで出てくるとは限らねえ」
けれども、もう目的は果たしていた。アメリアがきちんと使い魔を屠れたということは、彼女が裏切り者ではない証拠となる。
「全員、防御できるようにしておけよ」
隠密の使い魔がいる以上、奇襲される可能性はかなり高い。万全の状態で挑まねばならない。
俺たちが気を張っていると、お義父さんが声を荒らげた。
「下だ!」
船が大きく揺れた。今までのゆったりとした動きが嘘だったかのように荒々しい。咄嗟に魔力解放を使わなければ、今頃は海に投げ出されていただろう。
「海の中にいるぞ」
「そんなのどうやって相手すればいいんだよ」
俺が悲鳴にも似た指摘をすると、グリムが応えてくれた。
「こうやって、さ!」
彼は札状に斬り刻んだ自らの魔道具を取り出すと、詠唱を開始した。
『不屈グリム・グレイムが定めよう。困惑の具現。象徴の召喚。煩わしい苦しみをーー』
第二波が船を襲う。その揺れに心を乱さずに、グリムが詠唱を完成させた。
『襲い狂え。百毒の狼』
紫色の狼が現れた。その狼に札を触れさせながら、グリムは命令を下した。
「下の使い魔の足止めをお願い!」
狼が床を透過した。そのような使い方もできるのか。
魔法により生み出された狼は、あらゆる障害を透過して海に潜む使い魔へと襲いかかった。結果は見えないが、攻撃は収まった。
船が速度を上げた。
このまま逃げきれるのだろうか。
「あ、『百毒の狼』がやられた」
「魔杖クロウリー、ストック消費!」
海に魔弾を放つ。少しでも足止めになるといいのだが。
海の使い魔の足止めに専念していると、俺の背後で金属音が響いた。
振り返ると、知らない男が俺に短剣を振るっていたようだ。それをアメリアが鎌で受け止めていた。
「悪いな、アメリア」
「告白以外で口を開いている場合かしら?」
「こんなところで告白はしねえよ!」
ストックを消費して、使い魔を後退りさせる。その隙に魔力解放で床を踏み、前に出た。
『重圧の枷』付きのクロウリーを振り下ろす。この攻撃は使い魔によって受け止められた。
それでいい。
俺の影からアメリアが飛び出した。俺と鍔迫り合いになっている使い魔はなす術もなく、上半身を裁断された。
「『無色の垂れ幕』を侮るなよ」
使い魔が姿を消した。隠密能力の使い魔であろう。姿が見えないのならば、攻撃方法は一つだけだ。
このチームでそれが可能なのは一頭しかいない。お義父さんにアイコンタクトを送る。
彼はそれに頷いて、大樹を作り出した。
敵は瞬間移動の能力ではない。姿が見えないだけで、いなくなったわけではないのだ。
だからこそのノータイムでの面攻撃だ。
お義父さんの攻撃は命中し、使い魔が吹き飛ばされた。追撃を仕掛けようと一歩進むと、そこに石弾が撃ち込まれた。
「また、別の使い魔かよ」
石弾を放った敵の方向を睨みつける。見えないが、大体の位置はわかる。仕掛けるかと考え始めた時、一人の男が動いていた。
「ぼくは酔っているんだ。これ以上船を揺らさないでくれるかい?」
石弾の使い魔がいるらしき場所の背後に立ち、メイガスが剣を振り落とす。
使い魔の小さな悲鳴が上がった。
「ナイスだ、メイガス!」
「ふ、それ程でもあるね」
使い魔は海に落ちたようで、ぼちゃんという鈍い落下音が奏でられた。
一つ脅威が減った。まだ倒せてはいないが。
石弾の使い魔によって、船には穴が開けられていた。その穴はお義父さんが植物を操って、どうにか塞ぐ。
「折崎。船が沈まないように植物を使う必要がある。戦線から外れるぞ」
「わかりました」
お義父さんが戦線から離脱したため、サポートの手が減る。今でさえ、結構ギリギリのところで耐えている調子だというのに。
俺はちらりと会長を見る。
彼女はまだ戦えないようだ。それも仕方がないとはいえ、少々もどかしい。
俺たちは全員、船上戦は初めてなのだから、いつどのようなミスが起きるのかもわからない。
空からの攻撃は、グリムが冷静に無効化していく。その背後ではフランソワさんが魔法と魔石で牽制を行っている。
アメリアは使い魔に魔法を放ち、数を減らそうとしていた。
メイガスは船の上ではなく、『断空者の拒絶』で空中戦を挑んでいた。
俺は海中の使い魔を抑えている。手が足りない。船は徐々に学校に近づいているが、辿り着く前に全滅もありえる。
こうなったら、船の修繕は全てお義父さんに任せて、俺も戦闘に加わろうか。
そう決意したとき、海中の使い魔が船に攻撃を仕掛けた。
船が急激に傾ぐ。
それによって、アメリアが船外へと投げ出された。
「アメーー」
「お姉さま!」
会長の鎖鎌の分銅が射出されて、空中でアメリアの体をキャッチした。
「助かりましたわ」
「……え。お姉さまがあたしに。そんなことを」
会長がアメリアを船上に丁寧に降ろした。その瞳は、先程とは打って変わって闘志に満ち溢れていた。
「おっしゃああああ! 来いや、使い魔共! あたしとお姉さまの愛の力見せてやるわ」
「……アイトさん、この方はどなたですの?」
お前の友達だよ。




