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トリップ  作者: ミナセ。
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トリップ ~榊~

~現実 榊~

お茶を飲みながら、榊さんは徐々に落ち着いてきた。何かの分量が間違っているのだ。私には解らない。いや、むしろあの苦しみがないのならば、ある意味に成功なのかもしれない。だが、あの苦しみは一つの衝動でもある。どうやってもあの苦しみは裂けられないものなのだから。だとしたら、一分間じゃなくもっと短い時間のトリップなのかもしれない。それならばありえる。何かの分量が少なくて、心停止が一分に至っていない。ただ、仮死状態だからこそ近い感覚は得られるのかも知れない。だが、この「エンジェルミスト」は明らかに「覚醒」するときに問題がある。脈拍を測ってみたが、特に異常は見られない。それとも、榊さんは他の何かの薬を常用しているのだろうか?その場合は違った状況であるかも知れない。いや、その可能性は極めて高いだろう。「綾瀬」も安定剤を飲んでいた。でも、大きな変化はなかった。ただ、覚醒の時の苦しみが私たちより少し少なかったかも知れない。私は目の前にあるこの見知らぬ「エンジェルミスト」の分析がしたくなった。いや、それよりもこれがあの片岡が作ったものならば、止めないといけない。誰もあんなことを望んでいなかったんだから。私の深い瞑想は榊さんの言葉でかき消されていった。

「あ~落ち着いた。でも、あの光にさらわれる感じ。そして、優しい声。確かにトリップだね。何か、はまる人の気持ちが解るわ」

榊さんはどうやらあの世界に魅せられたのかも知れない。それだけ、この世界に嫌気があるのだろうか。だが、この様子だと特に問題はないみたいだ。0.001mgで使用している限りは。私はまた日々の繰り返しにどっぷりはまることに決めた。そう、私はもう逃げないって決めたんだ。そうでないと意味がない。あの時を過ごした全てに対して。だからこそ気になる。あのサイト。エンジェルミストを販売しているサイトを調べよう。それにあの見出し。

「陸からの呪縛から抜け、宙(そら)に」

これは、私が管理していたあのサークルに反感を抱いて離れていった、片岡を思い出させる。いや、あれは私の思い違いだった。だが、確かに片岡には悪いことをしたと思っている。その謝罪をすることはなかった。あの時以降私は片岡と接点をもてなかった。恨みからなのか。それとも、まだあの光に魅せられているのか。今すぐ知りたい。いや、私は知らないといけないのかも知れない。今起こっていることを。これはあの時何も出来なかった全てへの後始末なのかもしれない。会社のパソコンで調べたい衝動もあったが、さすがに後が残るのがいやだった。

早く調べたい。けれど、そんなに早く仕事は終わらない。私は早めに仕事を終わらせようと頑張っていた。

「ねぇ、大原くんは私がこんなもの使いたいって気にならないの?」

榊さんが話しかけてきた。確かに気にならないといえばウソになる。だが、それよりも私はあの「エンジェルミスト」のサイトのほうが気になる。

「気になりますけれど、聞いてもどうも出来ないですから」

私はそれとなく答えた。でも、榊さんの話は止まらなかった。多分、誰かに聞いて欲しかったのだろう。辛さを抱えている人はそういうものだ。私も「エンジェルミスト」を立ち上げて、一回だけの投与だけで終わった人から色んな話しを聞いた。なんで「エンジェルミスト」なんかでトリップをしたいのか。

来る人はたいてい同じだった。辛いけれど、誰かに何とかして欲しい。いつか誰かがきて世界を変えてくれるんだ。でも、辛いから、どうにかして欲しいから。逃げたいから。だから「エンジェルミスト」で違う世界にトリップしたかったんだ。私が黙っていたからか、榊さんは話を続けてきた。

「あのね、知っていると思うけれど、私夜働いていたの。でも、そろそろ夜卒業して、昼職つこうって思ったの。その時、ここの社長から声がかかったの。私、バカだったの。住んでいるところもそのままで、買い物癖もそのままで、昼の給与じゃやっていけない。気がついたら、社長から愛人契約を結ばないかって言われた。ここの社長キライじゃないわよ。お金使いもすごかったし。わがままを今まで聞いてくれてたし。でも、実際続いていると、逃げ出したいの。でも、でも、どこに逃げたら良いのかも解らない。私、どうしたらいい?」

余裕のない人はいつもこうだ。だれかにいつも答えを求める。そして、その正解が違っていたら、相手を嫌悪する。楽なんだ。自分で決めないから。いや、自分で責任を持たなくていいから。だから、占いがはやるのかも知れない。誰かに未来を、自分を決めて欲しいから。決定付けてもらえたらその通り進めばいいだけだから。上手く行かなかったら、その決定した人を非難すればいい。あの時、私は「エンジェルミスト」に魅せられて本当に戻って来られなかったら。あのままあの光の向こうに逝ってしまっていたら。私はどうしていただろう。多分何も、誰も恨まなかった。私は逃げているようで、どこかで理解していたのかもしれない。いや、本当に理解をしていたらあんな結果になんてならなかった。私は過去の自分だったら、榊さんのこの相談を、いや相談ですらない。ただの愚痴を聞き流していただけかもしれない。そう、他人の人生だから私は干渉しないと決めていたから。それに、榊さんの運命に立ち向かうのは私でない。榊さんだから。私は色々な思いを胸に語りだした。

「榊さん。だったらすべて、捨ててみたらどうですか?住んでいるところも変えて、プライドも捨てて。でも、変わるってそういう事だと思いますよ。自分の半身をもぎとられる。それくらいの痛みと違和感が付きまとわないと何も変わりません。そのエンジェルミストで確かに『トリップ』は出来るかも知れません。でも、それじゃ何も変わらないんです。そう、変えられないんです」

私は自分で言いながら、まるで昔の自分に言い聞かせているみたいだった。そう、私は結局気がついていたにも関わらず、何も出来なかったんだ。何一つ変えられなかった。

オフィスの傍らで固まっている榊さんがいる。真実を突きつけられたら人はイヤなものだ。夢から無理矢理覚めさせられるのと同じ、エンジェルミストからの覚醒と同じ。

多分、榊さんはまたエンジェルミストを使用するだろう。そして、繰り返す。私には何も出来ない。そう、あの時と同じに。


「すまなかった」


私の悲痛な声はただ、闇に消えて言っただけ。そう、それだけだ。


私の頭の中に、あの時のことがフラッシュバックする。その思いを消すためにもくもくと働く。そう、今の私には慰めも必要じゃない。ただ、現実の世界で何かがおこるかなんて変な期待もせずにただ繰り返していくだけ。でも、この繰り返しが続くということは幸せなんだ。何も起きない、平和な日々。単調な日々。明日おきても予想が出来る明日。それこそが幸せなんだ。私はそう思うことにしている。ただ、目の前の仕事を片付けることだけに専念して。

仕事を終わらせて家に帰る。家についてすぐにパソコンに電源を入れる。そして、控えていたアドレスを入力する。

青い空と、光をモチーフにしたトップ。エンジェルミストでトリップした時に見る世界に良く似ている。そう、誰もが同じく光の存在をそこで知る。まるで、その神のような、また、母のような光。けれど、このサイトには「エンジェルミスト」の手に入れ方はどこにも書かれていない。それどころか、私のブログサイトのリンクもはってある。一体ナゼ?そして、サイトに「会員になりませんか?」とある。それと、オフ会の知らせ。いったいどうやって、榊さんは「エンジェルミスト」を手に入れられたのだろう?私はとりあえず、会員になるためのページを開いた。そこに書くことは氏名や、連絡先ではなかった。

なぜ「エンジェルミスト」を使いたいかという項目だった。こういう審査をしているのか?確かに私も聞いた事はある。けれど、理由なんて人それぞれ。

いじめ、失恋、暴力、失望感、興味本位。

様々だ。

誰もが現状のどこかに不満を持っている。そんな世の中だ。違う世界をのぞいてみたい。

そう思う人も多いはずだ。私は当たり障りのない事を書いた。だが、返事はすぐに来ない。どうやら、組織じゃなく、個人で行っているサイトなのかもしれない。私は即席で作ったフリーメールを何度か見たがメールは返ってこなかった。携帯にメールが入る。母親からだ。

「郵便物届いたかい?」

そうだ、「綾瀬」から手紙が来ているはず。

私は郵便受けを見た。封筒が入っている。

開けると中にもう一つ封筒。差出人は「綾瀬ひかる」だ。中を開けてみる。


「みんなあれからどうしているのかな?あれから三年たったから、ちょっとは大人になったのかな?それともトリップで逝ってしまったとか?とりあえず、次の日曜。十一月二十七日に大学で会おうよ。全員そろうよね。来なかったらのろうわよ」


ハイテンションな綾瀬だ。確かにあのことがあってから、どうしてという思いはある。二十七日。後ニ日だ。それに、三年前にあのことがあったのも十一月二十七日だ。偶然なのか?それとも何かあるのか?とりあえず、明日、あたると会おう。そして、もう一つ「あれ」も探しに行こう。やはりサークルの常連に送っているのならば片岡も来るのだろうか。私は少しの不安を覚えた。

一体どんな同窓会になるんだ。四人だけの同窓会。確かにはじめの時が一番良かったのかも知れない。まだ0.002gしか使っていないあの頃が。

私はまだ仲良かった時を思い出した。





~回想 片岡~


「よく考えたらこのサークル。ほとんどこの四人が常連だよな。このエンジェルミストにはまったのは。でも、どうして俺だけ0.001mgなんだ?」

片岡が不服そうに話していた。私が誤って0.002mgの使用をしてから、私も、あたるも、綾瀬も0.002mgを使用していた。健忘が確かに怖い。だが、慣れてくると覚醒時に見る夢で自分が何をしているのかが、解るようになった。

ある意味、この現実とエンジェルミストでの世界との間にいる時も、心地よい。

だが、やはり全てを把握できるわけでもなく、部分的にしか記憶は残せない。

そう、どこかで何をしているのかわからない自分がいる。だからこそ、0.002mgを使うのなら安心できる相手がいい。

いつも思っていたことは、この記憶があやふやになるのに、綾瀬はいつも一緒にいることが不思議だった。

「怖くないの?」

あたると二人で聞いたら、綾瀬はこう答えた。

「怖くないわよ。だって、あなたたち明らかに安全って感じだもの。それにあなたたちって狼にはなれそうにないし。それにね」

 綾瀬はそう言って私を見つめた。あたるも私を見ていた。その空気が何かを伝えていたのかも知れないけれど、私には何も解らなかった。私がきょとんとしていると綾瀬はくすってわらった。その笑顔が印象的だった。

いかにも若者って感じの綾瀬が私とあたるとつるむ理由は良く解らなかった。そう、この時は。でも、綾瀬と話していて私は楽しかった。どうして、エンジェルミストを使いたいのかは知らなかったが。

「いつか話せたら話して欲しい」

そう思っていたけれど、なかなか聞くタイミングが持てなかった。

だが、私は片岡が少し怖かった。身長も有る、体も筋肉質。ただ、その筋肉の上にうっすら脂肪がついている。そう、スポーツをしていた人がやめたときに太る感じの体系だ。おそらく何かのスポーツをしていたのだろう。そんな体格の人間が記憶を飛ばして動く。意識もない。正直怖かった。だが、確かにこの常連になりつつある片岡は0.002mgへのチャレンジを求めていた。

「いいんじゃないの」

けだるそうに綾瀬が言った。一番不安だったのは片岡が綾瀬に何かするのではないかということだった。だが、この時、片岡に「0.002mg」の「エンジェルミスト」を使用したことで、私は片岡という人間を垣間見る事が出来た。健忘の時、片岡は叫んでいた。

「お前もか、お前もなのか」

ずっと叫んでいた。何が起こったのか解らなかった。唖然とする私に綾瀬は冷静に話しかけてきた。

「きっと強がっているけれど、裏切られて人間不信になっているのよ」

ここにいる四人はお互い過去を知らない。そして、私はそんな過去なんかどうでもいいと思っている。一人だけ知っている人物がいる。そうあたるの過去だけだ。

あたるの家庭はちょっと複雑だ。まだ、あたるが小さい頃、あたるの父親は蒸発。

その後母親が再婚。次の父親は優しかった。だが、借金を作って蒸発。したのは実の母親のほうだった。今まで辛かったこと、我慢していたことが爆発したのだろう。

そういう、うわさだけが広がっていた。当人がいない中、うわさだけが先行。そして、残されたあたるは針のむしろだった。家にいたくない。でも、行く場所がないあたると私は良く遅くまで遊んだものだ。あの場所で。

そう、0.002mgのエンジェルミストは確かに戻ってくる時の苦痛は安らぐ。けれど、覚醒時にどうしても不安が残る。そう、ふわふわした気持ちで、どことなく地に足が着いていない状態。

それに、私にだけは覚醒時に恐怖があった。いや、誰も言わないだけなのかも知れない。あの夢の世界から強制的に抜け出る時に来る恐怖。黒い得体の知れないものに引っ張られるあの恐怖。私にはその黒い恐怖に包まれてもがいている時に現実に近い状態に戻ってくる。そして、ふわふわ感があって、徐々に意識がはっきりしてくる。

いつも最後には現実に帰って来たいと思っていた。そう、私はあの黒い恐怖から逃げていた。今もそうだ。逃げたい。だが、足が動かない。光だけが遠くに、かすかにある。

そこが出口なのか?そして、音がする。

どこからともなく。ひたひたとそれはいつもやって来るんだ。


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