49.猫には
その時、また扉が開いた。そこにはメガネの姿。走るように歩いてきたメガネは部屋に入ると、部屋の棚を開き、何かを取り出している。手があいたというわけでは、なさそうだ。
それでも、私は相手に詰め寄る。
「この机の下のネズミはなんですか?」
「実験用ラットです。」
メガネは、顔も上げずに短く答える。
「あの、私さっきスイッチ押したんです。そしたら・・・」
メガネは一瞬だけ手を止めた。しかし、平然と返す。
「そうゆう実験ですから。」
そして、もう話は終わったとばかりに立ち去ろうとする。私はその後ろ姿に食い下がった。
「猫でも可能ですか?猫と・・人でも・・・」
「・・・・・。」
メガネは立ち止まり、少しだけ顔をこちらに向けた。
「猫に、人の脳は動かせませんでした。」
彼はそう言い残し、今度こそ飛ぶように歩いていってしまう。
「ちょっ、それって・・・・・。」
メガネの姿はもう見えない・・・というより、なんだ今のは。“動かせませんでした。”なんで完了系なの?
とにかく、さっきの看護師が言っていた、一般病棟にいるメガネの身内に、話しを聞くことは出来ないだろうか。そう思って、私は部屋を何気なく見渡した。
そういえば、私がここに入った時、まず花が無いなと無意識に思った、こんな花の以前にコーヒーを置くスペースも確保出来なさそうな部屋で。
思い浮かんだのはメガネの母、黒峰さん、花を手に、息子に会いに来たと微笑んでいた。息子の職場に訪ねるのは過保護な親だからと考えるにしても、花を持って行くのはおかしい、あのメガネに差し入れるのなら、もっと別のものだろう。この部屋を見る限り、彼には必要ないし、現に無い。
じゃあ、あの花は誰のために?
―――お兄ちゃんが来て喜んでいただけ、
浮かんできたのは私が黒峰家の庭の前で、クロについて謝った時の黒峰さんの言葉。そしてもう一つ、道案内をしてくれたおばあちゃんの言葉を思い出す。
―――黒峰さんとこにも、あんたくらいの息子さんがいたわ。
あの言葉がもし、メガネでは無い、別の人をさしていたとしたら・・・・・・?




