『血の雨に』
あらすじにも書いたのですが、この作品という名の散文は、キャラクター二人を使って、ゴーストについて僕なりに考えてみたものです。ここでいうゴーストとは、攻殻機動隊で扱われたあのゴーストであって、幽霊という訳ではないです。
血の雨が降っている。
一人佇むのは骸骨の死神で、彼あるいは彼女の右手の人差し指には、様々な鍵のついた輪っかが引っ掛けられていて、左手には大振りの鎌を握っている。
僕は近づいて行って疑問を吹きかけた。
「如何にしてあなたはそこに存在している?」
「……なに?」
「生物学的に考えて、肉体を持たない骸骨が動ける訳がない。哲学的に考えて、これは僕の仮説だが、複雑な思考回路を持たないモノが意思を持つとは考え難い」
「確かに、骨格のみでの運動はこの世界の法則に反しているのかもしれない。それは否定しないが、魂、あるいは意識を宿すために知性が必要であるとする根拠は?」
「……例えば、ロボットにゴーストが宿るという話は、技術水準が今よりも飛躍したという仮定のもとで成り立っているのだろう。複雑な回路が意識を持ち、プログラムに無い行為を可能とする」
「君の言うゴーストとは、個を特定し得るもの。あるいは、哲学用語としての意識や心のことを差すのか?」
「そんなところだ」
「そうか。ただ、君が言ったことは論理だ。根拠とは言えない。そもそも、伝達経路の有無などがゴーストを宿すことに関係しているということを大前提としている時点で、君の思考は限定されてしまっている」
「なに?」
「こう考えることもできないか?つまり、ゴーストは森羅万象に宿り得る、と」
「………………」
僕は暫し黙した。必死に否定材料を探すために。
そんな僕を律儀に待つこの骸骨は、本当に死神なのだろうか。
「……もしあなたの言う通りだとすると、現代のロボットでもゴーストを宿しているということか?ならば何故、彼らは己の意志を我々に伝えないのか」
「可能性があると言ったんだ。それに、ゴーストが宿ったからと言って、明確な意志を持つとは限らない。また、現代の機械にはその表現方法がないというのもその理由だろう」
「どういうことだ?」
「例えば、いくら自動処理型の機械と言えど、現代ではまだプログラムに縛られてしまっている。君の言うような、先進的な技術によるゴーストの獲得というものは、“らしさ”があることが判断に関与しているのだろう。喜んでいるように見える、悲しんでいるように見える、感情を持っているように見える。つまりは彼らにとって表現の自由の幅が広がったということだ。だが、ゴーストの有無はそれには関係しない。ゴーストを有していても感情を出力することができないだけなのかもしれないだろう。主観的観点によってのみ判断を行える我々のような存在にとって、他の出力無しにそいつの内を探ることはできない。違うか?」
「……異論は見当たらないな。ただ、主観的観点によってのみ判断が行われるというのは…………。ん?」
ここで、ふと違和感を覚えた。後で考えれば、死神が確認作業を行った、ということに無意識に反応したのかもしれないが、その時はもっと表面的なことが気にかかった。
「我々のような存在……。まさか、あなたも?」
「そうだが」
「はは、思い込みってのは厄介だな。あなたは真実を知っているのかと思っていたよ」
「我々に真実を知る術はない。あったとしても、それを確かめることはできないだろう。結局は懐疑論的にしか思考できないということだ」
「そうかもしれないが、それは短絡的すぎるんじゃないか?」
「だが、複雑なものだけが真実ではない」
「なるほど。……僕は勉強不足のようだ。また今度、議論したいものだな」
僕がそう言った瞬間、死神は消えた。忽然と、あたかも初めから存在していなかったかのように。
深紅の雨は、透明な水滴に変わっていた。
死神くん(ちゃん?)ちょっとズルいですよね。相手には根拠を訊いておいて、自分はそれを示さないんですから。
でもまぁ、死神くん(ちゃん?)は別に人間くんの考えを否定している訳ではないので。一応補足しておきます。