第8話
薄れていく砂ぼこりの中には大太刀を上段へと構えている信長が見えた。
その身体にはダメージの痕など見えない、それは登録証の持つ機能がU・AというVRMMOの世界と変わらないせいだろうか。
とはいえ、この世界では残りのHPの量などは見えない。
もし見えたのなら信長の体力も後少し、一撃分有るか無いかぐらいだろう。
U・Aでは戦技を使うごとに体力を、魔術を使うごとに魔力を消耗していく。
ただ例外として、特技は体力か魔力かで別れ、中にはどちらも消費する特技から、しない特技まで数多く存在する。
それらの技や術は熟練度が上がるごとに威力や範囲を向上し、発動までの時間短縮や体力魔力の消費量を減らしていく。
ただし幾つかだけ、初期から体力魔力の消費量が変わらない技や術がある。
その内の1つ、反撃系の技は自身の体力の何割かを消費する。
元々の消費量からして、そこまで高くはないが体力が高ければその分だけ消費量が増えていく。
ああ、失敗した。
信長は幾つかの技を使っていた、それもふまえた上で体力を削りきれたと思っていたが、どうやら甘かったようだ。
煉爪舞を当てきったと思っていたことが甘かった。
あのとき、一撃の威力を上げる為に踏み込んだせいだ。踏み込みの為に力んだ一瞬の隙を使って信長は体勢を立て直したのだろう。
武芸者の特技には一定時間のダメージを無効にするものがある。
メリット以上にデメリットが大きい特技だが、特技後の長い硬直時間に俺は何もしなかった。
上段に構えていた大太刀は振り下ろされ、反応の遅れた俺は避けきれる訳もなく左肩を根元からごっそりと切られてしまった。
痛いっ、声にならない悲鳴を上げ、身体に痛みが走った。
気を失いそうな痛みの中で見えたのは追撃に入ろうとしている信長の姿。
恐怖を感じた。痛みのせいで左手がまともに動かない、U・Aでの疑似痛覚はこれほどまでの痛みを再現しなかった。
今、俺を動かしているのは次に来るだろう痛みへの恐怖だけだった。
切られる前に影抜きを使って攻撃を避け、必死に前へと転がって距離をとった。
これもまた、悪手だった。
もう信長の体力も残り少ないはずだったのに。
後ろを振り返れば、こちらを向こうとする信長と、あまりにも離れ過ぎた距離。
双剣ではすぐに対応ができない距離だった。
あと一撃、あと一撃だけ。
今の距離は8メイルはある、信長にはこの距離でも使える技があるが俺には……
そんな事を考えていたら、何時の間にか俺の剣が信長に刺さっていた。
身体を貫いた先に見える剣は何故か雷を纏っている。
俺が知る双剣の技ではない。
8メイルもの距離を一瞬で詰めて、武器に雷を纏う技。
もし、当てはまるとしたら。
先ほど信長に使われた、雷突ぐらいだろうか。
ちらりと見た左腕はちゃんと俺の身体に繋がっていた。
また、新しい疑問を1つ残しながらも、信長が消えていく。
今の攻撃で体力を削りきれたのだろう、薄れていく信長の身体の中には剣の串刺しになっている覚えのあるカードが見えた。
そう、剣の串刺しになった。
誰の目にも明らかに壊れている、俺の冒険者登録証が見えた。
確かにU・Aの仕様とは違う事ばかりとはいえ、これは無いだろう……
目の前には剣の串刺しになっているU・A時代の俺の登録証。
登録証を持った時にも他の道具と同様に使い方の知識が頭に浮かんできた。
他にも、今覚えている技の一覧も見れたのに。この世界でも役立ちそうな機能もたくさんあったのに。
U・Aで倒した魔物こそ登録されていなかったが、魔物、魔獣の登録機能もありハードックさんと狩りに行った時に見たグレイウルフは新たに登録されていた。
使い方が分かっていた機能だけでも間違いなく重宝されたはずだったカード型の道具は、自重に耐えきれずに2つに割れた。
小さな音をたて、地面に落ちた登録証は真ん中から割れている。
頭の中、真っ白だよ。もう……
遠くからパチパチと拍手する様な音が聞こえてきた。
そういえば、イリーナがいたな。
そう思ってこの広場へ来る道、イリーナが座っていた場所あたりを見ると何時の間にかたくさんの人が集まっていた。
そこで見ていたのはほとんど子供だが、その中にはハードックさんもいた。
子供たちは目を輝かせてこちらを見て、遠くて聞こえなかったけど、口々に何かを喋っているみたいだ。
ただ、ハードックさんだけは厳しい視線でこちらを見ていた。
また、警戒されたかもしれない。
双剣を鞘に戻すと我先にとばかりに子供たちが寄ってきた。
輪を作るように周りにいる子供たちの外側には、申し訳なさそうにしているイリーナがいた。
多分だけど、子供たちがここにいることかな、とは思った。視線だけでごめんなさいと謝ってきたがイリーナが悪い訳では無いと思う。
広場で遊んでいた子供たちの間を通ってここに来たのだから、好奇心の強い子供なら後を付けてきてもおかしくないのだから。
貰ったばかりの双剣を試すことに囚われていた俺のミスでもあるのだし。
「なあなあ、今の何っ、つうかライズってこんな強かったの?」
今、喋りかけてきたのは子供たちの中でもガキ大将なポジションにいるハンスだった。
男の子の中では一番年上でイリーナの1つ下。広場で遊ぶときはいつも木の棒を持ち出して、騎士の訓練と言っては他の子たちと打ち合っていた。
いつもは俺を見るたびに弱そうとか言っていたが、そんなハンスも今ばかりはえらく興奮していた。
「父ちゃんがさ、ライズは本当は強いはずだって言ってたけど。本当だったんだな」
「ライズ兄ちゃん、今のバチバチッてしてたの何なの。すんごくきれいだった」
「格好良かったよ兄ちゃん」
「ねえ、今のだしてよ~、さっきの黒いのだしてよ」
口々に褒められアンコールを受けるが、今の俺には体力的にも精神的にも余裕がなかった。
取り敢えず、簡単に技や動きの説明をしたがその度に歓声が上がり、更に質問が増えていくので切りが無い。
「スキルも使えたんだね、ライズ君は」
そう言って苦笑しながらも子供たちを抑えてくれたのはハードックさんだった。
「特技ですか?」
「そう、スキル。私も2つ3つなら使えるが君があそこまでスキルを使えるとはね。正直、驚いてしまったよ。ウィンドウベイルだったかな、そこではどんな風に修行をしていたんだい」
「あの、え~と。ハードックさん、その前にスキルっていうのは俺が使っていた戦技も入ってるんでしょうか」
「あーつ? かい、私が知る限りは自然の気や自身の気力を使う技のことをスキルと呼ぶのだが、先ほどの剣にオーラや雷を纏っていた様にね」
「そうなんですか? それなら、俺の知っている特技とは少し違うかも知れないですね」
俺が使った特技は2つ。竜撃爪と影抜きだけのはずだ。
あそこまでと言う以上は戦技も数に入れているのかな。と思って聞いてみたが、どうやら俺の知る特技や戦技、魔術のことを話すと結構な違いがあったらしい。
この世界では気力を使う技全般を特技と、魔力を使う術全般を魔法というらしい。
聞いただけではかなり大雑把な分け方にも聞こえたが、王都では魔法魔術を学ぶ学校や騎士や兵士を育成する学校もあるらしく。
常に魔法や特技の開発、研究も行われていて、より詳しい区分分けも進んでいるとか。
何故、ハードックさんがそんなことを知っているのか聞くと、結構な田舎にあるというフォレス村からも過去、数人だが王都にある学校に通っていたらしい。
今やその人たちのほとんどが村には住んでおらず。在校中は長期休暇ごとに帰ってきてはいろんな事を教えてくれたとか。
今も1人、王都の学校に在学中らしく。春期休暇の時期も近いから、運がよければ会えるかもしれないねと言われた。
それからは大人しくしていた子供たちにスキルを教えてくれと囲まれてしまい、落ちつかせるまで時間が掛かった。
結局のところ、一番騒いでいたハンスがスキルを覚えるにはまだまだ早いとハードックさんに窘められ、ガキ大将が沈黙したことで他の子供たちもやっと黙ってくれたのだが。
まあ、もちろん。そんなことで何時までも黙っていたり、大人しくする訳も無く。
気づいたときには昼からの騎士の訓練に俺も参加する羽目になっていた。
ハンスがいうには、
「俺たちの実力を認めたらスキルを教えろよ」ということらしいが、そもそもの特技の教え方が分からないので俺には無理な話だと思う。
初めて訓練に参加させられたの次の日、手伝い先の人にあの祠の中に何が入っているのか聞いていたときだった。
仕事終わりに喋っていた折り、どこからか走ってきたハンスに無理矢理に手を引っ張られ、連れ去られるように森の入り口にある広場に連れていかれたのだった。
イリーナ以外に広場に連れて行かれたのもあの日が初めてだったと思う。
それからは朝は仕事をこなし、昼からは子供たちと遊び、夕方は村長の家で勉強するようになった。
そういえば、また狩りに連れ出された時にハードックさんから色々と言われた。実力はあるが俺の戦い方は少し危ういとか。
最近は魔獣をよく見かけるようになった、冒険者になるなら魔獣が普段と違う活動をしている時は気を付けた方がいいとか。
ハードックさんなりに俺のことを気に掛けてくれているのだろう。
ヘインスさんの仕事も手伝ったが知識と経験に翻弄されてか、仕事の邪魔になっただけだった。
1つ1つの仕事だけならまだいいが、全体を通すとどうしてもおかしくなる。
多分だが、知識にある仕事の手順では足りない道具が多いからだろうか? 指示されたことだけなら、ヘインスさんも手放しで褒めてくれたのだし。
そう、全体を通して鍛冶をこなすと仕上がりがおかしくなる。なんて言えばいいだのろう、1つの絵を描くのに数人の画家が順番に描いているような。
描こうとする対象は同じなのに絵のタッチが所々違う感じかな。
どちらにしても、俺が鍛冶で儲けるのはおそらく無理だろうと思えた。
また、空いた時間があれば、自分自身の状況の把握とU・Aとの違いを探した。
そこから分かってきたことは、過去に俺自身がU・Aで体験したこと、あるいは習得した技術や経験は、それに関係する場所に行くか、関係する物を手にした時に頭に浮かぶことだった。
この村で初めて剣を握った時や鍛冶場に入ったときが良い例だった。
急に思い出した知識や経験はU・Aでの記憶に違いない、まだ高校生だった俺が実際に鍛冶をしたことなんてないのに、熟練者と同じ様に鎚を振るえたのだから。
剣じたいはU・Aでも使っていたし、鍛冶のレシピを思い出せたのも作ったことがあるからだが、それでも鎚を振るえたのはおかしかった。
だって、工房のメニューでレシピを選んで、決定ボタンを押すだけの鍛冶しか俺はしていなかったのだから。
別段、良い物を作ろうとしていなかった俺は職人の熟練度をさっさと上げるために鍛冶を簡易版に設定していた。
時間は掛かるが付加や完成時の品質がよくなる、実際の鍛冶を簡単にした本来のやり方に比べれば、簡易版は掛かる時間は短いし品質は一定になりやすい。
その上、失敗も少なくなるのだが、面白みが無いと古参の人たちからはだいぶ嫌われていた。
作ったレシピだけは豊富だが、実際に鎚を振るうやり方でしたのは最初の頃だけだった以上、そこまでの経験は俺には無いはずなのだ。
それで身体に経験が馴染むのもU・Aで扱った時間が関係することが分かった。
双剣は数秒で馴染んだが、鍛冶に至っては身体に経験が馴染むまで2日近く掛かった、実際に関わっていた時間が長ければ長いほど、身体に馴染むのも早いのだろう。
次にU・Aとの道具の使用方法の変更。
確認できた道具の内、そのほとんどの簡易操作が出来なくなっていた。
武器防具修復キットや回復用のアイテムなどは実際に剣を研ぎ、銃を分解して掃除するようになり、ポーションや薬効も取り出して使わなければいけない。
U・A改革期以降の簡易操作はことごとく無くなっているのだろう。
それに改革期以前ですら、ここまでリアルにはしていなかったことも多いと思う。
まあ。以前と同じ仕様だと思っていると、いつか冒険者登録証と同じ悲劇が起こるかもしれない以上、使い方や効果は詳しく調べた方がいい。あれは今でも精神的にくるのだから。
次は特技や戦技、魔術と魔法だろうか。
結論だけ言えば、U・Aの仕様とは根本が全く違った。
訓練の時、スキル使用時の体力の消費の仕方が違うように感じた、U・Aに較べて異様に低く思えたのだ。
ハードックさんが言うには、スキルとは気力を消費して使うものらしい。
気力は体力よりも精神力に近いのか、限界までスキルを使うと意識を失って倒れてしまうという、U・Aではスキル自体が発動しない程度で済んだはずだ。
それ以外にも、可笑しな事に片手剣のスキルが双剣でも使えたのだ。
理由は分からないのだが、双剣でも片方だけなら片手剣と同じ扱いになっているのかもしれない。
雷突以外のスキルも使えたが、両手で使うスキルについては剣を重ねて持つか、片方を手から離せば使えるようだった。
双剣のスキルを使うのに片手剣では無理だったが付与系統は問題なく扱えた。
魔法も同じならば、使い方に幅が出来るのだが、手元に銃剣も杖もない以上。
今は思い出す事は諦めるしかないか。
ああ、後はスキルや魔法はこの世界での言い方に合わせるつもりだった、俺1人だけ違えば今後の廻りの視線もきつくなりそうだし。
それともう一つ大きな変化があった。
それは……俺の容姿がU・Aのライズではなく、現実の早坂瑛大の顔になっていたことだ。
ライズのキャラも現実の身体との差から起きる操作ブレを起こさないように、小柄にしていたことから子供に間違われているのかと思っていたが、近くの川まで薬草を採りにいった時に初めてライズとの容姿の違いに気づけたのだった。
澄んだ川の水面に映っていたのは自分が大人になった顔をイメージして整えたライズとは違う。16歳にしては少し幼い、よく見慣れた顔が映っていた。
一瞬、川を見ながら混乱したが村の人たちからやたらに子供扱いされていた理由がその時にやっと理解できた。
とはいえ、村の人にはライズという名で通している以上、偽名でした等と言って困惑させる必要も無いかと胸にしまったが。
大きな違いはそれぐらいだろうか。小さな違いは多すぎて、気にしていたら切りがないほどにあるのだし。
この19日間で俺が出した結論。
この世界はU・Aの知識や常識とは多少の相似点があるだけの、全く別の世界だということだった。