トリップ ~ブログ~
~現実 ブログ~
大学へ行く準備をしながら、ブログを見ていた。どんな時でも見てしまう。ネット中毒。いや、誰かが私を知ってくれている。それだけで安心が出来るんだ。それに、書き込みがあるってことはまだ見捨てられていないということ。私はどこかで誰かに見捨てられるのが怖いんだ。根拠のない不安。けれど、目に見えないからこそ見えるものを欲しくなってしまう。コメントならば目に見えるから。だが、訪問者の中で一人いびつな人がいる。そう、書き込みの中で一人だけ違う人物がいる。
ゲストの名は
「:Re」
はじめはエンジェルミストの精製方法を聞いてきたが、最近はちょっと変わってきている。
「0.003mg以上してみたいって思わなかったの?」
こんな感じの書き込みだ。
「機会があったらね」
なんて、レスを書いて済ました。そう、このゲストは何かを知っているのではと思うコメントが多いのだ。ひょっとしたら誰かなのかも知れない。いや、あの得体の知れない「エンジェルミスト研究所」の人か、あそこのヘビーユーザーなのかも知れない。ゲストならありえる話だ。私は怖くなってパソコンの電源を落とした。全てが一瞬で吹っ切れる。ネットのよさであり、怖さでもある。
私は大学へ向かった。
久しぶりの大学。郊外にあるこの大学は実家の近くでもある。レンガ造りの赤い塀。白い壁。そして、その周りを取り囲むように木々が聳え立っている。駅に着いてからその光景は目に付く。どこか懐かしく、けれどどうしてもここには脚が向かなかった。
大学に向かう途中にあの時綾瀬が住んでいたマンションがあった。4階建てのマンション。つくりは古いのか壁は汚れてきていた。
いつの間にか綾瀬はこのマンションからいなくなっていた。そして、私もこの場所を立ち去っていた。私たちがいなくなったというのに、景色だけは何も変わっていなかった。
いや、変わっていないのは私なのかも知れない。この変わらない景色を見ているとあの頃を思い出すからだ。それも鮮明に。目を閉じたらまるであのマンションから綾瀬が出て切るのではと思ってしまうくらい。この景色を見て更に思う。私はあの綾瀬と行ったラブホの前にだけ戻りたいということを。
あの後にあんなことが起きるなんて思っていなかったのだから。
~回想 0.003mg」
ラブホテル。気になっている綾瀬といきなりこんなところにいる。しかも二人っきり。
ドキドキしすぎてどうしていいかも解らない。そう、踏み込みたいのに、何も出来ないんだ。ただ、黙々と0.003mgの準備をしていた。いや、そうすることが楽だったのかも知れない。こんなところに、ラブホテルに二人でいるんだ。何かしたっていいんじゃないのか。
いや、信用してくれているからこういうことになっているんじゃないのか。その信用を裏切るのか。私は色んな思いでぐるぐるしていた。ただ、こうぐるぐるしているところを綾瀬に知られたくなかった。私は精一杯の強がりで言葉を発した。
「トリップする?」
私は綾瀬を見ながらそう話した。ビデオのセットも終わって準備的には何も問題はない。けれど、綾瀬の口から出た言葉は違ったものだった。
「つまんない」
そういって私が座っているソファーのところに綾瀬がやってきた。一瞬綾瀬のなんともいえない匂いが近づいた。さっき大学にいたときには感じなかったのに。不思議だった。なんていう香水をつけているのかは知らない。ただ、解ることは自分の自制心と恐怖心とよく解らない感情が押し寄せてきたことだった。何かが壊れそう。いや、心臓が破裂しそうだ。何かしなきゃ。どうにかしなきゃ。私はそういう思いからどこか逃げ出したかった。
「カラオケでも歌う」
この空気に耐えられなくてテレビの近くにあるカラオケの冊子を取りに行った。
テレビをつける。AVビデオが流れる。焦ってテレビの電源を消した。
「ふふふ、陸って面白いね。まぁ、じゃあ何か歌おうか~」
そういって、綾瀬は曲を入れた。
浜崎あゆみの曲だったが、何の曲かはわからなかった。ただ、聞いたことがあるノリのいい曲だった。そして、次に大塚愛。いつも綾瀬が歌う感じの曲じゃない。私はいつもと違うという事にしか気がつけなかった。
「イェーイ」
騒いだ後に、綾瀬が
「じゃ、御願い。0.003mg。でも、変な事しないでね~」
と言ってベットに寝転がった。
その一言が何もしなくてよかったと思った。私は自分でもどうしたいのかすらわからなかった。ただ、今の関係を壊したくない。その想いが一番強かった。私はエンジェルミストを用意をした。何回も、何回もトリップをさせてきたのに、どうしてかうまくいかない。0.003mgを注射器で吸い上げ、生理食塩水を混ぜる。空気を抜いて、消毒液を浸した脱脂綿をつかむ。何度も、何度もしてきたことだ。いつもの通り冷静にすれば大丈夫。そう言い聞かせていた。
「なんか寝転がりながらだといつもと違うからドキドキするね」
綾瀬がそういってきた。私は今日、ここに、ラブホに来てからずっとドキドキしている。もう、まともな思考なんてしてくれていない。私はなんだか見透かされている感じがした。いや、そういう思いすらもてないくらいドキドキしていた。もう、心臓が壊れるのじゃないのかというくらい、いや、ほかの音が聞こえないくらいドキドキしていた。私はたった一言だけをようやく言えた。
「そうだね」
なんだかぎこちなく私は綾瀬に近寄った。そして、綾瀬にエンジェルミスト0.003mgを注射した。うっとりと眠りだす綾瀬を見ながらそっと近づいてみた。
「ふふふ」
一瞬笑ってから綾瀬はトリップしたように見えた。私はビデオの録画の前に一瞬だけ綾瀬の唇に触れてみた。唇で。
一瞬、綾瀬が動いたように見えた。私はドキドキしながら、ビデオの電源を入れた。
時間を計る。もうそろそろトリップから戻ってくるはず。今までの綾瀬を考えると
「お金」
が絡んでいる。質問は考えないといけない。それに、ビデオもとっている。考えている時、それは始まった。
「なんで、私はダメなの。だからって、こんなお金なんて私はこれだけの存在なの?」
綾瀬が叫びだした。私は怖かった。だが、聞いてしまった。
「何のお金なの?」
泣いている綾瀬。よほど思い出したくない事が出てきているんだろう。
「手切れ金これで別れてくれって言われた。浮気した相手に子供が出来たから。じゃ、私のおなかにいる子はなんなの。なんでそっちは、産めて、私はダメなのねぇ、どうして。どうしてよ」
綾瀬はつかみかかって来た。錯乱してきている。私は前と同じように綾瀬を抱きしめた。強く、強く。
「大丈夫だよ。ダメじゃないから。私がいるから」
私は綾瀬に優しく語りかけた。でも、綾瀬の震えは止まらなかった。
「だから、こんな私なんていらないごめんね。ちゃんと産んであげれなくて選んで貰えなくてだから私、許して貰いたくていっぱい、いっぱい傷つけたゎ。ほら、見て」
そういって、綾瀬は着ていた服を脱ぎ捨てた。腕だけじゃなく、いたるところに傷跡があった。
「もう、いいよ。もう、いいよ」
私は薄い毛布で綾瀬をつつんだ。そして、優しく抱きしめた。何も出来ない。自分は非力な存在だって思った。この辛さを私はどうにかできるのだろうか。でも、何もできなくても、何も残せなくても、綾瀬に何かをしたいって思った。
「うぅ、、、」
うめき声がしてきた。そろそろ覚醒時だ。
あたるの時のこともある。大丈夫なのだろうか。私はおそるおそる綾瀬の顔を眺めた。
「気持ち悪い。ちょっと横にならせて。ってか、なんで私、服着てないの。陸、まさか脱がした?」
そういう、綾瀬にビデオを巻き戻して見せた。綾瀬は少し前のトリップしていたときの自分を見ながら話し出した。
「そうなんだ。でも、聞いて陸。光の向こう側に行ってきたよ。なんかすごく良かった。まるでおとぎの国みたいよ。全てが輝いているの」
目を輝かせながら綾瀬はそういった。ただ、この時の声は弱々しかったが。しばらくして綾瀬は落ち着いてきたみたいだ。
「次、陸するでしょ。ちょっとまってね」
そういって、綾瀬はベットから出た。どうやら、アメニティーグッズの確認と、湯船にお湯を張っているみたいだ。
「私、広いお風呂好きなの。家だとどうしても狭いからホテルに来るとアワアワにしてゆっくり入りたいの。ま、陸がトリップしたらすぐに入るの。陸がトリップから戻ってくるときには戻ってくるからね」
綾瀬はそういっていた。すごく楽しそうな顔をしている。そして、私は0.003mgを注射した。トリップ前の心地よさ。そして、声がどこからか聞こえてくる。この声に聞き覚えがある。あぁ、そうだ。あの時と同じで、大学に私は来ていたんだった。




