トリップ ~過去への扉~
~現実 過去への扉~
記憶の渦から呼び戻された。そう、手にある感触が記憶と違ったからだ。この場所に指輪が二つあった。どうしてだ。私は取り出した指輪を見ていた。一つはあの時綾瀬が私に渡した指輪だと思う。多分そうだと思う。自信はないがそうだと思った。
もう一つは、その指輪と対をなしそうな感じ。一回り以上も大きい。
「男物だよな」
私は気がついたら独り言を言いながら自分の指にはめて確かめていた。ちょうど自分のサイズだった。私は不安になって帰っていった。そう、あの時のままに走り出した。気がついたら忌み嫌っていた実家にたどり着いていた。
実家は閑静な住宅街にある。石垣のある周りを歩いて門のところに来た段階で気がついた。どうしてここにいるのだろうということに。だが、戻ろうとしたときに声を変えられた。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
紺のブレザーを着た、少し背の低い女の子がそこにいた。不思議そうに私を見ている。
その目はくるんとした大きな目だった。少し小さな唇がびっくりしたのか閉じられずにあいたままになっていた。
妹の亜弓だ。義理の父と母親との間に生まれた妹。ちょうど今高校生だ。部活か何かをしていたのだろう。大きな鞄を重そうに抱えていた。あのことがあってから実家には寄らないようにしていた。私が唯一できることはそれくらいしか思いつかなかったからだ。
だからこそ、いきなり何も言わないで実家にやってきた私を妹がびっくりしたのだろう。私は妹に向けてこう言った。
「ああ、ちょっと近くまで来たから。でも、もう帰るよ」
実家にはどことなく居場所がない。他人の家より他人っぽいからだ。実家に帰っても、自分の部屋に閉じこもるだけ。自分の部屋。
まだ残っているのだろうか。
私はふと残っているのならば、ビデオデッキがほしいと思った。あれがあれば、この手に残っている、戻せなかったビデオがもう一度だけ見ることが出来る。だが、実家に入るのはどうも抵抗がある。あのことがあってから、父親は私には触れようとしない。それはある意味の救いなのかもしれない。気になったから、妹に聞いてみた。
「なぁ、亜弓さ。お兄ちゃんの部屋にあったビデオデッキってまだ残っているかな?」
一瞬、妹は悩んでいた。多分私の部屋になんて入らないのだろう。それとも、出来損ないの兄のようになるなとか家で言われているのかもしれない。なんか自分のいなくなった実家の家族団らんを想像するとちょっと不思議だけれど面白かった。想像していると妹が答えてくれた。
「あ、確かまだあるはずよ。もう、お兄ちゃんの部屋はお母さんが使っているのね。部屋をちょっと改造するときに確か動かしたはずよ。まだあるのなら離れの納戸にあるんじゃない。じゃ、私宿題あるから先に家に入っているね」
妹はそういって家に入っていった。離れにあるのならば、家族に会わなくてももって帰れそうだ。私は納戸に向かった。
母屋から少し離れた所に納戸はある。石段を上がると古い木造2階建ての納戸がある。捨てるのもどうか悩むものや先祖が残したものがしまわれている。ひょっとしたらお宝の掛け軸や壷が出てくるかも知れないが、父親は興味すら持たなかったらしく、子供の頃からこの納戸には鍵をかけていなかった。あの時から月日は経っていたが同じく木で出来て、取っ手部分が黒い鉄で出来た扉には鍵はかかっていなかった。私はぎしぎしと音を立てながら納戸の扉を開けた。中はほこりが充満していた。そういえば、今日は学校といい、納戸といいほこりに縁があるな。そう思いながら、電気をつけた。
目に付いたのは大きな棚だった。
そういえば、この家に着たばかりもこの納戸によく来ていた。深く、より深く記憶の海に身を沈めていった。心地よく、深く。
~回想 深い記憶 はじまり~
「なんかすごい広い」
この屋敷に来たのは幼稚園児のときだった。いや、小学校に入学するかどうかの時だったはずだ。そう、小学校はこの屋敷から行ってたからだ。それまで、私はこんな庭がある家なんて見たことがなかった。アパートに母親と二人でいた。この家に来たとき私は自分のおかれている環境なんてまだわかっていなかった。いや、ただ、この目の前にいる人に嫌われたら、またあの暮らしに戻ることだけはわかっていた。だから、すごく目の前にいる人の前では「いい子供」を演じないといけないことはわかっていた。だから、はしゃぐなんてこともなく、じっとおとなしくしていた。自分の気持ちを抑える。いや、自分に言い聞かせていた。
そんな子供もいやなものだ。だから、納戸に隠れるようにおやつを食べていた。粗相があってはダメだと思っていたからいつも隠れるようにしていた。お菓子もこぼれないようにこっそり。ずっとおとなしい自分でいているのが辛かった。
新しい父親と呼ばれる人の理想の子供を演じ続けないとまたあの前の生活に戻される。そう思っていたからこそ、どこかに自由が欲しかった。
どこか走り回りたい。いや、何も気を使わないでありのままでいたい。いつしか納戸も怖い場所になった。誰かに見られるかも知れない。
家から少し離れたところにある森までいっていた。そう、そこであたると出逢ったんだ。いや、もう一人私はそこで出逢っている。白い服、黒く長い髪の子。顔が思い出せない。彼女はその森からみえる建物にいた。
私も、あたるも少し年上っぽくみえるその子の話をいつも聞いていた。こことは違う世界があって、その世界は光に満ち溢れている。その世界はみんなを受け止めてくれるって。
そう、光のその世界をずっと夢見ていたんだ。私も、あたるも、そして、その女の子も。私たちは毎日、この場所で話し合った。
解っていた。
みんな何かを抱えている。同じような背丈。この小さな体で多くのものを抱えている。だからいつも思っていた。こことは違う世界を夢見ていた。ああ、あの時から光あるれる世界を求めていたのかも。「エンジェルミスト」を作りたいって思ったのはこの時がキッカケだったのかも、しれない。
「痛い」
痛みとともに私は強制的に現実に連れ戻された。ひたひたと後ろをただ歩くだけじゃない。現実は私の肩をぐいっと引っ張るように強引に戻すんだ。この世界は私がいる場所じゃないって。
~現実 納戸にて~
「痛い」
物を考えながら、いや、遠い過去にトリップしながら探していたら、足を何かにぶつけた。
そこには探していたビデオデッキがあった。持ち帰るには少し大きかったが、もう一度あのビデオを見てみたい。その衝動のほうが大きかった。私は手に持ちながら、そこに落ちていた一つの手紙を見つけた。そう、あの時、私宛にあの白い服の女の子確か名前は「ちーちゃん」だったはずだ。そう、ちーちゃんが書いてくれたものだ。
手紙にはこう書かれていた。
『私は先に光の世界に行ってくるね。もし寂しくなったらいつでもいってね。私はいつでも近くにいるから ちーちゃん』
そう、この手紙の後にちーちゃんはいなくなった。そう、そんな記憶が残っている。
ただ、約束していた。もし再会するのなら、あの森の、あの木のところで。そこを私たち三人の秘密にしよう。
『どうしてもつらくなったら、あの場所で再会しましょう』
そう、約束したんだった。
思い出した。あたるがどうしてあの場所にビデオテープを埋めようとしたのか。あの場所は私にもあたるにも忘れることが出来ない場所なのだから。
ただ、私はあれからあの場所へは行かなかった。いや、行けなかった。行きたかったけれどそう、行けなかったんだ。
それに、どこかでわかっていた。ちーちゃんはもういないってことを。
どうしてかはわからない。けれど、そう思っていたからあの場所にはいけなかったんだ。
私はどうしてこんな大事なことを思い出せなかったんだろう。わからない。けれど、あの場所はあたるにとっても特別だったはず。だから、この「エンジェルミスト」という秘密もあそこに埋めたかったのかもしれない。
私はそう思いながらビデオデッキを持ってタクシーに乗った。そう、この手に持っているビデオを見たかったからだ。綾瀬に会う前に、もう一度だけ。
家について、ビデオデッキをテレビに接続した。このビデオは私と綾瀬した最期のトリップだ。いや、正確には最期のトリップ前の映像。私はビデオを見る前に記憶にダイブした。
~回想 戻れない選択~
綾瀬とラブホに行った日。私は自分の気持ちを言いそうになっていた。
「綾瀬に恋をしている」
という事実を。けれど、一歩踏み出せなかった。どこかで嫌われたくなかった。いや、無理やり押し倒してじゃなく、綾瀬の気持ちを知ってからが良かった。だから、私はこの日何も出来なかったんだ。ただ、そんな風になんて私と綾瀬が二人でラブホから出たところを見たら思わないだろう。そう、他人から見たら。ラブホから出て、私と綾瀬は学校に向かった。
「綾瀬、ちょっと待っていてね」
夜の校舎は少しだけどこか懐かしかった。倉庫に忍び込んで指輪を隠した。そこに隠していたあたるの分の「エンジェルミスト」を取り出した。それともう一つ。ここにおいてあって未使用の注射針も持ち出した。変わりに綾瀬から預かった指輪をここに入れた。
倉庫を見渡してみた。この倉庫から機材や薬品はなくなっている。けれど、そのほかは何も手をつけられていなかった。ずさんな管理だな。私はそう思った。窓を開けて、木に飛び移った。そして、そのまま木を伝って塀近くまでいった。
一旦外に出てから綾瀬がいるところを目指そうと思った。もう結構、綾瀬を待たしている。走ってその場所に向かった。けれど、そこにいたのは綾瀬じゃなく片岡だった。
「な、なんで片岡がここに?」
私は不思議に思った。
「ふん、なんで俺だけのけものなんだ。お前ら二人はラブホでいちゃいちゃしやがってよ。ま、だから俺も同じ恩恵をうけたったわけさ。でも、なんかあんな傷だらけの体じゃあんまり燃えないわな」
そういって片岡は消えていった。一瞬頭が真っ白になった。綾瀬はいったい。
「綾瀬、綾瀬」
私は不安な思いから叫んでいた。森の奥から声が聞こえてきた。
「陸?陸なの?」
細く、震えている声が聞こえた。
「綾瀬、どこにいるの?」
私は声のするほうに行こうとした。すると綾瀬から
「来ないで、大丈夫だから」と返ってきた。
見られたくないだろう。でも、この理由は私にもある。ラブホから出たときに注意をしなかったこと。綾瀬をこんなところで一人待たせていたこと。私に出来ることなんて少ないのかもしれない。私は
「綾瀬、シャツをここにおいていくから良かったら使って。じゃ、明日連絡するよ」
というのが精一杯だった。
次の日綾瀬は学校に来なかった。




