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トリップ  作者: ミナセ。
12/17

トリップ ~深い記憶の中~

~回想 深い記憶の中~


「誰かいるの?」


あの目に見えたくぼみに隠れるように泣いている子供がいた。どこか見覚えがある風景。見覚えのある子供。いや、見覚えがあるのは当たり前だ。泣いているのは私だ。そして、その横にはあたるがいる。

そう、私とあたるはよくこの場所で、この大学の校外にある森でふたりで家に帰らずに隠れていたんだ。いや、二人だっただろうか。思い出せない。覚えているのは、あの時の私、あのときのあたる。

どうしても覚えていないんだ。なんか記憶にすごくもやがかかっている。父親から虐待を受けていた。それは覚えている。よく、あたるとこの場所で泣いていた、そのも覚えている。いや、笑っていた。この場所はそういう場所だった。

それも少しだけだが、何かあったことを覚えている。だが、何か思い出そうとすると私は何かがそれを妨げる。

ある程度の過去になると記憶が曖昧になる。いや、どこかでロックがかかっている。

これ以上は思い出してはいけないということを。いや、私はどこかでこの記憶の先を見た記憶がある。そうだ、エンジェルミストを使ったときの光の先。そう、その時ここにいたはずだ。


深い、深い記憶の中。閉じ込めた記憶。光の中で手を伸ばした。何かをつかむために。一体何を。何かが聞こえてくる。聞きなれた声だ。そう、覚えている。私はこの場所を、この声を。そして、知っている。後もう少しだけ光の中へいきたい。誰かが私を呼び戻す。ああ、もう現実に戻されえる時なんだな。そうひたひたとまた足音が聞こえるからだ。

~現実 足りないビデオ~


「陸、手伝ってよ」


あたるに言われて私はトリップから戻ってきた。たしかにあたるに言われてから気がついた。私はトリップが激しいかもしれない。それに、記憶が吹っ飛ぶのかもしれない。いや、違う。多分どこかで私は今を受け止めていないのかも知れない。そういうものだ。私はもう過去には、あの頃の私には戻らないと決めたんだ。しっかりしないと。私はそう自分に言い聞かせた。


「ああ、ごめん。やるよ。それと、あたる、思い出したよ。この場所。昔よくあたるとふたりでここにいたよな。あの時ふたりだけだっけ?」


私はシャベルで穴を掘りながらあたるに話しかけた。だが、あたるの手が一瞬止まった。一瞬かも知れない。でも、空気が凍った気がした。少しの沈黙の後、あたるが話し出した。


「僕も陸みたいになりたいな。でも、僕は陸になれないし、片岡にも、綾瀬にもなれないものね。ま、あの時に比べたら強くなれたよ」


あたるはそういって、また穴を掘り始めた。少しすると鉄の箱が出てきた。その中を開けると中身がすべてなくなっていた。その代わりに手紙が入っていた。


「この中にビデオが2つ足りなかった。十一月にニ七日に持ってきて」


とだけ書かれていた。


一瞬あたるとふたりで固まってしまった。


「あたる。この場所知っているの二人だけだよな」


不安な私の声がただ響いていった。でも、私は1つだけしかこの中からビデオは抜いていない。2つ足りないということは私の知らないビデオがもう一本あるということだ。ということは私が持っているビデオには続きが撮られているのもがあったのか。見てみたい。でも、誰が抜き取ったんだ。

私はあたるの顔を覗き込んでみた。蒼白だった。ビデオがないからなのか。それともこの手紙におもいあたることがあるのか。明らかに何か違和感があった。けれど、それが何かわからなかった。ただ、ふたりして言えたこと。それは明日何かが起きるということだけだった。

あたると気がついたら分かれていた。いや、私は一人になりたかった。そう、もう一つ回収しておきたいものがあるからだ。私はもう一度倉庫に向かった。



ほこりが充満しているこの倉庫はどうやらあの時を境に誰も使わないようにしていたらしい。それなのに鍵が変わっていない。不思議なものだ。まるで目を閉じたらあの時に戻れるみたいだ。

私は少し懐かしく綾瀬の特等席であったソファーに座ってみた。すこし姿勢悪く座る綾瀬にはこの倉庫は、いや私たちが過ごした部室はこう見えていたんだ。

私はそう思いながら薬品棚の奥に手を伸ばした。そう、この棚は中敷があって、奥に少しだけスペースが出来ている。私は綾瀬とホテルに行ったその日にここに隠したんだ

そうあれを。


~回想 分岐点~


「陸もお風呂はいってくる?」


綾瀬がそう言いながらベッドに寝転がりながら撮っていたビデオを再生していた。多分独りで見たいんだろう、いや、確認したいのかもしれない。私はそう思ったから、アワアワになった湯船につかろうと決めた。そういえば、綾瀬は私になにを聞いたんだろう。

ふと、思った。

「エンジェルミスト」の作り方なのだろうか。なにを聞かれたのかなんて0.002mgの時と違って何も思い出せない。シャワーを浴びて外に出ようとした。


「はい、陸バスタオル。ってか、先にバスタオルとか確認してから入ってよね」


綾瀬がバスタオルを投げてきた。そのときの綾瀬の顔はいつになくかわいかった。心臓のドキドキだけが私を埋め尽くしていった。単にのぼせているだけなんて思えないくらいに。手を伸ばして綾瀬を抱きしめそうになった。でも、その伸びる手は綾瀬の発せられた言葉が私を凍らせたんだ。


「陸は私のあのこと知ったんだよね」


私は綾瀬が触れられたくなかったところに触れてしまったのかもしれない。なんて返事していいかわからなかった。知りたかったんだ。綾瀬がなんで「エンジェルミスト」を使うのか、なんで「リスカ」をしているのか。確かにこんな形で聞くことは間違っていたかもしれない。

でも、知りたかったんだ。もっと綾瀬のことを。でも、口から出た言葉はただ


「ごめん」


だけだった。そんな饒舌になんて話せない。思いなんてすべて言葉に出来たら苦労なんてしない。いや、すべて言葉になってしまったら多分人となんて接することなんて出来ないかもしれない。私はただ、頭の中がぐるぐる回っていた。


「いや、別に謝らなくていいよ。いつか陸には話せたらって思っていたから。聞いてこなかったからね」


綾瀬はそういいながら、かばんから錠剤を取り出した。


「安定剤」


綾瀬は飲み込みながら話し出した。昔付き合っていた彼氏のこと。彼氏との間に子供を授かったこと。彼氏に子供が出来たことを話そうとしたら、彼氏から先に別れ話を出されたこと。別れの理由は浮気相手に子供が出来たこと。ただ、その彼氏が金持ちだったため、お金ですべてを解決されたこと。それから、男性が信用できなくなって、何度も付き合っては

「子供が出来たの」

と言って相手の男をあわてさせてお金をもらうようになったということ。このビデオもそのお金で買ったということ。


「最低でしょ、私」


綾瀬はふるえながら、泣きながら話していた。私は、そっと綾瀬の横に座った。


「最低じゃないよ。それにもう自分を責めないで。そのはじめの男性を忘れられないんでしょ」


私は不思議と思ったことが口に出せた。いや、考えた言葉じゃない。いつもは考えてから、頭の中で何度もリピートしてから話していた。特に綾瀬には。でも、このときは、不思議となぜそう思ったのかわからないけれど、口からそう出たんだ。


「陸、案外人みてるのね。忘れられないのかも。だから、このネックレスにずっとつけているもの」


そういいながら、胸につけているネックレスを綾瀬は見せてくれた。そこには指輪がぶら下がっていた。


「これ、その彼が私にくれたものなの。なんか初めてバイトして、自分で稼いだお金で買ってくれたの。ホントかどうかはわからないけれどね。でも、私にとっては宝物だったわ。ずっと捨てられなかった。ねえ、陸。私なんか今日陸にはなしたら少し楽になれたわ。これ、私の代わりに預かっててもらえないかな」


綾瀬はそういって指輪を投げてきた。


「え?」


なんだか複雑だった。綾瀬のものだけれど、持ち続けたくない。私はそう思ったから部室の隠し場所にこの指輪をそっとしまったんだ。そう、立ち入り禁止になっていたこの部室に夜中忍び込んだんだ。校外にある木を登って、塀に登って、校内の木に飛び移って。そして、隔離病棟から屋上に上がって、屋上を歩いていく。そして、あの倉庫がある窓の近くに木に飛び移った。

まるで初めてじゃないみたいにスムーズにいけた。木登りなんてもう長いことしていないのに。そう、あの頃以来。あの頃はいつだったかな。もうそれすらも曖昧な記憶になってきている。けれど確かにあの時も同じようにこうやって木をよじ登っていたのを覚えている。

私はいつもの倉庫に忍び込んで、指輪をそっとしまった。その代わりにそこにおいていた違うものを取り出したんだ。

 そう、それは私が取り損ねていたものだったから。私は手を伸ばした。感覚が違う。求めていたものと。ひたひたとやってくる現実は違って、強烈に戻された。この現実に。

 そう、まるでエンジェルミストを使った後に、現実に強制的に戻されるみたいに。

 どれだけ手を伸ばしてもあの光には戻れない。そう、過去に戻れないのと同じように。

 私は手に触れた違和感がそこにあった。

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