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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
浪漫に突っ走ろう編
9/85

ガンブレードとガトリング


 ゼェーレスト村もそろそろ夏の日差しが射す時期になってきた。

 春先の過ごしやすいそよ風は今や、発汗を促す熱風となりかけており。

 この間までの可愛げは演技か、いわばツンデレのデレか、このっ、このっ、デレが先にくるとかデレツンじゃねぇか、と空気に向かってパンチし余計に汗をかいて後悔する今日この頃。

 少し前のギイハルトに勝利するという快挙もそれ以上のイベントに発展することなく、俺は今日もまた平穏な生活を送っていた。

 ちなみにあのレンタルした人型機、そもそも戦闘前提で借りるものだから壊しても問題ないらしい。壊した分だけ追加料金を取られるが、アナスタシア様がぱぱっと直したのでそれもなかった。

 凄い手際だった。是非目標にしたい。

 最近の出来事といえば、紅翼(せきよく)のエンジンがお亡くなりになったくらいか。おかげで俺のパイロットデビューは先送りである。

 正確にいえばもう金属疲労が限界で、動くことは動くのだが飛んでる途中に止まる可能性があるとのこと。それでも耐久年数を超えて一,五倍は稼働したというのだから頑張った。


「そもそも耐久年数越えたの使っていいんですか?」


「機械は人と同じで、一つ一つ個性があるの。量産品で見た目が瓜二つだったとしても、長く使っていれば差が出てくる。最初にいい一品を捜し当てるのもメカニックの仕事よ」


 ツナギポニテ姿のアナスタシア様と実習がてら紅翼からエンジンを降ろしている時、そう教えられた。

 解析魔法を使えば機械の構造は判る。けれど経験に基づく判断は別だ。俺には知識も技術も全然足りない。

 とりあえず教材として、紅翼のエンジンは俺の玩具となった。

 アナスタシア様が精製魔法で溶かしてインゴットにしようとしていたのを慌てて止め、頼み込んで譲ってもらったのだ。


「まったく、ただでさえガラクタだらけの倉庫にまたデカいゴミを持ち込んだね」


 倉庫を圧迫するエンジンに溜め息を吐くキャサリンさん。


「ゴミじゃないです! このエンジンは俺のお宝一号です!」 


 出力を抑えた量産品とはいえ、飛行機を動かすほどの大型コンプレッサーだ。焼けて茶色くなったそれは、役目を終えた今も尚どこか力強い。


「ゴミじゃないかい。そもそもこの倉庫の木箱だってアナスタシア様が「これはまだ使える」だの「これはあとでインゴットに」とか言って溜め込んだものだし」


 物を捨てられない人ですか、アナスタシア様。


「その、でも本当に使えるんだもの。勿体ないわ」


「そうです。勿体ないです」


「……まあ倉庫の住人がいいって言ってんなら気にしないけどさ。やれやれ、そもそも特大のゴミ(居候)が屋敷に居着いたっていうのに」


 もしかしてそれは俺のことですか。


「でもレーカ君、エンジンを起動させる時は周りに気を付けるのよ? 吹き飛ぶからね、色々と」


 むしろそれで遊びたかったのは黙っておこう。


「この状態からはもう再生出来ないんですよね」


「一度潰して全部作り直すことは出来るけれど、それなら買った方が早いし品質もいいわ」


 まあ、それならそれでやりようはある。


「手始めに飛宙艇(エアボート)に積んでみるか」


『やめなさい』


 ハモって止められた。

 ジェットエンジンを積んだ空飛ぶボード、格好いいと思うのに。


「ソフィーの玩具になるわ」


「すいません、やめときます」


 ソフィーにいつ壊れるか判らない乗り物を与えるわけにはいかないか。


「技師魔法を幾つか覚えたのだし、使いたくなるのは解るわ。でも、最初はもっと小さな物から作ってみなさい」


 技師魔法とはメカニックや職人が使う、精製魔法や鋳造魔法といった金属加工用の魔法である。作業規模と魔力消費が比例するので大掛かりな作業は難しいが、小物を作る程度であればこちらの方が便利だとのこと。


「この倉庫にあるものは材料にしていいわよ。どうせ使う予定もないしね」


「予定もないなら貯めないで下さい」


 アナスタシア様はキャサリンさんから露骨に目を逸らした。


「しかし、小物、ねぇ」


 倉庫は屋敷と比例して相当でかい。その倉庫が半分埋まるほどだから、相当量のガラクタが眠っていることは想像に難いだろう。

 暇な時に漁ったりもしていたので、何があるかも大体把握している。

 一言でいえば、なんでもある。

 各種インゴットや金属片、魔導術式用の鉄板や無機収縮帯の細切れ、この世界における物作りの基本的な材料や部品は探せばあると考えていい。


(……やべ、なに作ろう?)


 わくわくしてきた。せっかくだから、少し凝った物を拵えたいものだ。


「あー楽しくなってきた。これは早速図面を引かなければ!」


 木箱を二つ置いて上に板を載せただけの簡素な作業机に張り付く。


「邪魔するのも悪いし行きましょっか、キャサリン」


「はい、アナスタシア様。レーカ、夢中になるのはいいが仕事はちゃんとこなすんだよ」


「うっす!」


 ハイなテンションで返事をする。アナスタシア様は退室する前にこう言い残した。


「現物ができたら見せてね」


「……もしかして、課題とか?」


「いいえ、ただ見てみたいだけよ」


 そっすか。






 「何を作ってもいい」と言われるとかえって困ってしまうのはなんだかお料理上手の奥さんみたいな悩みだが、赴くままに思考を走らせた結果、朧気になにを作りたいか見えてきた。


「小物だが、単純な物では駄目だ。外装は勿論だが中身も凝らなければ」


 内部に細かな機械装置を組み込んだ小物。この時点で、大体二つに絞られた。


「ロボットか、銃だな」


 地球では実用化されていた玩具用の小型ロボットも楽しそうだし、実銃を拵えてしまうというのも捨てがたい。うーむ。


「実用性は? ……当然銃だよな」


 アナスタシア様が使っていたゴーレム制御魔法の応用、『ワーク・ゴーレム』を使えれれば小型ロボットにお使いさせたりするのも楽しそうだけど。

 それも結局一発ネタで終わりそうなんだよな。それに人型機の知識も未だ怪しいので、作るとしてもまた今度だ。


「よし、銃だ! 銃を作ろう!」


 手始めに簡単な物から作ってみることにした。

 適当な金属片を鋳造魔法で形成する。

 鋳造魔法は大雑把な形を整える魔法だ。どうしても歪みが残ってしまう。

 それをヤスリで地道に削る。丁寧に、慎重に。

 大量生産品であれば地球と同じ本来の鋳造技術等で作り出せるのだが、特注となればこうやってチマチマと頑張るしかない。

 更にいえばあちらには精密加工が可能な機材があるが、こっちでは職人の技量任せだ。魔法のサポートがあるとはいえクオリティを上げるのは並大抵のことではない。だからこそドワーフといった器用な種族は重宝される。

 そうして出来上がったのは、片方の穴が塞がった鉄パイプだ。側面に一カ所穴が開いており、穴が塞がっている側には簡素な銃床がくっついている。


「そういえば水道管って呼ばれてる短機関銃があったよな」


 さして関連のない豆知識を思い出す。

 側面の穴に合うように金属板をカットし、簡単な魔導術式を刻む。魔力を通すと小さな爆発をおこすものだ。

 この世界にだって火薬はある。倉庫にもあるのだが、今回は使わないことにした。

 単純に勿体無いから。実験にいちいち消耗品を使ってはいられない。


「とにかく、これで一旦完成だ」


 火縄銃以下の「銃らしき物」だが、歴史を辿れば似た物はいくらでも存在する。グリップがあるだけ上等だ。


「早速試射しよう、そうしよう」


 倉庫から出て草原へ向かう。途中、ガイルに出会った。


「丁度よかった。ガイル、試射の的になってくれないか?」


「やだよ!?」


 軽いノリで頼めば頷くかと思ったのに。


「というか……それは、銃か?」


 鉄パイプに首を傾げるガイル。


「銃だな。原始的だけど」


「珍しい物を作っているな。手持ちの銃なんて」


 手持ちじゃない銃があるか。


人型機(ストライカー)用の銃とか」


「あ、そっか。……いや、なんで珍しいんだ? 手持ちの銃ってないのか?」


「ナイフとか投げた方が早いだろ」


 そりゃ接近していればそうかもしれないが。


「それなりに距離があったら?」


「魔法ぶっ放す」


 ファンタジーだな。


「人間用の銃はないのか……」


「あまり聞かないな。試し撃ちか?」


「ああ。ちょっと離れた場所で撃ってみる」


「なら俺も行こう。どうも暇でな」


 紅翼が飛べなくなって仕事に行けないのか。


「よう、自宅警備員(ヒキコモリ)!」


 威勢良く肩を叩いてやる。


「…………うっせ」


 あ、落ち込んじゃった。






「レーカ、これ着けろ」


 頭にコンと何かがぶつかった。地面に落ちる直前にそれを掴み取る。


「ゴーグル?」


「何かと必要だろう。やる」


「くれるのか? なら貰う。ありがとう」


 見れば新品だ。ピカピカのフレームに傷一つないレンズが填め込まれている。


「何用のゴーグルだ、これ?」


「汎用だ。お前は人型機にも飛行機にも、挙げ句鍛冶にも興味があるんだろ? 溶接の遮光から戦闘での物理保護までこなせるやつを選んだ」


「わざわざ、俺の為に?」


「ふん、ソフィーのついでに注文しただけだ」


 やばい、ちょっと嬉しかった。


「……ソフィーにはどんなのを?」


 にやつきを押し殺しながら訊ねる。


「これだな」


 懐から出たのは、俺のよりシンプルで視界が良さそうなゴーグル。


「天士用だ。あまり重いとソフィーは身に付けるのを嫌がりそうだから、ミスリル製の軽量タイプを特注した」


 親バカで伝説の金属使いやがった!


「と、とにかく試射始めろ。ここらなら人様に迷惑もかかるまい」


 誤魔化したな。しかし、多機能ゴテゴテの俺と軽量シンプルなソフィー、なんとも対照的なチョイスだ。

 ゴーグルを装着する。

 銃を構える。しっかりとストックを肩に当て、一呼吸。

 的は五メートルほど先の切り株だ。この距離なら外さまい。

 魔力を魔導術式に注ぐ。

 なんか爆発した。


「―――へ?」


 パン、という乾いた音を想像していたのだが、実際に鳴り響いたのはドン! という大砲じみた破裂音。

 見れば出来立てホヤホヤだったはずの銃は、百合の花のように銃口から裂けてしまっていた。

 花の形なんて判らない? じゃあバナナだバナナ。皮むきかけの。


「おいっ、大丈夫か!?」


 珍しく慌てた様子のガイルに、平気だと手を振る。


「ああ、問題ない。ゴーグルがいきなり活躍したな」


 破片が飛んできたわけじゃないが、裸眼だったらと考えるとやはり怖い。


「強度が足りなかったのか?」


「らしいな。話で聞いたことはあったが、銃身が破裂すると本当にこうなるのか」


 ちなみに弾丸は的の横三〇センチに着弾していた。もう少し気概を見せてほしい。


「そう薄い銃身にも見えないが、素材はなんだ?」


「えっと、……あ゛」


 解析魔法で調べた結果に、変な呟きが零れる。


「軟鉄だ」


「あほか。そりゃ破裂する」


 軟鉄とは、つまり純粋に近い鉄のことだ。柔らかく加工しやすいが、勿論銃身などを作るには適さない。


「これは、最適なサイズを求める為に色々試作する必要がありそうだな」


 銃身の強度を保ちつつ限界まで軽くする、そのラインを見極めないといけない。

 それだけじゃない。素材となる鋼の強度に関しても考えなければ。


「ナスチヤなら資料を持っているかもしれないぞ?」


「いや。既存のデータに頼っては身にならない。地味に感覚に焼き付けるよ」


 知識と技術は別。これは俺の持論である。


「……そうか。怪我しないようにな」


「うん」


 立ち去るガイルを見送り、ふん、と気合いを入れる。

 千里の道も一歩から。地道に、根気強くいこう!






 それから三日間、俺は銃の試作に努めた。

 先に上がった問題である重量と素材、更に内部機械の構造や体格に合わせたサイズなどを少しずつ確実に発展させる。

 試射の回数はひょっとすると三桁に達しているかもしれない。せっかくなので驚かせようと、アナスタシア様にバレないように、時には暇そうにしているガイルにも協力してもらった。

 そうしてようやく、納得のいくデータが集まることとなる。


「一から道具を組むのって大変なのね」


 夕食後、お茶を飲むマリアがそう呟いた。

 使用人休憩部屋。たった三人の使用人の為の共有スペースであり、俺達の居間のように扱われることが多い。

 実質キャサリン親子の部屋だったので俺が居座ってもいいものかと躊躇ったが、遠慮してたらキャサリンさんに強引に連れ込まれた。

 マリアも気にした様子もないので、ここで引いたら返って失礼と堂々利用している。

 ただ、女性の部屋だったのでどうもファンシーだ。可愛い物が多い。

 大半がキャサリンさんの手作りであり、イメージ合わずちょっと吹いた。

 キャサリンさんに耳を抓られた。恐ろしいことにそのまま持ち上げられ、ちょっと爪先浮いた。


「設計図を描いて、その通りに作ればいいって思ってたわ」


「その設計図の段階で詰まっているんだよな」


 データは揃った。揃ったが、成果を纏める段階で行き詰まったのだ。


「なんというか、さ。つまらないんだよ」


 ただ銃を作るだけでは面白味がない。

 せっかくだからこう、誰もが驚くような!

 それでいて実用的で、自分も満足出来る!

 ……そんな逸品を作りたいわけである。


「大きいのを作ったらどう?」


 単純だがいい発想だ。しかし……


「実用性に欠ける」


 携帯用の火器に求められるのは、あくまで取り回しの良さだ。

 かといって高火力かつ小型を目指せば装填数が減る。 


「装填数が減るのは銃としては欠陥だ。ネタとしては最高だけど」


「なら小さいのにいっぱい撃てる、とか」


「マシンピストルか? 実用性も高いしやりがいもあるんだが……」


 機関拳銃マシンピストル。個人で携帯可能な小型機関銃であり、物によっては本当にピストル程度の大きさな物まである。

 現在多くの軍で採用されており、小型軽量を目指すには高度な技術を要することから課題としては無難だろう。

 だろう、が。


「面白くない」


「わがままね!」


 だって普通過ぎるし。


「それに聞いた話、魔物相手に拳銃弾程度じゃ有効なダメージを与えられるか疑問なんだ」


「……一言で言うと?」


「人は死ぬけど魔物は死なない」


 端的に要約した。


「あ、うん……人を撃つこともあるの?」


 一瞬言葉が詰まる。


「……まさか。魔物との戦いでしか使わないよ」


 大人の理屈を飲み込み、作り笑いで否定した。

 俺はつい対人間で戦闘を考えてしまう。地球で見聞きした数多の資料が、最も厄介な敵が人間であると訴える。

 この世界でもきっと変わらない。一番の敵は、いつも人間だ。

 でもそんな俗物な理屈、この平和な時代に生まれたマリアに教えることなんてない。

 セルファークにおける人間の敵は魔物。それで、いいのだ。


「とにかく、あんまり小さいと威力が心許ない」


 グレネートランチャーはちょっとやり過ぎだし、でもサブマシンガンだと威力が。あれは運用思想からして対人戦前提だし。


「そのゴーグルみたいに多機能にするのは?」


「それは……いや、それだ」


 ショットガン。弾を変更することで多様な働きをするこの銃は、俺の求めるものにぴったりじゃないか?

 それにショットガンなら散弾が撃てる。武術を嗜んでいようと銃器の扱いには慣れない俺には、精密射撃能力がない。小さな弾をばらまいて面で攻める散弾はうってつけだ。


「よし、銃の基本はショットガンでいこう。それに……」


 マリアがやおら立ち上がった。

 見れば俺が準備しておいたコーヒーがドリップし終わっている。マリアはテキパキとした動きでカップに注ぎ、砂糖とミルクを添え俺に差し出した。


「あ、ありがと。でも自分でやるぞ?」


「そういう君はたまに私の仕事を奪うじゃない。給仕は私の本職だし、これくらいはやらせて?」


 仕事を奪うといっても、力仕事を請け負っているだけだ。身体強化魔法を覚えたので全く苦痛にも思っていない。

 身体強化魔法は冒険者御用達の基本魔法だ。しかし基本ながら肉体に魔力を通わすのは難しく、初心者と熟練者では大きく強化量に差が出る。

 俺の肉体は滅法魔力の通りが良いらしく、身体強化魔法はかなり有用だった。紅翼のエンジンだって一人で持ち上げられるのだから、ロリ神の用意したこの体は本当にチートである。

 軋んだ音を鳴らしドアが開いた。


「へぇー、こともあろうか本職を名乗るかいマリア?」


 にやにやと笑いながらキャサリンさんが部屋にやってきた。


「お、お母さん!?」


「給仕、そろそろ実際やってみるかい? 失敗したら罰だけど」


「ごめんなさい私は未熟ですだから勘弁して」


 即座に頭を下げるマリア。


「キャサリンさん、そこまできつくしなくても。別にガイルやアナスタシア様は怒らないでしょ?」


「怒らない相手なら失敗してもいいって?」


「ごめんなさい生意気言いました勘弁して」


 目が怖い。あれは二,三人確実に殺ってる。


「マリアは将来ソフィー様付きのメイドになるんだから、それに相応しい技能じゃなきゃいけないんだ」


「でもソフィーはマリアにメイドじゃなくて姉を求めていると思う」


 つい口を挟んでヤバいと焦る。しかしキャサリンさんはどこか憂いを隠した目で遠くを見るだけだった。


「……それはソフィー様次第だね。あのお方が進む道によっては、今のような関係ではいられなくなる。それでも尚ソフィー様と共にあり支え続ける為には、完全な給仕である必要があるんだよ」


「そんなこと、言われても」


 泣きそうな顔のマリア。場合によっては妹分と関係を切れと言われたのだ、当然ショックだろう。

 キャサリンさんはマリアを胸に抱きしめる。


「ごめんね、こんなこと。でもきっとソフィー様はこのままじゃいられない。田舎に住む世間知らずなお嬢様でいられなくなる時が、必ずくる。ソフィー様を大事だと思うなら、どうか側に居てやってくれないかい?」


 マリアは母の胸で何度も頷く。


「俺もだ、俺も忘れるな。俺もソフィーを守るぞ」


「……ああ、期待しているよ」


 意外なことに頷かれた。いらんことするなと切り捨てられると思ったのに。


「悪いね、せっかくのんびりしているところに水を差して」


「いえ。コーヒー飲みます?」


「もう貰ってるよ」


 カップを傾けるキャサリンさん。早い。

 俺なりに気遣ったのだが、キャサリンさんには不要だったか。


「えっと、それでなにを話していたんだっけ?」


「どんな銃を作るかでしょ?」


 そうだった。基本はショットガンとして、それに……


「必殺技が欲しいな」


 コーヒーにミルクを注ぎつつ思案する。

 ショットガンとは別に、強力な一撃必殺が欲しい。

 サブマシンガンにショットガンを外付けするマスターキーなるアイテムは存在するが、ショットガンに更に外付けするとすれば、グレネートランチャー? うーん。

 ちなみにマスターキーとは、「ショットガンをサブマシンガンに付けとけば一つの武器で人撃ちつつドアもぶっ壊せるんじゃね!?」という素敵な発想で生まれた武器である。ネーミングセンスがアレだ。

 ぐるぐると渦巻く白黒を見つめていると、なにかが脳裏にちらついた。


「どうしたの?」


 固まった俺に怪訝そうにマリアが訪ねるが、俺は渦から目を放すことが出来ない。


「―――そうだ、これだ」


 ああ、こんな近くに答えがあるなんて。

 俺に足りないもの。俺が求め続けたもの。

 俺が探し続けた「答え」。

 そう、それは―――


「―――ドリルだ」








 停滞が嘘だったかのようにアイディアが浮かんできた俺は、コーヒーを飲みきるのも待たず倉庫に駆け込んだ。カップ片手に。

 夜が更け、屋敷の住人が寝静まった後もとりつかれたように筆を走らせる。

 夜が明け睡眠不足で苦しみつつ午前中の仕事を終え、一休みした後それの制作に取りかかった。

 実用品として運用する為、クオリティには妥協しない。

 解析魔法も多用しつつひたすら集中して部品を組む。

 銃身、グリップ、弾倉、銃床、そしてブレード、更に無機収縮帯を組んだポンプ、スライド、アナログ気圧計。一部無関係そうな物も多いが、設計図にはちゃんと組み込まれている。

 集中力とは馬鹿にならないもので、朝の鐘が村に鳴り響く頃には形が出来ていた。

 連日の作業敢行で機能不全を起こす脳を叱咤しつつ、仕事を行う。


「ふらふらしてるじゃないの。物を運ぶのは私がやるから、床を掃除して頂戴」


 マリアに気を遣われた。実に情けない男である。

 そして昼食を終えベッドに潜りしばし昼寝。

 数時間でも眠ると頭がスッキリするもので、俺は意気揚々と「成果」を担ぎアナスタシア様に披露せんと屋敷の中を練り歩いた。


「どこにいるかな、どこにいるかな」


 鼻歌を歌いながら廊下を進む。

 5分も探さぬうちに、中庭の白いテーブルで母娘が揃っているのを発見した。

 話しかけようと手を上げ、何やら取り込み中らしいと気付く。

 アナスタシア様はテーブルに広げた紙をソフィーに示す。


「このデータから判ることは?」


「えっと……」


 今日は勉強が長引いているのかな。仕方がない、出直すか。

 と思いつつもこそこそとアナスタシア様の背後に忍び寄る。ソフィーがどんな勉強をしているか気になったのだ。

 耳を澄ますと、先ほどの問いの解答をソフィーが提示していた。


「A地区の治安の悪化?」


 アナスタシア様は首を横に振る。


「いいえ、それは付随した現象よ。この状況では貴族cが税の着服をしている可能性が高いことが読みとれるわ」


「はぁ?」


 思わず妙な言葉が漏れた。なにそれ、学問なの?


「あらレーカ君、どうしたの?」


 驚いた様子もなく小首を傾げるアナスタシア様。


「おはようございます。ソフィーもおはよ」


「おはよう。もう昼過ぎだからこんにちは、だけれどね」


「……おはよ」


 また真似っこされた!


「いえ、ソフィーってどんな勉強してっるんだろうなって。ソフィーって将来城勤め、えっと、文官? になったりするんですか?」


 お嬢様の将来ってどこまで決まっているものなのだろう。よくある、許嫁ってのはいないみたいだけれども。


「この子の将来ねぇ。そうね、素敵な旦那様を貰って欲しいわ。孫が生まれたら私お婆ちゃんよ、きゃっ」


 嬉しそうに頬を両手で包みくるくる回るアナスタシア様。暴走してどっかいかないで下さい。つーか、はぐらかされた?

 しかし問題の文面を読む限り、相当高度なことを学んでいるようだ。少なくとも俺がソフィーくらいの時には絶対理解出来ない。

 ソフィーに視線を向けると、彼女も俺を見てた。

 視線が交錯する。


「?」


 瞳に疑問符を浮かべるソフィー。一見ただ可憐なだけの少女なのに、飛行機乗れたり頭がよかったりと多彩なものだ。


「レーカ君?」


「あ、はい、すいません。お勉強の邪魔はしません、失礼します」


「いえ、お勉強はもう終わりにしようと思っていたのだからいいけど。それがレーカ君の作品?」


「……はい。自信作です!」


 アナスタシア様に布で巻かれた長い棒状の物を手渡す。

 包みを解き全貌を表したその武器に、アナスタシア様の顔が引きつった。

 ぱくぱくと口を開き、諦めたようにそれの検分を始める。


「小物って食器とか文具とか、刃物だとしても精々ナイフ程度を作るように言いたかったのだけれど……なんでこの子は武器作っちゃってるのかしら」


「悲しいすれ違いですね」


 人が分かり合うのって難しい。

 アナスタシア様はあっという間に俺の作品を把握してみせた。


「基本は銃剣ね」


 銃剣。銃身の先にナイフや短刀を固定した類の武器である。

 俺の作った銃剣は銃身と刀身が同一化したデザインの、所謂ガンブレード。柄はマスケット銃のように一直線に近い。グリップ下部からストックが始まり、全体的に真っ直ぐした印象だ。

 剣としての使い勝手も考慮しこの形状となったが、せっかくなのでデザインもマスケット銃を模した。木目調と冷たい金属の調和はなかなかのセンスであると自負している。


「人が手で持つ銃はないのに、銃剣はあるんですね」


人型機(ストライカー)用の装備にあるわ。人型機はパワーがあるから多少武器が重くなってもデメリットが小さいの」


 なるほど、奥が深い。


「銃と剣が一体化しているように見えるけれど、バレルと刀身の間には空間が取ってあるわね。銃身は冷却が必要だし剣の衝撃が銃身に伝われば悪影響が及ぶから、正しい判断といえる。でもなんで銃身とブレードが一体化しているようなデザインなの? 整備性悪くないかしら?」


「かっこいいですから」


「……それだけ?」


「それだけ!」


 ぽかりと叩かれた。痛くないけど。


「あと内部機構を外見から判断されにくくしているって考えもあります。外から見ると肉厚なブレードですけど、実際はそうでもないでしょう?」


「つまりハッタリね。ブレードとバレルの間にポンプアクションの弾倉があるし、確かに見た目は大剣っぽいわ」


 実際の刀身は結構細い上に、内部に機構まで組み込まれているので脆い。魔刃の魔法と強化の魔法を使用する前提なので、魔法なしでは包丁以下、鉈程度の切れ味しかないのだ。

 魔刃の魔法とは、刀身に魔力を纏わせ切れ味を増す魔法。口頭詠唱でも使えるが大抵は剣に予め魔導術式が刻み込まれている。


「弾丸は散弾?」


「当てる自信がないので」


 面制圧ですよ奥さん。


「銃剣としてはこんなところだけれど。……レーカ君、これ、変な機能が付いてるでしょう」


「変じゃないです。コンセプトは『人型機を真っ向から撃破する一撃』です」


「最上級魔法の域に挑んだのね。見せてくれる?」


「ここで撃つんですか?」


 中庭は花壇や彫刻などが設置され、適当に写真を撮るだけで芸術作品になりそうなほど美しい。紅翼(せきよく)が若干……かなり違和感だが。

 ここで撃てば、決して安く無さそうなそれらに被害が及ぶ。


「勿論実践は外でやるけれど……って、これ試射したの?」


「いいえ、直接持って来ました」


「そう、なら新兵器の動作実験心得も教えてあげる。ソフィーも来る?」


「うん」


 頷く娘。あ、行くんだ。






 ロープや万力を駆使し、離れた場所からガンブレードを操作出来るように設置。

 充分な距離を取り、障壁魔法を展開。更に幾つかの安全対策を行いアナスタシア様は頷いた。


「レーカ君、お願い」


「はい」


 目標は岩。人の身の丈より巨大な大岩だ。

 アナスタシア様曰く人型機の正面装甲及び胸部の無機収縮帯を貫くには、これくらいの岩を砕けなければお話にならないとのこと。

 手元のワイヤーを握り、ガンブレードの取っ手を引く。

 ガンブレードの上部、銃のバレルが後方へスライドする。一般的なスライドとは違い銃身ごと、だ。

 銃身はストックより後方までめいいっぱい伸び、ガンブレードの全長は一,五倍近くになる。同時に銃口は厳重に閉じロックされた。

 導線を通じて魔力を送る。

 魔導術式に魔力が満ち、まずは練金魔法が発動した。

 空気中の酸素と水素を抽出。急速冷却し液体となったそれを銃身へとポンプで圧縮。

 水素と酸素の混合気体とかほとんど爆弾だが、常に練金魔法を発動させ続けることで固定化しているので、魔力が続く限りは安全だ。続く限りは。

 一分間もの時間を要し、銃身内に混合気体が満ちる。

 注入が完了すると、安全装置が解除されブレードが真っ二つに分離・展開する。

 内部から飛び出したのは、そう、ドリルである。


「アナスタシア様」


「ええ、行きなさい」


 トリガーを引く。

 混合気体が燃焼室へ送られ、後方へ炎を吹き上げる。

 タービンのシャフトと直結したドリルが、甲高い音を発て回転する。まるで歯医者のアレ。

 ロケットとなったガンブレードは台座から飛翔し、そして―――






 その場の全員がどん引きしていた。

 焼けた土と草。破壊、否、粉砕された大岩。

 砂や石としか形容出来ないそれは、だが間違いなく岩の成れの果てだ。

 ガンブレードは岩を貫き、勢いのまま数十メートル先で地面に突き刺さった。

 それでも内部の燃料は尽きず、炎と轟音の渦を撒き散らしながら猛回転。

 それもやっと沈静化したと思えば、そこにはクレーターになっていた。


「あー、ありますよね、あんな感じで刺さった剣」


「そうね。この前読んだ本に、主人公の青年があんな感じの剣を抜く場面があったわ」


 あはははは、とアナスタシア様と一緒に笑い合う。


『はぁ……』


 そして溜め息。


「レーカ君」


「はい」


「この機能、非常時以外は使っちゃ駄目よ」


「合点承知です」


 この威力はちょーっとヤバすぎる。岩が割れればいいな、くらいに考えていたのに。


「ひょっとしてドリルにも魔刃の魔法を使っていた?」


「ええ、どの程度効果があるかは疑問でしたが」


「想像以上だった、というわけね」


 そう言い、跪いて地面を抉る平行線の溝をなぞる。


「これは魔刃の魔法の魔力が切り裂いたものよ。ドリルが回転することによって魔刃の魔力が円錐状に広がったのね」


 これ、自分を傷つけたりしないだろうか?


「軍に売り込んだら結構なお金になるかもしれないわ」


「それはちょっと……」


「……そうね、魔力消費が大きすぎるから万人向けじゃないか」


 いえ、自分が作った物が人に使われるのが嫌なのですが。


「まあ色々と荒削りだけれど初作品としては上出来ね。これから改良次第ではまだまだ強化出来るわよ」


「充分じゃないですか?」


 これ以上の破壊力を必要とする現場にはあまり立ち会いたくはない。


「強化も威力だけじゃなくて、強度や信頼性、軽量化と色々あるもの。これ、レーカ君には重すぎて身体強化魔法を使わないと振り回せないでしょう?」


 担ぐだけならともかく、振り回すのは確かに難しい。


「とりあえず今日のところは「よくできました」ね。でも次はもっと無難な物を作ってね」


「はい」


 次か、なに作ろうかな。

 ん? ソフィーが俺の袖をくいくい引いている。


「ソードシップ、つくって」


「飛行機か」


 ラジコン飛行機を作ればソフィーは喜ぶかもしれない。

 って、そういえばセルファークには電波通信技術がないんだった。


「また今度ね」


 作るとなれば有人飛行機に限定されるが、今の俺が作るには色々と不安だ。


「むう」


 拗ねることはないだろう、と思うも可愛いからいいや。


「そのうち作ってあげるから」


 せっかくなので頭を撫でる。髪質が凄い。良し悪しなんて判らないけど、凄いサラサラだ。


「約束」


「おう」


 指切りげんまん、この世界でもあるんだな。

 絡まった小さな小指を歌いながら上下に揺らす。

 次は無難な作品の制作か。ありふれた物で、かつ練習として適度な難易度の工芸品……


「ゆびきった!」


 そうだ、あれにしよう。跳ね上げた腕を見上げつつ、俺は空の眩しさに思わず笑みが漏れた。








 一週間後。渾身の新作が完成し、俺は師匠にそれをお披露目した。


「……レーカ君」


「はい」


「私、無難な物を作るように言ったわよね?」


「はい。技術的にもサイズ的にもいい案配でした。あ、動作テストは済ませてあるんで使えますよ」


 本当は人型機や飛行機を作りたいというのに、我ながら実に自重したものだと思う。


「レーカ君の無難って、こういうの?」


「え? 俺が設計したわけじゃないし、武器として信頼性も高いのでは?」


 目の前に鎮座する努力の結晶を指差し、首を傾げる。


「レーカ君、あのね」


 俺の両肩に手を置くアナスタシア様。


「こういうのは、武器じゃなくて兵器っていうの」


「そうともいいますね」


「そうとしかいわないわ。こんな―――」


 アナスタシア様は一瞬言葉に迷い、


「―――20ミリガトリング砲なんて」


「バルカンです」


 重量一〇〇キロ以上、全長一八〇センチちょい。六本の砲身がローターから伸び、コンベアで繋がった弾倉が傍らに備え付けられている。

 火薬は勿体無いので魔力式に改造されているのと、お茶目な取っ手がポイントだ。


「これ、どうやって作ったの?」


「荒鷹に装備されているのを解析魔法でコピーしました」


「……レーカ君、そのうちスパイとして捕まっちゃうわよ?」


「大丈夫ですよ」


 あはは、と脳天気に笑って見せる。


「バレなきゃ犯罪じゃありません」


「犯罪でしょ。いいわ、この20ミリガトリングは様々な派系が存在するベストセラーだからバレでも言い逃れは出来るし。でも荒鷹そのものは作っちゃ駄目よ?」


「はい。技術の流用だけで留めます」


 だからそうじゃなくて、と頭を抱えるアナスタシア様。なんか申し訳なくなってきた。


「それとこの刻印は潰しておきなさい。というかなんで刻印までコピーしているのよ」


 ノリと勢いです。


「刻印を潰された出所不明な兵器か、なんか胸が熱くなるな」


「……レーカ君?」


 アナスタシア様の声が低い。いかん、怒らせた。


「と、とにかく撃ってみましょう!」


 弾丸は作っていないので、引き金を引いてもただの空包状態。固定しての実験でも不具合はでなかった。

 空包も意外と危ないけどな、実際爆発するわけだし。

 よっとガトリングを持ち上げ構える。身体強化魔法は実に便利だ。


「そんじゃ、いきまーす」


「え、駄目、ちょっと待って!」


 アナスタシア様の制止も間に合わずトリガーを引いてしまう。




 真山 零夏一〇歳(肉体年齢)。

 今日、初めて空を飛んだ。

 そりゃ筋力が上がっても体重増えるわけじゃないしな。反動で吹っ飛ぶのは当然だ。




「見て見てアナスタシア様、俺空飛んでる!」


「やめなさい!」


「…………。」


「ソフィーもやってみたそうな顔しない!」



ロボットと銃、なぜか銃を選ぶロボット小説の主人公。ロボット作れ。


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