トリップ ~トリップ~
~トリップ~
世界がぐるぐる回る。光の奥の世界。
「ちーちゃん」がいる。くすりと笑うちーちゃん。
「また会えたね。もうこっちの世界には来ないのかと思っていた」
優しく笑うちーちゃんがいる。いつまでもこの世界にいてはいけない。もう、私はこの世界に来ることを辞めたんだ。
「ゴメンね、ちーちゃん」
私はそう言った。一瞬に世界が変わった。
私は木に登っていた。見慣れた世界。そう、ここは大学の研究棟。そして、かつて病気の解明で一人の患者がここにいた。。そこにいたのが「ちーちゃん」だった。私もあたるもそんなことは知らなかった。ただ、知っていたのはこの場所から「ちーちゃん」を助けたかった。だから、窓から連れ出そうとした。
でも、「ちーちゃん」の差し出した手が届かなかった。そう、私は飛びついてきた「ちーちゃん」をつかめなかったんだ。
「陸はその後どうしたの?」
どこからか声が聞こえる。聞いたことのある声だ。誰だかわからない。でも、私は知っているこの声を。
私は怖かった。どうにかしたかった。窓によじ登ったんだ。ちーちゃんのいたベッドがあった。メモ用紙があった。私は手紙を書いたんだ。
『私は先に光の世界に行ってくるね。
もし寂しくなったらいつでもいってね
私はいつでも近くにいるから ちーちゃん』
そう、私が書いたんだ。
「陸、陸・・・」
あたるの声がする。そう、私はあせっていた。窓から手を伸ばして木をつかもうとした。そう、私が落ちたんだ。
「あたる、ちーちゃんに伝えてほしい『ごめんね』って」
そう、これは私のセリフだったんだ。
「でも、陸はこの後家に閉じ込められたんだよね」
どこからか声が聞こえる。
その声とともに世界が変わる。そこは病室だった。気が付いたら父親がいた。ものすごい形相をしていた。怒りで、悲しみで震えていた。
「お前はなんて事をしたんだ」
解らなかった。いや、わかっていた。そう、私がちーちゃんの名前で手紙を書いたからだ。自分がしたことなのに、他人に罪を着せたこと。それがこの父親は許せなかったんだ。どうしてすぐにわかったんだ。
「陸、だって僕らは間違えていたんだ。ホントは『ちーちゃん』じゃなかったんだ。『ひーちゃん』だったんだよ。彼女の名前は『ひかる』だったんだよ」
一瞬、わからなかった。だから、父親は私のを罰していたのか。私が忘れたふりをしていると思って。どうして私は忘れていたのだろう。いや、記憶をすり替えて、ロックをして、私は自分を壊れないように保ってきたんだ。
「じゃあ、『ひーちゃん』はどうなったんだ」
私はあの後からあの場所にいけなかった。
家の中で監視をされて、繰り返しを待っていた。
「大丈夫だよ、ひーちゃんは怒っていない。ちゃんと陸をうけとめたじゃない」
光の世界が優しく受け止めてくれた。もう、こんな感じを受けるなんてないと思っていた。まだこの場所にいたい。私はそう思っていた。けれど、感覚で解る。この連れ戻される感じ。水面が近くに見える感じ。あの奥に行けば、息が出来る。まるで、水の中で覚えている感じに近い。遠くに光が見える。
足元にも光が見える。でも、もう大丈夫。あの頃に戻るなんてしないんだから。
だって、もう意識がなくなって、気が付いたら大事な人を忘れているなんて、大事な人が目の前にいないなんていう思いをしたくない。ありがとう「ひーちゃん」
私はそういって水面を目指した。
~現実 覚醒~
気が付いたら、ソファだった。簡易で点滴がささっていた。元々用意していたんだろう。ここはいったい。なぜこんなことに。目の前には綾瀬がいる。
「陸、思い出して欲しかった。いいえ、気が付いて欲しかった。私もあたるもきがついているのに、陸だけが思い出してくれないから」
白いワンピースがきれいだった。この声、この笑顔。どうして忘れていたんだろう。
綾瀬、いや『ひーちゃん』がそこにいた。
「ごめん。記憶にロックをかけていたみたいだ。でも、気が付いたよ。もう大事な人を失いたくないって。目を覚ました時に大事な人がどこにいるのかわからないのももう、いやなんだ」
私は手に刺さっている点滴を見ていた。綾瀬がビタミン剤を点滴してくれたらしい。
そういえば、前にもこういう風景があったのをどこかで覚えている。
「綾瀬、もし私の記憶違いじゃなかったら、前にもこういうことがあったような気がする」
私はもう一つだけもやがかかっている記憶があることを思い出した。そう、綾瀬とトリップしたあの後の記憶だ。覚えているようで、まるで遠くから自分をみていたかのような、テレビの番組を見ているような記憶がある。
「そうよ。陸が『エンジェルミスト』の分量を私にだけ少なくしたのだから」
~回想 綾瀬~
目が覚めた。光の中にいた。私も、陸も、あたるもいた。その世界で十分だった。陸は見たことない黒いスーツの人に連れ去られた。もう、どこにいるのかわからない。
私も病気が奇跡的になおったから、この場所を離れた。
『もし何かあったらこの場所で会おうね』
あたるにそう伝えた。あたるだけはこの場所を覚えていてくれる。でも、私は陸に覚えていて欲しい。それから私も大人になった。
色んな思いを受けた。傷つき、壊れていた。そんな中で陸と再会した。
うれしかった。けれど、陸は私を覚えていない。いや、陸は何かにおびえていた。私を死んだものとして親から刷り込まれているってあたるからきいた。
そう、罪の意識から記憶のすり替えが起きている。私のかかりつけの精神科医も教えてくれた。ゆっくり、その人を受け止めたら記憶は戻るかも知れない。でも、再会は遅すぎたのかも知れない。私は夢だけを見ているわけにはいかない。私にはもう抱えるべき、守るべきものがあるから。
でも、それも壊れてしまった。
だから、光の世界の中で陸と一緒に逝きたかった。けれど、戻ってきてしまった。
陸も戻ってくるのかな。目の前の陸を見てみる。心停止のままだった。おかしい、すでに心停止じゃなく、覚醒を待っているだけのはずなのに。私はジャケットのポケットから携帯を取り出した。手紙が落ちる。
「綾瀬へ
先に目を覚ましているだろう。
これは私のエゴなのかもしれない。
綾瀬には笑顔で今という世界を
これからという世界を生きて欲しい。
私は目を覚ましても、覚まさなくても
綾瀬の近くで
見守っているから
大原 陸」
何これ。陸、わかっているの。私はあなたと一緒がいいの。もう取り残されるのなんていやなの。
「あたる、助けて」
私は気が付いたら携帯で電話をしていた。
実習でした心臓マッサージをしていた。人工呼吸も。陸、戻ってきて。お願いだから。
私はどこか壊れそうだった。病院へ搬送された。
「適切な処置があったため一命は取り留めました。けれど、記憶をつかさどる部分に一部損傷があります。一部過去の記憶がなくなっている可能性があります。何かの刺激で思い出すことはあるかもしれませんが、現状では覚悟をしておいて下さい」
医師の説明を聞きながら私は現実を受け止めたくなかった。陸はそれから目を覚ました。うつろな表情な陸は何を言っても反応がなかった。
「陸、片岡が禁断症状になって、暴れた上飛び降り自殺したんだって」
「陸、話があるの。私ね、赤ちゃんできたのよ。陸がパパよ。ほら見て。おそろいの指輪よ。陸の分もあるんだから。つけるね。」
何をいっても反応がなかった。ただ、反応があったのは陸の家族だった。
「あなたのことは調べさせていただきました。済みませんがこのお金で、陸とは別れて下さい」
前にもこのセリフを聞いた。私はどうしていつもダメなのかな。陸、助けてよ。お願い。でも、陸の心はまだ戻ってこなかった。そう、こんな状態の陸に子供なんて誰が面倒をみるんだということをいって来た。しかも、過去問題を起こした相手だとさらに体裁がわるいと言われた。
だから、お金なのね。また、お金なのね。
私は泣いた。いっぱい陸の手のひらで泣いた。でも陸は戻ってこなかった。どこかで伝わっていると信じていた。
「あたる、お願いがあるの」
私はそういって一つだけビデオを渡した。ビデオの中に全てを託して。私は陸の元を離れた。指輪は陸が隠したところをずっと探していた。そして、そこにあった指輪の代わりに二つの指輪を置いた。陸が、気が付いてくれると信じて。それから、6ヶ月して陸が覚醒をしたことをしった。そして、私は子供に「海」と名をつけた。今度はちゃんと産んであげられたよ。
~現実 綾瀬とあたる そして陸~
点滴がなくなる頃には落ち着いていた。
自分の知らないところで色んなことが起きていたことを知った。私は一体何をして、何を見てきたのだろう。
「綾瀬、ほんとに悪かった。でも、綾瀬にだけは生きていて欲しかった。もし、こんな私でも良かったらもう一度受け止めてくれるかな?」
私は自分でもすごく勝手な事をいっているのを解っていた。だけどとめられなかった。
この想いを。
「ねえ、陸、気が付いていた?」
綾瀬は優しく話してくれる、けれど、それは予想していた答えじゃなかった。
「あたるが私の事を好きだったこと」
私はあたるを見た。見たことないあたるの表情だった。私は気が付いていなかった。私は色んなものを忘れて、都合のいいように記憶をすり変えていた。でも、あたるはすべてを受け止めてきていた。今更私が綾瀬に何かをいうのは勝手すぎるのではないのか。
私はあたるを見た。あたるは目をそむける。
「ねぇ、あたる。お願いがあるの。そのビデオを陸に見せて欲しいの」
一瞬沈黙があった。何かこのビデオに隠されているのだろうか。あたるがビデオテープを差し出してきた。そして、もう一つ。懐かしいあのビデオを綾瀬が差し出してくれた。
私はゆっくりビデオテープをセットして再生ボタンを押した。
画面が揺れて、あの私が持っていたビデオの後が映っていた。綾瀬はやはりキレイだった。綾瀬がゆっくりと話し出す。
「ねえ、陸。ずっと言いたかったんだけれど、私あの時の「ちーちゃん」だよ。
気が付いていなかったでしょ。
もし、戻ってこられたらあの時の話しもしたいね。
なんか、変なの。もう戻って来られないかもってわかっているのに、こんなこといって。
もっと早くいえたらよかったな。
私も陸も不器用だから。でも、だから私、陸のこと好きだったんだろうな。
前に好きになった人も陸に似ていたから好きになったんだしね。
以上、綾瀬ひかるでした」
画面が切れる。そして、また画面が付いた。
そこには私が病室で寝ている風景が写っていた。
「陸、私は今日でこの病室にこられなくなります。理由は私じゃダメだって、陸の父親に言われたから。私ってそんなにダメなのかな。でも、私諦めない。もし陸がちゃんと戻ってきたら、そして、それでも私をうけとめてくれるのなら、11月27日に大学のあの場所に来て欲しい。私、陸が来るまで何年も待つから。」
ビデオはそれで終わっていた。
その様子を見て綾瀬がゆっくり話し出してきた。
「私、陸がきてくれると思っていた。でも、陸はこなかった。解らなくなった。毎年その場所にいるのはあたるだった。私はあたるがビデオは全部二人で埋めたって言っていたから掘り返したの。場所は思い出の場所だからすぐにわかった。そしたら2本足りなかった。1本は陸が持っていると思った。もう1本はあたるが持っているのじゃないかって思った。だって、あたるはあんな変なサイトまで作って陸を閉じ込めていたんだから。だから、今年は同窓会をするって手紙をおくったの。今年陸が私を受け止めてくれなかったら
もう諦めようって思っていたから。ねえ。陸さっきのセリフもう一度言って」
綾瀬は泣いていた。
「もし、こんな私でも良かったらもう一度受け止めてくれるかな?」
私も泣いていた。
遠回りしたけれど、私はようやく光の世界にたどり着いたのかもしれない。力いっぱいに綾瀬を抱きしめた。
~エピローグ~
ブログを閉じた。
もう、この先を誰かに聞くこともない。
それと「エンジェルミスト」のサイトも閉じられていた。あたるが閉じてくれたからだ。
あたるはエンジェルミストを利用していた人に関して今カウンセリングをしている。
お互い笑い会える仲に戻れた。罪の意識を持って接していたあたるは楽になれたといってくれた。
光に満ち溢れた世界って以外と近くにあるものなのかもしれない。私の目の前に「綾瀬ひかる」と「海」がいる。この世界だけで十分だ。エンジェルミストなんてもうなくても十分に。
-了-




