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第4話

 豊穣の森にライズが倒れていた日。

 そして……彼女が、イリーナが持ってきた鞄。


 U・Aの初期稼働から始めたプレイヤーたちですら、スタッフの運営方針が変わる改革期までの約8ヶ月の間しか、見ることのなかった収納鞄(アイテムバツグ)が、目の前にあった。

 ライズ自身は1ヶ月程度しか見たことが無く、使い勝手の悪さに苦戦していた道具でもある。


 話によれば、ライズが倒れていたすぐそばに落ちていたらしいのだが、普段から設定で不可視、非接触状態にしていたはずの収納鞄を見て、また少し不安がつのる。


 現状、スクロールメニューが開かず。鞄の不可視、非接触設定が解除されている。

 今まで出来たていたことが出来なくなっている……

 今の状態から考えられるとしたら、もしかしたら、俺の今いる場所はU・Aというシステムから外れているんじゃ……


 「でも、中身空っぽだよ」と言って逆さまにしているイリーナの声で我に帰り、鞄を受け取ると唐突に頭に浮かんできたのは、この鞄の中には今、何が入っているのかだった。


 鞄に入っている様々な探険、応急キットから回復アイテム類、残りの双銃剣用の弾丸など最後の冒険に行ったときと変わっていない中身。

 残念ながら最後の冒険では持って行くことのなかった道具、ギルドの自分用倉庫に入れてあった道具類は一切確認できなかった。


 本当に取り出せるのかどうかは分からなかったが、今はできるだけ当たり障りのない物をと、取り出したのは使い捨て用の武具防具修復キットだった。


 手に持った瞬間にそれの使い方が頭に浮かんではきたが、どうやらU・Aのメニューリストから選択して使用する。などという簡単な使用方法ではなくなったらしく。


 実際に剣を研ぐ用の小さい砥石や革や薄い鉄網と鉄の紐。それに銃火器用の最低限のメンテ道具だけが出てきた。

 ホームや馬車内、ダンジョンの安全地帯でなら、一瞬で耐久値をMAXに戻せたはずの道具だが、今できそうなのは本当に応急処置や簡易メンテナンスだけのようだ。

 

「おい、どこに道具が入ってたんだ。さっきまでは入っていなかっただろうが」

「これはどういうことなのかな、ライズ君」

「すごーい、他にも何か入ってるの」


 道具を取り出したことに驚くヘインスとハードックに、大きな目をランランと輝かせているイリーナ。

 何か失敗したかな、とライズが思うと。


「持ち主以外には道具が取り出せんのか」


 と、一人だけ興味深そうに頷いている村長がいた。


「ああ、すまんの。儂らが知っているこの手の道具は誰にでも使う事ができる物ばかりじゃからな。高位の冒険者なら持っておるという事は知っとるんじゃが……」


 それでも実際に目にしたのは初めてじゃという、村長。

 鞄をマジマジと見つめ、ライズの手から鞄を受け取ると自分の手で改めて本当に取り出せないのかどうかを確認していく。

 逆さまにしたり、中を探ったりとするが何も出てくる様子はない。

 

「冒険者ギルドでもこの鞄と似たような物が売っておるというのは聞いたことがあるんじゃよ。じゃが、お主の持つ鞄のように持ち主を判別できるという機能は聞いたことがないんでの」

「あの、俺のいた国ではほとんどの冒険者が持っていた物なんですが」


 冒険者として登録すると無料で渡されることは黙り、故郷では冒険者なら誰でも持っている一般的な物だとだけ村長たちに伝えた。

 

「ふむ、ケーリオルでは見かけん物じゃしな。この鞄のことは出来るだけ人に伝えん方がいいじゃろう。珍しい、貴重な物という事はそれだけでも目立ってしまう。何をせずとも誰かに狙われる理由になるぐらいにはの」


 「良くも悪くもの」とライズに向けて言うと持っていた鞄を手渡し、暗くなった窓の外を見た村長はこの話を終わりにした。

 

「まあ、今日はもう遅い。お主らも一緒に夕飯を食っていくといい」

「申し訳ないのですが、そろそろ私は家に戻ることにします。妻が食事を作って待っているでしょうし」

「そうか、今日は手間を取らせたのハードック。まあ、明日からも世話になるかもしれんがの」

 

 村長と喋っていたハードックが部屋を出るとき。ヘインスへと目配せをして、ヘインスも縦に首を振っていた。

 お前はどうするんだ、食って帰るに決まってるだろ、とかだろうか。


 一階の下りた先、村長に通された部屋には多くの料理がテーブルの上に並べられており、そこにはどこか品のある女性が1人で椅子に座っていた。


「あら、いらっしゃい。今日はみんなここで食べて行くんでしょう、腕によりをかけたからいっぱい食べていってね」


 椅子から立って出迎えてくれた女性、村長よりは幾分ほど若く見えるこの人はどうやら村長の奥さんらしい。

 

「……大変だったのねぇ」


 純粋にライズを心配してくれているカミラさんこと、村長の奥さんは二階での話を聞いた後、異国で1人不安になっているライズにそんな対応はないのでは、と村長に文句を言っていた。


「こやつの倒れておった場所が場所じゃからな、仕方ないじゃろう」

「それでもダメだと思うわ」

「村長として間違ったことはしておらん。状況を考えたら軽いぐらいじゃて」

「それでも間違っていたのなら、一言でも謝るべきじゃないかしら」


食事を頂いておきながらなんだが、正直に食べづらい雰囲気だった。


 村長たちの話はライズへの対応について。

 ライズの荷物を隠し、すぐに取り押さえられるように2人を、ヘインスとハードックを呼んでいたのはさすがにやり過ぎだというカミラに、村長として当然の対応だったというアルバ。

 2人の話し合い、もはや口喧嘩は少しずつエスカレートしていくがこんな状況でも普通に食事をしているヘインスとイリーナはある意味大物なのかと思えた。


 ヘインスは肉類を中心に村で少量だけ漬けているという果実酒を呑み、ライズがその凄い食べっぷりに見入っていると、仕方のない奴だと言わんばかりに肉を切り分けてくれる。

 言いたいことはそんなことではないのだが……


 イリーナに至ってはスープのおかわりをカミラさんにお願いしていた。

 ニコニコと笑って、もっとお食べというカミラさんに、はーいと返事を返している。

 もちろん、カミラさんはスープをよそった後はまた村長との話し合い? へと戻っていく。


 どうも、村長と奥さんの話では普段からここまで旅人や冒険者を警戒している訳ではないらしい、珍しいことではあるが行き倒れた冒険者を村で保護することも何度かあったらしいのだが。


 ただ、ここで問題になってくるのがライズの倒れていた場所。

 豊穣の森に入るには村にある入り口から入っていくしか方法が無いのだという。


 子供たちは知らないが豊穣の森はあの森全体の一部だけを指すらしく、その一部は外部からの侵入自体が不可能で唯一入る方法が村にある入り口から入ることらしい。

 それに森の奥には中に何も無い祠があるだけで、年一度の祭りの日ぐらいしか人も来ないという場所である、そんな場所の近くに倒れていたライズ。しかし、昨日に村でライズを見たという村人は誰もいなかった。


 そんな場所に倒れていた不審者。

 夜に勝手に村に入ったのか、仮に行き倒れだとしたら村の誰にも話かけずに森に行くのはおかしくないか? どちらにしても、間違いなく怪しい人物であろう。


 もちろん、これをU・Aのイベントとして考えていたからこそ、落ちついて対応をしていたライズだが、一歩間違えれば犯罪者として捕まってどこかの街で牢屋入りしていたかもしれない。


 自分のせいで食事を台無しにしたくない。

 そう思ったライズが2人を止めようとするが、今度は「こんな優しい子に」「寝てたんじゃから、分からんじゃろ」と口喧嘩の内容が変わっていく。

 

 もういいや、と口にした料理は塩味が少し薄い気はしたが本当に美味しかった。

 後で聞いた話だと、村での食料については畑や養鶏で賄っているという。

 フォレス村では村で育てたククル鶏か近くで獲れる魔獣の肉、畑で取れた根菜や森で採れたキノコや香草を料理に使う事が多いらしく、カミラさんの作った料理、得意料理だというこのククル鶏の香草包み焼きは本当に美味しかった。


 村長とカミラさんの2人に圧巻されながらも、普段からこんな感じなんですか。と視線をヘインスに送ると深く頷きながらも何故か肉を切り分けてくれた。

 ライズの考えが通じていたのか、いないのかは分からなかった。

 




 結局、その日は村長の家の二階、起きたときにいた部屋に泊まったが次の日からはヘインスの家兼鍛冶場に泊まることになる。


 そのとき、入り口からすぐの鍛冶場を見学させて貰ったライズだが、工房に入るとすぐに鍛冶のやり方や多くのレシピが頭に浮かんできた。

 U・A内では鍛冶と錬金の生産スキルを取っていたからか。

 錬金の知識は頭に浮かばなかったが設備さえあれば、鍛冶と同じく知識や経験が浮かびそうな気がした。


「おい、大丈夫か?」


 急に立ち止まったライズを心配したのか、ヘインスが声を掛けてきた。


「あ、すいません。俺もちょっとだけですが鍛冶に関わっていたことがあるんで懐かしくて」


 ライズはとっさに嘘をついたが、ヘインスは気づかなかったのか自分の仕事を紹介してくれた


「ここでは金物の修繕が主な仕事だ、武器の修繕とかもやってはいるが作っちゃいない。

 まあ、他の鍛冶屋を知ってるならここは見窄らしいかもしれんがな」

 

 苦笑しながらも教えてくれたヘインスだが。元々は王都の鍛冶屋で働いていたらしく、あの頃の設備とは比べられねえと苦笑いしていた。


 確かにここの設備ではライズの知るレシピでも、簡単な物しか作れないだろう。

 しかし、ヘインスの鍛冶場には使いこまれた古さはあるが決して散らかっている訳ではなく、煤で汚れていた床にもゴミやほこりなどは無かった。

 ヘインスが本当に大事に鍛冶場(ここ)を使っている事が分かった。


「いい場所ですね」


 ライズの口から何気なく出た言葉。

 それを聞いたヘインスは「おおよ」と一言だけぶっきらぼうに返したが、その顔はとても誇らしそうに笑っていた。

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