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第5話


 フォレス村の奥にある、子供たちの遊び場ともなっている森の広場では子供たちのはしゃぐ声と木の棒どうしがぶつかり合うような音が聞こえてくる。

 豊穣の森の入り口近くに倒れていたライズが見つかったあの日から、今日でもう19日が経っていた。


 今日も村での日課となっている朝からの仕事の手伝いを終わらせてからは、大人たちが微笑ましく見送るなか、早く早くと急かすように子供たちに広場へと連れられていくライズの姿があった。

 そして、森の広場に着き簡単に身体を慣らしたら、ハンスを筆頭にした少年たちとの手合わせが始まるのだった。


 両の手に木の棒を構えるライズと、ライズを囲む様に立つ3人の少年たち。

 その周りでは離れた場所から小さな子や女の子たちが見守るなか、ハンスが木の棒を振るった。


 今日こそは当ててやると声に出すハンスの攻撃を避け、少年たちの攻撃を受け流しては時に隙を見て、軽く棒を当てていくライズ。

 彼は3人の少年たちの相手を特に危なげなくこなしていた。

 ハンスが言うには騎士になるための訓練の一つであるらしいが、イリーナや女の子たちからは騎士ごっこと呼ばれていた。




 特に怪我はないが、かなり疲れたのか息を弾ませて倒れ込んでいるハンスと2人の少年たち。

 彼らの横では黙々と型や動きの確認をしているライズがいた。


 半時近く、だいたい30分ぐらいは続けられた騎士ごっこ(訓練)だが、結局一度もライズに当てることは出来ないまま、今日もハンスたちの息切れで終わってしまった。

 ライズにとってはまだまだ動き足りないぐらいなのだが、それでもハンスたちがついていける様になるには幾分の時間がいるだろう。

 それからは軽く流すように実戦をイメージして鍛錬をこなした。


「ねえねぇ、あれみせてよ~」

「おねがい、おねがい。ねぇ~」

「「「みせて、みせて~」」」


 鍛錬が終わり、ライズが深く息を吐いていると数人の子供にズボンを引っ張られていた。

 ライズのズボンを引っ張ってせがむのは村でも小さな男の子たちで、ハンスやイリーナには「危ないから」と騎士ごっこに参加させてもらえない男の子たちだった。

 この子供たちにイリーナや他の子たちも最初は注意していたのだが、当の本人が気にしていなかったためか、今では特に何も言わなくなっていた。


 今まで村の子たちの中で一番強かったハンスが禄に太刀打ち出来ず、ハンス本人もその強さを認めているというライズ。

 そのハンスとて、父親であるハードックに鍛えられているだけあってか、同年代の子供どころか村の大人と対等に打ち合うことが出来る程には強い。


 となれば、どうしても憧れてしまうのだろうか。

 村の外から来た冒険者であり、自分たちの兄や姉と同じくらいにしか見えない少年。

 ライズが持つ親しみやすい性格もあったが色々なことに博識で面白い話をしてくれるライズは大人たちと違い、年齢に関係なく同じように自分たちを見てくれるのだ。

 その上、村で一番の狩人であるハードックさえもその強さだけは認めているというのだから。


 いつもの様に、はいはい、危ないからね。と子供たちを遠ざけてから、ライズは子供たちのリクエストに応えるのだった。


 子供が離れたのを確認すると両手に持った二つの木の棒を逆手に持ち替えた。


 薙ぐように一、二と振られた棒にはいつのまにか炎が纏わり、更に身体ごと左へ回転させながら、炎を纏った一撃を振るう。

 身体にも炎を纏いながら一撃目、二撃目よりさらに力強く振り切り、右手での切り上げと共に高く飛翔した。


 双剣用のスキルを使って、空中へと舞い上がったライズ。

 だいたい7メイル程か、既に棒には炎を纏ってはいない。

 二階建ての家程の高さに飛び上がっていたライズは持っていた棒を両手で重ねて、真下へと向けなおしていた。


 ライズの手に持つ棒からは冷気が生まれ、発生した冷気は霜へと変わり、1秒も経たない内に大きな氷柱を形づくる。

 自由落下に身を任せたまま、地面に突き刺された氷柱。

 その瞬間、ライズの周り50セメルの範囲には腰ほどの高さをもつ氷柱が幾つも幾つも生まれては音を立てて砕け散っていった。


 双剣士の習得戦技である、炎翔舞。

 炎翔舞から続けられたのは剣士の習得戦技、氷柱華。

 ライズの知る限りならば、不可能だったはずの連続技である。


 子供たちからは大きな歓声が上がり、もう一回もう一回とせがまれたが、「ごめんね、疲れちゃったから。今日はここまでで勘弁して」と断りを入れた。

 えー、という批難の声は上がるが、今度は女の子たちに怒られて渋々とだが引いてくれた。


 しかし、ライズはすぐに女の子や小さな子たちに「お話を聞かせて」と捕まり、丸太を倒しただけの簡単なベンチに子供たちを座らせて、覚えているお話を聞かせていく。


 そのお話の内容もかつてU・A内で受けた中でも面白かったクエストから、日本でも有名なおとぎ話まで。

 男の子は冒険譚を、女の子は恋物語や童話を聞きたがり。

 ライズの語る異国でのお話を彼ら彼女らはとても楽しそうに聞いていた。


 お話が終わる頃には復活したハンスたちの訓練に付き合い。

 日の陰りとともに帰ろうとする頃には息の整ったハンスたちの型や動きを確認して、また明日ーと別れ帰って行く。

 

 そして、村長の家で夕食をご馳走になった後は国内で最も使われている文字やこの国の常識を学び、2本目の蝋燭が消える頃にはヘインスの家へ戻る生活。


 この19日の間、確かに充実した日々ではあったがライズの中にあった不安が、疑惑から確信へと変わるには充分な時間でもあった。


 そう、この世界がU・Aではないことを。




 多くの仕事を経験した、初めのうちは警戒していた大人たちであったがどんな仕事でも真面目にこなしていくライズに次第に堅かった態度を少しずつだが、解してくれた。

 

 森での山菜採りや村の畑仕事でも、自分の知らないことは貪欲に聞いてくるライズに村人たちは分かることをどんどん教えていった。


 食べられる草や毒となる草の知識。

 獣の簡単な捌きかたや血抜き、解体の仕方。

 フォレス村の近くに住む魔物や魔獣の種類から、どこかで聞いたことがあるだけの噂のたぐいまで。

 それらの、もしかしたら子供ですら知っているかもしれない話を真剣に聞くライズ。元々、人の良い村人たちが自分から声を掛けてくるようになるまで、そう長く時間は掛からなかった。


 そう、彼らはとても活き活きと喋りかけてくるのであった。




 ライズがフォレス村にきて10日目のこと。


 その日は朝からヘインスに「昼過ぎに一度、工房によれ」と言われ、ライズは仕事が終わると一度鍛冶場のあるヘインスの家に戻ることにした。

 未だに慣れない仕事のせいか、それとも他に原因があるのか、ライズの足取りはひどく重いものだった。

 そうして向かった鍛冶場には二本の剣を持って待っているヘインスがいた。


「ほらよ。今の手持ちの鉄石だと、これぐらいしか出来なかったがな。村を出る時まで丸腰ってのもキツいだろ」


 そう言いライズへと剣を渡そうとするヘインス、前に聞いた双銃剣? ってのじゃ無くて悪いな、と言うが双剣を使えることは話していたので、態々、ライズのために作ってくれたのだろうか。


「すいません、ありがたいのですが……俺、今は手持ちが無いんですよ」


 以前、ここに来てから二日目、初めてヘインスの家に泊まった晩に話した事を覚えていて作ってくれたのだろう。

 その時には当てにしていたお金や素材があったためにあれば欲しいと言ったが、U・Aでの通貨である水晶貨がケーリオル国内では流通していないことが後になって分かったのだ。


 村長に聞いた話ではこの国では鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、聖銀貨が主になって流通しているらしく、ライズの持っていた水晶貨は今まで見たことが無いという。

 また、その水晶貨も施された細工自体は見事で好事家たちや貴族には売れるかもしれないが、魔力での付加がない品では国内に彩色水晶(カラークリスタル)が採れる鉱山を持つケーリオルではそこまで高い価値はつかないという。


 水晶貨が使えない、それは即ちすぐに使えるお金が無いということになる。

 鞄には幾らかの素材があったがこの世界での価値が分からなくなった今では下手に売ることも出来ないと思っていた。

 そんな事情もあって、断ろうとしたのだが。


「ハッ、金なんざいらねーよ。元々、こういう小せい村じゃ外から来た奴からしか金を取らねぇんだよ」

「えっと、どういう意味ですか?」

「まあ、坊主がちゃんとしたとこに住んでたならしゃあないか。

 こういう田舎の小さい村だと全員が通貨で生活するのにはどうしても無理があるんだよ。学があるわけでもない奴が商人や冒険者を頼りにしてたら飯が食えねえだろ」


 村の代表、フォレス村だと村長が商人等との交渉ごとなどをまとめて請け負って、必要な物を購入し村人たちに分配していく。

 もちろん、そうでない村も多くあるがそういう村はよほど交通の便の良い場所か、そこでないと手に入らない特産品があるのがほとんどだという。


 幾つかの例外もあり、フォレス村だと鍛冶屋や村の特産品を扱う店等は独自に冒険者たちとも金銭のやり取りをするが、月の最後には売り上げを一度村長に預けるという。

 金の掛かる物が必要になった時は相談して、商人との交渉時に村長に買って貰うという。

 ライズには独裁的にも思えたが、こういう小さな村での貧困の差はどうしても問題になり易いと言われれば仕方のないことだろう。

 

 ヘインスの言ったことはライズにとっては驚くことだった。

 ちゃんとした通貨が国内で流通しているのに使っていないのだ。日本で生きてきた彼の常識では、まずあり得ないことだろう。


 だが、言われて見れば納得できることでもあった。

 今日まで幾つかの村の仕事を手伝ったが、あれらが商品としてよほど高額な物でなければ、彼らが生活していけるとは思えなかったからだ。


「それなら、やっぱりダメですよ。俺はここの人間じゃない……」


 ライズはフォレス村の人間ではない、ただでさえ今も好意の上で助けて貰っているのだ。

 これ以上の迷惑は掛けられない、そう言おうとしたが手を翳したヘインスに黙らされた。


「坊主、お前がどう思ってるかは知らねえけどな。たったの数日でお前は村の奴らに気に入られたんだよ、少なくとも坊主が村の一員だと思われるぐらいにはな」


 だから、泣くなや。そういってライズの頭を撫でるヘインスの手は節くれ立ってゴツゴツとしていた。


 いつから泣いていたのだろう? ライズが自分の頬に手をやると少しだけ濡れていた。

 昨日までのライズは自分の中にある不安を隠す為だけに情報を集めようとした。


 そして、その度にゲームであったU・Aとは違うのだと痛感させられた。

 全て自分の為に必死になっていただけだった。それでも見知らぬ土地で1人頑張っているライズを見て、時に暗くなるライズの表情を見て、ライズの表向きの事情を知った村人たちが村の一員として認めてくれたのだという。


 ここがライズの帰る場所だと。


 村人たちから聞く多彩な話、あそこまで感情豊かに喋るNPCなど見たことが無かった。


 村長に教えて貰った国内での物価や常識、宿屋と安い定食が同じ値段ではないことなど、当たり前のことだった。


 狩りで捕まえた獲物を解体すると血が流れた。U・Aでは素材:○○○○○というドロップアイテムになるだけだった。

 

 ライズと同じ様に笑い、怒り、時に泣く。目の前で生きている彼らをNPCだと思うことは……もう出来なかった。


 なら、今の自分はなんなのか?


 U・Aの知識はある。ゲームで得た経験もこの身体にはしっかりと残っている。

 だけど、ここはU・Aではない。今まで遊んできたVRMMOの世界とは違う。

 何かを知れば知るほどに、U・Aとの違いがはっきりと浮かんだ。

 

田舎にある村だから確かに情報は少ない。だけど、もし、王都に行っても現実(リアル)に、日本に帰るための情報が手に入らなければ……

 もう帰ることは出来ないのかもしれない。そう思えば思うほど心が重くなっていった。




 村に一つしかない鍛冶場で声を押し殺して泣く者がいた。


 誰も自分の事を知らない。下手に自分の事情を明かすこともできない。それでも、帰れる場所。迎えてくれる場所ができたことでやっと今の自分を認めることができたのだろうか。

 ライズとしての彼しかいないこの世界で、ライズは初めて泣くことが出来たのだった。

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