第3話
「ふむ、そういえばまだ名のっておらんかったのぅ。儂の名はアルバ・フォレスというんじゃよ。して、お主はなんであんなところに倒れておったのかのう」
目の前にいる短い白髪の老人はどうやらアルバというらしい。
自身の顎を擦りながら喋るアルバはライズを急かすわけでもなく。
優しく、ゆっくりと事情を聞こうとしているようだった。
しかし、アルバの目の奥にはどこか剣呑とした光があるように見えた。
この人に下手な嘘はつかない方がいいかな、と
「実は「私はイリーナっていいます。イリーナ・フォレスです」
ライズがとりあえず、自分の分かっている事情だけでも話そうとした矢先のこと。
部屋の中には奇妙な沈黙が出来てしまった。
事情を話そうと決めた矢先に青い髪の少女に挫かれて、黙りこむライズ。
ふ~む、と顎髭を擦るだけのアルバ。
そして、大事な話が始まる前に話の腰を折ったことが分かったのか、急にオロオロと周りを見だしたイリーナ。
キョロキョロ、と所在なさげにこちらを見ると少女の目には涙が浮かび始め、ライズまで困惑し始めた時。
ホッホッホ、とアルバの一際大きな笑い声が部屋中に響いていた。
「いや、いや。すまんのう、この娘はちょっと空気が読めんところがあっての」
アルバは笑みで顔を崩しながらも、ちょこっとな、と手でジェスチャーをしている。
それを見ていたイリーナはまだ顔を赤らめているが、ライズにとっては先程までの空気よりも格段に喋りやすくなり、少しだけ感謝していた。
アルバが何で判断したのかは分からなかったが、ライズへの警戒を落としたからだろう。
そうですね、とライズが言うとイリーナはショックを受けたような表情に変わり。
それを見たアルバの笑みはより深くなり、ライズもつられて笑ってしまった。
イリーナだけは泣き出しそうな顔をしていたが。
しかし、いつからいたのか。さっきまではいなかったはずの男性が二人、入り口の前でえっ、えっとこちらを覗き込んでいたが、多分何があったのか分からずに困惑しているだけなのだろうが。
「すまん、すまん、帰ってもいいぞ」
アルバが言うと、ここに残りますという二人の男、ライズと同じくらいの背だが、やたらと筋肉質な鍛冶屋のヘインス・フォレスと背の高い痩せ形の狩人、ハードック・フォレス。
ライズも簡単に自己紹介をしたが、この二人がすぐに来たということは何かあっても大丈夫なように警戒されていたということだろうか。
「実をいうと、俺もここにいる理由が分からないんですよ」
ヘインスたちからは軽く睨まれたが、アルバだけは先を促すように頷いてくれた。
「え~と、俺は森の中で倒れていたんですよね。一応、覚えている限りでは街の中にいたはずなんですが」
何故、ここにいるのかは分からないというと、ライズのいた街の名を聞かれたので大陸の中央部にあるウィンドウベイルだとハッキリと答えた。
ヘインスとハードックはアルバに顔を向け、アルバは無言で横に首を振った。
イリーナだけはそんな街があるんだ、と目を輝かせていた。
「ふむ、儂も何でも知っとるわけでもないしのう。
少し聞きたいんじゃが、お主はケーリオルかミクセディアを知っとるのかのう」
ヘインスたちは何故そんなことを聞くのか、と不思議に思ったのだろうか不思議そうな顔をしていたが。
続いて、アルバの質問に対してライズが知らない。と即答したことで驚いたような表情に変わってしまった。
ケーリオル王国にミクセディア聖都。
古くからある大国とこの大陸でも有名な宗教の聖地の一つ。
このフォレス村も古くからケーリオル王国の領地であり、この地に住む人ならば、幼子以外はまず知らぬ者はいないであろう国と都市の名である。
「嘘はついておらんようじゃしな」
困ったようにアルバは顔を崩す。
何らかの事情を隠しているのか、それともライズ自身が確証を得れずにに話せないだけなのか。
何かを黙っているのは確かだろうが、騙そうとしている様には思えない。
それにアルバがライズを見た印象からはこの少年は嘘をつけないのではなく、単に嘘をつくのが苦手なだけに思えたせいもある。
それに先ほど、イリーナが泣き出しそうになった時も本心から焦っていたように見受けられたしと、何よりもこの中で一番困惑しているのが一見落ちついている様に見えるライズだからだろうか。
それにしても、言葉には出そうとしないがライズの表情からは僅かに焦りが窺えた。
まるで自分自身に今の状況を無理矢理納得させようとしているような。
急に知らぬ地に飛ばされたというのが本当なら仕方のないことだが、何かしらの理由を知っているようにも見える。
嘘をついているのか、それとも話せぬ訳でもあるのか……
まあ、悪い人間ではなさそうじゃな。
アルバの中で一つの結論が出ると後は簡単な話だった。
アルバがイリーナに鞄を取ってくるように頼むと、彼女はすぐ様部屋から出て行った。
階段を勢いよく下りる音が響き、開いた窓の外からはドアの開く音がした。
アルバは苦笑してライズを見るが、その姿からは特に気を害した様子もなかった。
ライズを警戒して彼の荷物を村の者に預けていたとはいえ、当人は警戒されていた事に対しても特に反応を見せない。
結果的にはアルバの警戒心を解くことになった要因なのだが、ライズ自身は単に状況に頭が追いついていないだけだった。
「さてと、お主に何があったのかは正直、儂にはわからん。じゃが、王都に行けばここよりは情報があるかもしれんじゃろう」
アルバはこれからどうするのか、とライズに問う。
部屋にあった本を取り出してはこの本の字は読めるかと問い、今まで一人での野営の経験や魔物、魔獣と戦ったことはあるのか? と。
それらに対してのライズの返答は。
字は読めそうだけど書けそうにない。や、戦うことは出来るとは思う、野営も道具さえ手元にあれば多分……という聞いた側のアルバたちが不安になるものだった。
それでも王都に行くのか、という問いにだけはハッキリと頷いていた。
「そうか、なら二周り程、村におるといい。だいたい20日後になるが、近くを廻る商隊が村に来るじゃろうからな、そうしたら王都までちゃんと送ることもできるしの」
その間にいろいろと教えることもできるじゃろう、とアルバは笑う。
「すいませんがよろしくお願いします」
正直にいえば。
現在の状況にほとんど頭がついていかず。
もしかしたら、と内心ではある不安がどんどん大きくなっていたライズにとって、アルバの申し出は本当にありがたいものであった。
ある程度の話が終わると後の話し合いは淡々と進んでいった。
ライズの泊まる場所も鍛冶屋に一人で住んでいるというヘインスさんの家の空き部屋を借りることになり、村にいる約20日の間は村の仕事の手伝いと夕方からは村長である、アルバの家で文字やケーリオル国内での一般常識を学ぶことになった。
ここで初めてアルバが村長であることを知ったライズが「村長だったんですか」と言うと、なんじゃと思ってたんじゃ。と逆に聞かれる事になってしまった。
階段を駆け上がる音が聞こえ。
取ってきたよ~、という声と共に部屋に入ってきたイリーナに遅かったの、とアルバが小言を言ったがイリーナはちょっと喋ってた、とあまり気にしていないようだった。
ただ、ライズはイリーナの手元にあるモノを見て。
嘘だろっ、と小さく声をこぼしていた。
彼女の持ってきた鞄。
それはU・Aの初期稼働に実装されていた道具であり。友人曰く、U・A開発スタッフ陣の方針変更によって、今のU・A内ではほとんど見ることの無くなった鞄。
ライズとしてU・Aを初めてから、1月もせずに消えていったはずの冒険者用収納鞄だった。