トリップ ~宙からあなたに~
~現実 「宙からあなたに」~
ピコーン。
機械音で目が覚める。どうやら、私は眠っていたようだ。そして、けだるさが残る。
普通に眠るだけじゃ何かが物足りない。いや、これが普通なんだ。私はそう思う事にした。睡眠薬も使わない。安定剤も使わない。
私は私でいたいから。だから私は一切のその手の薬を使わないと決めた。健忘が怖いわけじゃない。あの時みたいに「エンジェルミスト」に魅せられて精錬したりもしない。もう、戻らないと決めたんだから。
ピコーン。機械音。
パソコンでは新着メールをこの機械音で知らしてくれている。
件名は「宙からあなたに」であった。
「あなたも飛んでみたいと思いませんか?陸からの呪縛から抜け、宙に」
そう。あのサイトの管理人から送られてきたメールだ。
内容は
「あなたはメンバーに認められました。会費として五万円を下記口座にお振込み下さい。
振り込みが確認されましたら、エンジェルミスト十回分の0.01mgを送付致します。口座に振り込み後はこのメールに送付先を記載して、返信下さい」
であった。
振込先は企業になっている。
『カ』エンジェルミスト研究所』
そんな会社があるのかは知らない。そして、これだけだと相手が片岡かどうかもわからない。私は五万円という金額を見ながら榊さんはこの金額を払って「エンジェルミスト」を手に入れたのが解った。
そしてもう一つ。普通なら気にならない
「0.01mg」
これは偶然なのだろうか?それとも、故意にこの量なのだろうか?
私はこの「0.01mg」の数字が怖かった。夢の中で見ていた続きを思い出した。そう、あたるが0.003mgを使用した後の事を。もう戻れないのかも知れない。記憶は楽しかった時のまででループさせたい。でも、それは大きな力が最後まで思い出させようとしている。
奥深くに沈めた、私ですら覚えていない記憶でさえも。まるでそれが贖罪であるかのように私を連れ去っていくんだ。より深く、よりもっと深く私に何かを刻み込んでいくんだ。罪という意識とともに。
~回想 あたる~
あたるがトリップをするために準備をしている。横ではまだ、片岡は毛布に包まっている。ただ、片岡の顔はどこか遠くをみているままだ、。そう、恍惚としているんだ。
一体0.003mgには何があると言うんだ。試してみたい。いや、綾瀬のことがもうちょっと知りたい。こういう形でないと聞く勇気すら持てない。不思議なものだ。私はそう思いながら、注射器を取り出した。0.003mgを入れる。
「あたる。ホントにいいんだな」
私はそう言った。あたるが自己を主張する。今までそんな事をを見たことがない。このサークル、エンジェルミストでも私以外とはめったに話したがらない。あたるは人との接し方が上手くない。いや、それは仕方ないことなのかも知れない。だから不安だった。もしかしたら、言葉にしていないだけで私に不満があったのでは。それとも、このサークルにも不満があるのでは。あたるの気持ちが知りたい。私はどこかにその思いがあった。気がついたら、あたるに注射していた。あたるはひょっとしたら私の事をうらんでいるのではないのか?私はたまにそう思う事があった。理由はわからない。けれどそう思ってしまうんだ。あたるの目が何かを伝えようとしている。ここ最近特にそれを感じるからだ。けれど、どうやって聞いたらいいんだ。
ここには、綾瀬もいる。片岡も震えているが聞いているだろう。うかつには質問できない。聞きたいと思っていても、考えないといけないんだ。私は時計を見ていた。十分が過ぎた。
「あたる?」
震え始めた。覚醒の時なのだろう。私は話しかけようとしたその時、あたるは叫びながら立ち上がった。
「やめろ!!」
手を払いのけて暴れ始める。片岡があたるを抑えた。
「おい、どうしたっていうんだ」
片岡が叫ぶ。綾瀬は冷静だ。いや、ビデオを回している。そして、綾瀬が優しく話しかけた。
「だれに何されたの?」
綾瀬のその声は優しかった。その優しさを私はどこかで知っているのかも知れないと思った。また、私はあたるよりも綾瀬を見てしまっていた。違う。私はそう自分に言い聞かせてあたるを見た。あたるは暴れている。
片岡も、綾瀬もこんなあたるは見たことがないはずだ。私以外にはいつも気を使って、いやおびえてからに閉じこもっているから。でも、一体あたるは何を思い出しているんだ。あたるはゆっくりと話し出した。
「母さんが、母さんが殺されそうなんだ。借金を作って出て行ったんじゃないんだ。母さんは殺されそうになって、逃げていったんだ。僕をおいて」
一体何のこと言ってるんだ。私が知っているあたるの過去は違っているのだろうか。私は自分があたるにどう思われているのかなんてふっとんだ。
「あたるのかあさんは誰に殺されそうになったんだ?」
私はそう聞いた。あたるから返ってきた言葉は私を納得させるものだった。
「僕の本当の父さん。母さんが再婚をしたのを知って、お金を要求しにきたんだ。はじめは相手にしなかったけれど、再婚をつぶすといわれて、仕方なく。でも、額が大きくなりすぎて、母さんは出て行ったんだ。母さんは自分が出て行く事で、僕を救ってくれたんだ。でも、誰もそうは思ってくれなかったっ、、、僕は母さんを守れなかった」
確かに不思議ではあった。あたるの母親がどうして蒸発をしたのか。私は一人であたるの過去の秘密を理解していた。そろそろ片岡が覚醒した時間に近づいてきている。だが、あたるの痙攣は止まらない。目の焦点も合ってこない。あたるは痙攣をしだして吐き出した。
「これ、やばくない?」
綾瀬がそう言い出した。あたるの顔色がどんどん蒼白になっていく。
「これ、救急車呼んだほうがいいんじゃなのか?」
片岡はそういい出した。確かにあきらかにあたるの様子はおかしい。私たちは救急車を呼ぶことに決めた。そのことで学校にこのトリップサークル「エンジェルミスト」が発覚してしまった。そう、このときに解散をしておけばよかったのだ。今となってはどうしようもないことだが。助けて欲しい。
誰か、この時の私を止めて欲しい。
私は何かに救いを求めた。受け止めてくれたのは、ひたひたとやってきた現実だけだった。
~現実 うたかた~
「0.01mg」
私にとって、いや私たちにとって、特別な数字だ。だからこそ、こんなにも昔の事を思い出すのだろうか。私は目の前の「宙からあなたへ」のメールの画面を見ながらそう思う事にした。そして、株式会社エンジェルミスト研究所をgoogleで検索してみた。だが、そんなサイトは見つからなかった。唯一繋がるサイトは私が書いているブログだ。これだとまるで私がサイトを運営しているみたいだ。それとも、私は自分の知らないところで何かをしているのだろうか?念のためブログを見てみる。私が管理しているサイトからはこの得体の知れないエンジェルミスト研究所へのサイトのリンクはない。当たり前だ。用意されたサイトでハッキングなんてありえない。私は笑ってみた。いや、本当は恐れていた。私は私の知らないところで、「エンジェルミスト」をつくっているのではないか。ひょっとしたらこの手には無数の注射針の後があってそれを見ないようにしているだけなのではないのか。バカな事だ。自分の記憶はトリップなんかしていない。
そう、記憶が飛ぶなんて事はお酒を飲んでも、疲れていてもありえない。
唯一あったのは、唯一記憶がないのはそう、エンジェルミストを使った「あの」時くらいだ。そう、それがあんな結末になるなんて思ってもいなかったが。
世界がまたぐにゃりと曲がっていく。ああ、私はまだあの世界を、エンジェルミストの世界を求めているのかも知れない。私は深く、深く光を求めて落ちていった。




